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コラム:米欧信用不安と日本株、弱気一辺倒になりにくい構図=池田雄之輔氏

[東京 17日] - 米銀・シリコンバレー銀行(SVB)の破綻から始まった金融システム不安は欧州に飛び火し、クレディ・スイスがスイス中銀から緊急融資を受ける事態となっている。

 米銀・シリコンバレー銀行(SVB)の破綻から始まった金融システム不安は欧州に飛び火し、クレディ・スイスがスイス中銀から緊急融資を受ける事態となっている。写真は、チューリヒにあるクレディ・スイスの店舗前で3月16日撮影(2023年 ロイター/Denis Balibouse)

「急激な利上げに耐えられない企業、金融機関が発生する」「中銀はインフレ退治か金融安定かの二者択一を迫られる」という構図は、米国と欧州で完全に一致している。この間、震源から遠いはずの日本株が急落している。その背景と、見通しを整理しておきたい。

<海外勢の動向次第で振れる日本株の構造>

日本株の崩れやすさは、需給構造に深く関係している。海外投資家の日本株買いが、極端に先物に依存していた点である。投資家主体別売買動向のデータによれば、3月10日までの8週間で、海外投資家は先物を計4.4兆円買い越した。この間、現物は約6000億円の売り越しとなっている。

日本株は、2月に米国株が下落するなかでも粘り強く上昇、3月3日からの5日間では日経平均が1100円を超えて上がるという急騰劇を見せたが、そのけん引役は足の速い「ホットマネー」だったことになる。

東証がPBR(株価純資産倍率)1倍割れ企業に対して企業価値向上策の開示を強く要請する方針を打ち出したことは「日本企業の構造転換」への期待を高めたのは事実だが、長期投資家はまだ動いておらず、「対象先を吟味中」といったところではなかろうか。

指数先物をトレードする短期勢に日本株が振り回されるのは珍しいことではない。特に企業業績見通しが悪化しているなかでの相場過熱には「熱しやすく冷めやすい」傾向がある。最近では、2021年9月がそうだった。「半導体不足で輸出は減少、首相交代期待で株価は急騰」という状況だったが、株価は完璧な「行って来い」を演じている。

今回、海外投資家の先物買いポジションが全て巻き戻され「スクエア」となる場合、日経平均はどこまで下がるのか──。

過去の相関に基づいて試算すると、2万6500円前後である。もちろん、先物のショートによって下値が試される「下攻め」の局面に至る可能性は排除できないが、16日のザラ場安値が2万6633円円だったことは「強気ポジションは十分整理された」という状態に近かった可能性がある。日本株は好材料があれば、「押し目買い」が入りやすい状況になりつつある。

<信用不安とFRBの動向、考えられる2つのシナリオ>

もちろん、株価の本格的な底入れを見込むには早過ぎる。少なくとも、3月22日の米連邦公開市場委員会(FOMC)発表を見極める必要がある。米連邦準備理事会(FRB)はSVB破綻に際し、「銀行タームファンディングプログラム」(BTFP)を新設した。

2008年3月のベアスターンズ危機時に打ち出された「ターム物証券貸し出しファシリティ」とよく似た包括的措置であり、銀行の保有する債券の減価によって信用不安を招く経路を遮断する狙いがある。

じん速な大規模措置への解釈は、1)FRBが金融危機の芽を察知した証左=ハト派化シナリオ、2)金融システム対策に万全を期したうえでインフレ退治を予定通り遂行=タカ派化シナリオ──の2通りがあり得る。いずれの場合も、米国株の即時回復は描きにくい。

仮に22日のFOMCでのハト派対応で株価回復を演出したとしても、結局、資産効果を通じた消費意欲の刺激─インフレ再加速となり、FRBは引き締め姿勢を強化せざるを得なくなる。コロナショック以来、米国のインフレを大きく左右する存在として注目されている中古車価格の動きにヒントが隠されている。

マンハイム中古車価格指数は21年12月にピークを付け、下落に転じたが、22年11月をボトムに再上昇してきている。そっくりなのが、米国株の動きである。

S&P500指数を月末値でみると、ピークは2021年12月、ボトムは22年10月だ。過去を振り返っても株価に1─2カ月遅れて中古車価格が連動する。これは、FRBがインフレ退治に取り組むにあたって、株高は放置できないことを意味する。

<日本株で注目される食品・ヘルスケア・インバウンド関連>

日本株をどうするか。FRBの最優先事項がインフレ退治だったように見えた先週までは金利高、株安に備える観点からバリュー特性を最優先、次いでディフェンシブ性だった。

FRBの優先課題が変わり、ハト派化の可能性も出てきたため、バリュー/グロースの相対観は難しくなっている。当面は景況感悪化に対するディフェンシブ性を優先したい。今回の金融不安は銀行の貸出態度、企業の設備投資意欲、家計の消費センチメントいずれに対してもプラスにならないためだ。

ディフェンシブ性の強いセクターのうち食品(値上げの継続)、ヘルスケア(脱コロナによる医療機関運営の正常化)、インバウンド関連(中国本土からの訪日客の早期回復、運賃改定)には前向きなストーリーがあり、特に注目している。

一方、弱気一辺倒にもなりにくい面がある。海外投資家は、中国リオープン期待を高めると同時に2月以降の日本株の買い主体となっていたからだ。

米国マクロが不安定な中で、中国景気の堅調さは、日本株の「選別的な買い」の材料として早期に復活する可能性がある。実際、中国景気持ち直しは、まもなく日本企業の業績下支え要因として顕在化すると見込まれる。

中国の年明け以降のマクロ指標としては、製造業・サービスのPMIがともに明確に回復しているだけでなく、企業マインドが改善していることも重要である。長江商学院のサーベイによれば、企業の設備投資意欲指数は、2月63.0と、22年3月以来の高さまで急回復した。中国企業が、ロックダウンによるトラウマを当座、回避できている可能性を示す。

日本の機械受注(船舶・電力を除く民需)も、3月16日発表の1月分が前月比プラス9.5%と、市場予想(同1.4%)を大幅に上回った。

<賃上げ率上昇と日銀、交錯する思惑>

いま一度、グローバルに経済指標を見渡すと、サービス業は好調、製造業は低調という傾向がはっきりしている。これはコロナ禍からの脱却とともに人流が回復している一方、巣ごもり下で好調だったモノ消費が「買い替え需要の空白期間」に突入していることと一致している。

前者は世界的に中央銀行のインフレ警戒を促す一方、後者は製造業関連の企業業績が振るわない要因となる点に注意を要する。この点は、日本株にとっても他人ごとではない重要な示唆を含む。

前段で述べたような欧米金融セクターの不安定化を背景に、日銀に対する市場のイールドカーブコントロール政策(YCC)修正・撤廃期待も急激にしぼんでいる。それまで0.5%に張り付いていた10年国債利回りは13日以降、0.3%前後に急低下という状況だ。しかし、YCC修正期待には復活の芽が残っているのではなかろうか。

というのも、春闘の集中回答日は、満額回答を行う企業がほとんどという異例の状況となったからだ。春闘賃上げ率は第1回集計の時点で4%程度まで加速する可能性が出てきている。春闘より約1%低くなる傾向のある全体の賃金上昇率が3%を超えれば、日銀が2%の物価目標を安定的に達成するのに必要とみていた条件が満たされることになる。

欧米の金融不安がひとたび沈静化すれば、4─6月に向けて日本の金融政策正常化への期待も再浮上する可能性がある。その場合、短期勢による「日銀トレード」(日経平均売り、銀行株買い)の再挑戦と、長期投資家による「日本のデフレ体質脱却、長期株高ストーリー」が交錯する展開になるかもしれない。一方、新年度の会社予想は製造業景気の弱さと円高傾向により、大幅に慎重化する可能性がある。

この春は、業績悪化のなかで、日本の構造変化を「先物買い」できる眼力が問われることになりそうだ。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*池田雄之輔氏は、野村証券の日本のマクロ、株式投資戦略を統括するチーフ・ストラテジスト(マネージング・ディレクター)。1995年東京大学卒、同年野村総合研究所入社。一貫してマクロ経済調査を担当し、2019年より現職。「野村円需給インデックス」を用いた、円相場の新しい予測手法を切り拓いている。5年間のロンドン駐在で築いた海外ヘッジファンドとの豊富なネットワークも武器。現在、テレビ東京「モーニングサテライト」に定期的に出演中。著書に「円安シナリオの落とし穴」(日本経済新聞出版社)。

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