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コラム:黒田ラインは幻想、ドル130円許容へ=池田雄之輔氏

[東京 18日] - 18日午後。歴史的な「米国の利上げ開始」を消化し、平和な空気が流れていた金曜日昼の為替ディーリングフロアーを揺るがしたのは、日銀の「サプライズ」だった。

 12月18日、野村証券・チーフ為替ストラテジストの池田雄之輔氏は、1ドル=130円を早期に超えるような場面があっても、日米当局から実質的なけん制はなく、容認される公算が大きいと指摘。提供写真(2015年 ロイター)

「無風」のはずの決定会合の結果発表が遅れる中、一部の海外ヘッジファンドはおもむろにドル円を買い始めていた。

12時50分。「追加緩和策を維持」との第一報でドル円が急落したかに見えたが、その直後、「国債購入の平均残存期間を来年以降7―12年に延長」「ETF・REITに追加枠」とのニュースが飛び込んでくると一変、「これは事実上の追加緩和だ」との反応が沸き起こった。あっという間に約1円の円安に振れる。

しかし、それもつかの間、今度は「規模が小さすぎる」「緩和策の出し渋りだ」と海外勢が円買い戻しに殺到した。結局、「量的・質的金融緩和を補完するための諸措置の導入」の発表は、円安促進どころか1ドル=122円割れを誘う円高材料になってしまった。

今回の海外ヘッジファンド勢のリアクションは、日銀および円相場に対する彼らの懐疑的な見方をよく表している。この点は素直に受け止めざるを得ない。

<ドル独歩高なら、135円まで上昇余地も>

ユーロ円相場が、12月3日の「欧州中銀(ECB)への失望」で急反発して以降、緩やかに低下している。16日の歴史的な米連邦準備理事会(FRB)の利上げ開始発表を受けても流れは変わっていない。海外投資家は、ドル高への確信を高めているなかで、売り(ショート)の相手通貨としては円よりもユーロを好んでいる模様である。

聞こえてくるのは、「10月に動かなかった日銀には大いに失望した。一方のECBには再追加緩和の期待が持てる」という「中銀の対照性」あるいは、「円は購買力平価(PPP)などの長期的なバリュエーションでは割安すぎる」といった議論である。

筆者は、PPPは向こう1―2年の相場分析には有効ではないと考えているが、海外投資家らが投資尺度として重視していることは承知している。ユーロが対円で下落トレンドをたどるとの見立てにも完全に同意できる。

したがって、筆者は2016年にかけての円安シナリオを想定する際、海外勢の投機的な円売りをまったく当てにしていない。日銀の追加緩和発動も前提に入れていない。それでも、米国金利上昇と円売りの需給という2大ファンダメンタルズで、1ドル=130円超えは十分に正当化できるのだ。16日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で政策決定メンバーが「年4回の利上げ」を想定していると改めて示されたことも、ドル高・円安シナリオを強化する。

「日米当局はさらなる円安・ドル高を許容しない」との議論が見受けられる。だが、ドル円にまつわるそのような「政治リスク」については、誤解が多い。

まず、日本サイドの状況について検証してみよう。目先の最大の関心事は、「黒田ライン」が実在するか否かである。黒田日銀総裁が6月10日の答弁で、1ドル=125円まで円安が進行した点について問われ、「ここからさらに実質実効為替レートが円安に振れるということは、普通に考えればありそうにない」と語ったことが、「125円で口先介入に出てきた」との誤解につながっている。

しかし、黒田総裁は翌週の定例会見で「名目のドル円相場についての予想ではない」と市場の解釈を否定し、「為替はファンダメンタルズを反映することが重要」と繰り返し強調した。

このような黒田総裁の真意をくみ取れば、1ドル=125円で再度の「口先介入」が出てくる公算は小さい。まず最近のドル円の上昇は、米金利上昇に伴う「ドル全面高」の色彩が強い。実効ベースの円レートは、6月の円安水準に比べ、約7%円高方向に戻っている。低下基調にあるユーロ、新興国通貨に対する「円高」が、対ドルでの円安を凌駕しているためである。

したがって、ここから1ドル=130円への円安であれば、そもそも実質実効ベースでは「黒田ライン」に届かない計算だ。さらに、ドル独歩高を想定した場合は、135円までの上昇余地すら残っていよう。

まずは125円を超えた時点で麻生財務相がどのようにコメントするかが注目点だが、おそらく「これは円安ではなくドル高だ」という趣旨の発言になる公算が大きい。その時点で、市場は日本政府の円安許容力を意識し始めるだろう。

<鎮まる円安デメリット論、米国のドル高けん制も当面杞憂>

15年3月から4月にかけては、政府・日銀関係者の間で「円安デメリット」の議論が盛り上がった。しかし、現在は当時と3つの点で状況が異なる。

第1に、15年4月に統一地方選を控えていたのに対し、現在は16年7月までは選挙の空白期間が続く。政府が世論動向に神経質になるのはまだ先だ。

第2に、原油価格が大幅に低下、食料品価格の上昇も一服している。円安による物価上昇のデメリットは、輸入企業・家計のいずれにも目立ちにくくなっている。

第3に、政府による黒田総裁へのけん制もなさそうである。14年10月の追加緩和発動にもかかわらずインフレ率が低下傾向にある中、15年4月には再度の追加緩和があってもおかしくない情勢だった。現在は、追加緩和姿勢が明らかに後退しており、政府・日銀の「対立」も表面化しにくい。

次に、米国サイドはどうか。「大統領選を控え、米政府のドル高・円安許容度は落ちている」との推論が広がっている。しかし、現実に米国政府・議会の態度が硬化している兆しは見えない。米国の経済政策は、伝統的に雇用の最大化を重視している。現状、ドル高の継続でも雇用の拡大が両立しており、政府が「ドル高けん制」に動く可能性はきわめて低い。

1995年から99年にかけて当時のルービン財務長官が「強いドル政策」を堅持できた理由を思い出すべきである。当時、ドル高でも失業率が下がり続けたことが、ドル高許容力の源泉だった。現在の状況は当時と似ている。

そもそも、政策金利を引き上げる国の政府が通貨高けん制、というのも筋が通らない。もし米国当局がドル高を本当に止めたいのであれば、FRBが利上げを中止するのが先決である。そのような事態は米国景気がよほど悪化しない限り想定しにくい。

もちろん、政治家の発言に一時的に市場が反応する可能性は排除できない。特に、次期大統領の最有力候補であるヒラリー・クリントン氏の発言には要注意である。同氏は環太平洋連携協定(TPP)に明確に反対するなど、貿易政策で保護的な姿勢が目立っている。実際の政策的意図を伴っていないとしても、選挙戦略の一環として「ドル高は容認しない」との発言が飛び出すリスクには警戒しておきたい。

しかし、筆者のメインシナリオは、1ドル=130円を早期に超えるような場面があっても、日米当局から実質的なけん制はなく、「容認される」というシナリオである。この間、すでに期待値が下がり切っている日銀に対しての「失望」の余地も小さく、円高になるリスクも限られるだろう。

*池田雄之輔氏は、野村証券チーフ為替ストラテジスト。1995年東京大学卒、同年野村総合研究所入社。一貫して日本経済・通貨分析を担当し、2011年より現職。「野村円需給インデックス」を用いた、円相場の新しい予測手法を切り拓いている。5年間のロンドン駐在で築いた海外ヘッジファンドとの豊富なネットワークも武器。著書に「円安シナリオの落とし穴」(日本経済新聞出版社)。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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