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訂正-コラム:日本株急落に2つの大誤算、その先に前向きのシナリオ=池田雄之輔氏

[東京 15日] - 米国株下落の中で「底堅さ」が目立った日本株だが、ここにきて急落に見舞われている。この急落劇には2つの大誤算が絡んでおり、ダメージ修復には時間がかかりそうだ。ただ、ここから悲観シナリオを突き進むのも、それなりにリスクが高い。この難局の先には、前向きなストーリーも控えているからだ。

 米国株下落の中で「底堅さ」が目立った日本株だが、ここにきて急落に見舞われている。この急落劇には2つの大誤算が絡んでおり、ダメージ修復には時間がかかりそうだ。池田雄之輔氏のコラム。写真は都内の株価ボード。2010年6月撮影(2022年 ロイター/Issei Kato)

<収束しない米高インフレ>

2つの大誤算とは何か。第1に、米国のインフレ状況である。6月10日に発表された物価指標としては、前年同月比プラス8・6%まで再加速してしまった消費者物価指数(CPI)が大いに注目された。

しかし、この指標は、食品・エネルギーを除くコアベースの前月比がプラス0.6%と、市場コンセンサスの同0・5%を0.1ポイント上回ったに過ぎず、ある意味「想定内」の悪化である。

衝撃を与えたのは、10日のニューヨーク市場引け間際に発表されたミシガン大消費者サーベイだった。それも、比較的大きく報じられる「信頼感指数」ではなく、「5-10年長期期待インフレ」という平常時にはあまり気にされない指標である。6月の速報値がプラス3・3%と、5月の同3・0%から上振れたことは、グローバル株式市場にとって不意打ち、かつ明確な悪材料だった。

というのも、この指標がコロナ禍にあって最大で3.1%にとどまっていたことは、一部の米連邦公開市場委員会(FOMC)メンバーを含めた楽観派の「インフレ率はいずれ自然に低下する」という見方の重要な論拠になっていたからだ。しかし、3.3%という予想外の上振れになったことは、少なくとも当面、楽観シナリオに疑問を投げかけたといえる。

これまで、現実のインフレ率上昇に歯止めがかからない中でも、消費者の長期期待インフレは落ち着いており、エコノミスト用語を使えば「アンカーされた」状態だった。

これは筆者の仮説だが、米国の消費者は、昨年来のガソリン高、食料品の大幅値上げ、外食・宿泊の大混雑と価格高騰といった一連のインフレ体験を、コロナ禍特有の現象と受け止めていたのではないか。

つまり、極端な供給不足のなかで、爆発的な「巣ごもりモノ消費」およびその後の「リベンジサービス消費」がインフレを招いているのであれば、それはコロナ終息とともに沈静化するだろうという消費者の直感である。

しかし、ウクライナ情勢の悪化という新たなグローバル要因が加わり、物価高に拍車がかかった。米国の消費者が「インフレは長期化するのではないか」と疑念を抱き始めると、高賃金の要求などを通じて、自己実現的なインフレ上昇圧力となり得る。金融市場では10日以降、「インフレを鎮静化させるのに、米連邦準備理事会(FRB)はもはや大幅利上げで景気をリセッションに追い込むしかない」というハードランディングの悲観シナリオが勢いを増している。

<日本国内で厳しくなった物価高への評価>

第2の誤算もインフレに関係する。6月6日の講演で黒田東彦日銀総裁は「日本の家計が値上げを受け容れている間に、良好なマクロ経済環境をできるだけ維持し、これを来年度以降のベースアップを含めた賃金の本格上昇にいかにつなげていけるかが、当面のポイント」と述べた。「家計が値上げを受け容れ」という発言部分が世論の強い反発を招いたことは、日本株にとって当面の不安定要因だろう。

5月半ば以降、日本株が他の主要国株に比べて堅調を保っていた1つの理由が「世界の中央銀行がインフレ退治の利上げを迫られる中で、日銀だけは緩和姿勢を維持できる」という、いわば日本のデフレ体質がもたらした「けがの功名」だった。「国民に不人気な円安を止めるべく、政府から日銀に政策修正プレッシャーがかかるのでは」という見方もあったが、各種世論調査で60%前後という岸田文雄政権の支持率の高さを踏まえれば、限られたリスクだったように見える。

それが、7月10日投開票と見込まれる参院選を間近に控えたこのタイミングで「政府・日銀は円安と物価高を容認している」との強い批判を招いたことで、雲行きが怪しくなった。国民世論が円安・インフレを問題視し始めたことで、グローバルなインフレの負の側面を遮断していた日本特有の安定にひびが入ったといえる。

修復を急いだ黒田総裁は13日、足元の急速な円安について「先行きの不確実性を高め、企業による事業計画の策定を困難にするなど経済にマイナスで望ましくない」と述べた。

しかし、無風だったはずの17日の政策決定会合には大きな注目が集まってしまっており、1)政策修正をにおわせれば金利急上昇による円高で株安、2)ゼロ回答であれば「悪い円安放置」とみなされて株安──とどちらのケースになっても、株安につながり得る状況になってしまった。

<揺らぐFRBへの信頼>

同じく、6月15日のFOMCも袋小路だ。市場はすでに年末の政策金利が3・5%まで引き上げられることを織り込んでおり、これは6・7・9・11・12月の計5会合のうち、2回は75ベーシスの超大幅利上げ、残る3回も50ベーシスの大幅利上げという見積もりである。

FOMCがドットチャート(FOMC参加者の政策金利見通し)で描く利上げの経路は、これを上回らずに「ハト派的」とみられる可能性があるが、その場合もいつもとは逆に「インフレ抑制には不十分」「将来的により巨大な利上げを迫れる」と、ハト派対応の悪い側面が株安材料として取り上げられるリスクが高いだろう。

つまるところ、FOMCの物価コントロール能力が信用されなくなってしまっており、7月13日発表の次回CPIなど、実際の物価指標が下がらないと、グローバル株はベア相場を脱せない状況が続くと予想される。

<期待される賃上げとインバウンド拡大>

では、先行きの好材料とは何か。日本株の場合、7月の参院選を波乱なく乗り越えれば、岸田首相・黒田総裁は協調して、円安・インフレを逆手にとった賃金上昇へのプロジェクトを進めやすくなるとみられる。両者の思惑は不思議と一致する。黒田総裁は、2023年(訂正)4月の退任を控え、来年3月の春闘までに賃上げの動きを最大限に後押ししたい意向である。

通常であれば、コストプッシュ型のインフレは直ちに景気悪化を招くため、賃上げにはつながらない。しかし、今回はコロナ禍で旅行や外食が抑制されたことによる「強制貯蓄」があり、これがリベンジ消費の原資となっている間は、景気は何とか持ちこたえるかもしれない。ぎりぎりのタイミングで本格的な賃上げまでバトンをつなげられる「いちるの望み」がある。

岸田政権も「新しい資本主義」の成果の1つとして次の春闘を重視している。7日に閣議決定された「実行計画工程表」で来春までに取り組む政策として盛り込まれているものを挙げると「賃金引き上げの社会的雰囲気の醸成」、「女性活躍推進法に基づく男女の賃金差異についての開示を義務付け(新年度に実施)」、「早ければ来年3月期より、有価証券報告書において人材育成方針や社内環境整備方針、これらを表現する指標や目標の記載を義務化」などが賃上げ支援策である。

より目先の賃上げ圧力につながりやすい施策としては、訪日外国人客数の引き上げが有効だろう。円安は、現地生産化が進んだことで輸出数量への刺激効果が薄れた中で、インバウンドの取り込みは円安をてこに、サービス産業活性化を通じた賃上げにつなげる有力な経路となり得る。

長らく、日本企業の生産性の低さは、提供する製品・サービスの価値に見合った価格設定および、人材への付加価値に見合った投資の欠如が一因とみなされてきた。コロナ禍、ウクライナ情勢というコストプッシュ型のインフレと、「強制貯蓄」という値上げに耐える力が組み合わさることで、日本はデフレ体質を克服する千載一遇のチャンスを迎えている。

「2つの大誤算」によって、日本株は厳しい地合いが続きそうだが、後から振り返れば、生まれ変わるための「必要悪」に苦しんでいる状況だった、ということになるかもしれない。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*池田雄之輔氏は、野村証券の日本のマクロ、株式投資戦略を統括するチーフ・ストラテジスト(マネージング・ディレクター)。1995年東京大学卒、同年野村総合研究所入社。一貫してマクロ経済調査を担当し、2019年より現職。「野村円需給インデックス」を用いた、円相場の新しい予測手法を切り拓いている。5年間のロンドン駐在で築いた海外ヘッジファンドとの豊富なネットワークも武器。現在、テレビ東京「モーニングサテライト」に定期的に出演中。著書に「円安シナリオの落とし穴」(日本経済新聞出版社)。

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