October 9, 2015 / 3:18 AM / 4 years ago

コラム:円高シフトは杞憂、来年ドル130円へ=池田雄之輔氏

[東京 9日] - 10月2日の「雇用統計ショック」にもかかわらず、ドル円は1ドルあたり119―120円で安定推移している。米金利は大幅に低下した一方、グローバルに株高基調が続いていることが支えになっている。

株高の背景には、 主に次の4つの要素があると考えられる。まず、10月という新しい四半期のスタートによって、投資家心理がリセットされたこと。次に、決算シーズンを迎え、漠然とした悲観論からファクトの確認に意識がシフトしたこと。そして、9月末までで株を売り切ったことに加えて、ボラティリティーが低下したことが株買いを可能にさせるという好循環が働き始めたことだ。

一方、米国の年内利上げに対する市場の織り込みは30%台まで落ち込んだままである。雇用統計の弱さを打ち消すような景気指標の強さに対しても、米連邦公開市場委員会(FOMC)メンバーのタカ派的コメントに対しても、市場は「聞く耳持たず」である。為替市場ではドル買い・円売りの機運が一向に盛り上がらない。なぜか。

3月、6月、9月と、節目となるFOMCのたびに、ことごとく利上げシナリオへの期待を裏切られてきたことが影響しているだろう。FOMCメンバーの政策金利予想の分布も彼らの発言も、市場への説得力を完全に失ってしまったように見受けられる。

加えて、筆者が先週訪れたシンガポールのあるヘッジファンド投資家の一言も印象的だった。「これほど不安定なマーケット環境で、相場を先取りするようなリスクテイクの余裕を失ってしまった。誰もが安全策として、相場を後追いするタイミングを待っている」というのである。

つまり、12月に利上げ開始があるかもしれないとは思いつつも、それを織り込みながらドルを買うというヘッジファンドお得意の「先回り」ができなくなっている。「これ以上の失敗は許されない」「利上げが確実になってから動いても遅くはない」と様子見を決め込んでいるのである。

この状況は、昨年7月あたりの状況によく似ている。当時、ヘッジファンド勢は年初から相場の読みを何度も外し、お手上げ状態だった。ロンドンやニューヨークの大物プレーヤーたちが、あきらめ顔で「夏休みから戻ったら、もうひと勝負、ドル買いに動くかもしれない」と皆同じようなことを言っていた。かくして、「お盆明け後の円安・ドル高加速」は現実のものとなった。

今回も収益機会に飢えているヘッジファンド勢は、ひとたび米金利上昇・ドル高のトレンドが明確になれば、あっという間にドル買いに殺到してくる可能性がある。年末にかけて一気のラストスパートで1ドル=125円を超えるというドル高・円安シナリオは生きているのだ。

<ドル円の粘り強さを支える3つの要因>

一方、円高リスクは驚くほど小さい、と筆者は考えている。キーワードは、「投機ポジション」「黒田プット」「円需給」である。「1ドル=119円前後で、不思議なほどドル円相場がしぶとい」という謎も、これら3つの要因で説明がつく。

第1に、投機的な円ショートポジションはすでにゼロに近く、株安などリスクオフがポジション縮小を招き、円買い戻しにつながるという「リスク回避の円買い」が発生しなくなっている。ヘッジファンド勢は円安期待に基づいた「賭け」からいったん手を引いており、言い換えれば、「巻き戻し」を完了させているのだ。

このような円ショートがゼロという状況は、1)円需給と金利差からドル円の投機的要素を割り出す筆者独自のシミュレーション、2)シカゴ先物市場のポジションデータ、3)ヘッジファンド勢に対するヒアリング、4)ドル円の底堅い値動き、という4つの方法で確かめることができる。

第2に、「円高になるほど日銀追加緩和への期待が高まる」という黒田プットの効果も働いている。10月7日の日銀政策決定会合は政策変更なしで、黒田総裁会見でも追加策の発動を含ませる発言は皆無だった。にもかかわらずドル円の下落(円高)が限定的だったのは、投機的円ショートが小さいこと、市場センチメントが底堅いことに加えて、次回30日の決定会合への緩和期待に支えられたとみられる。

海外ヘッジファンド勢は、追加緩和の可能性を意識しており、円をショートするほどの確信はないものの、円ロングを躊躇(ちゅうちょ)する理由にはなっている公算が大きい。このような抑止力は、米国の利上げ期待が復活するまでの間の円高リスクを限定する「プットオプション」の役割を果たすと予想される。

第3に、円の需給バランスを精査すると、円売り超過が継続していることがはっきりわかる。「経常黒字20兆円は強力な円買い圧力」との指摘があるが、これは需給の一部しかとらえていない議論である。このところ続々と発表されている生損保の大型M&Aを含めると、直接投資による資本流出は年間約15兆円というペースに膨らんでいる。

さらに、為替ヘッジなしの外国証券投資が約20兆円あり、このうち約8兆円が相場に影響されにくい年金マネーの外貨シフトである。筆者は、2015年度、16年度の円需給をそれぞれ20兆円、14兆円の円売り超過と見積もっている。

<ドル円は年内125―128円、来年130―135円へ>

最後に、最近広がりつつある「円高論」のうち、経常黒字以外の代表的な3つの論拠に反証しておきたい。

まず、「購買力平価からみて円は安すぎる」との説。これは「地球温暖化だから寒い日は続かない」と言っているようなもので、説得力がない。円の割安が輸出数量の増加につながるという、教科書の世界の「自動調節機能」はすぐに働くわけではない。

特に1ドル=80円という過酷な円高に際し、日本は製造業部門の海外シフトを進めたため、「円安で輸出増加」のメカニズムは一層弱まっている。向こう1―2年の為替相場を予想するなら、米国の金融政策、日本の円需給という為替市場の「気圧配置」をしっかりと見極めることが重要である。

第2に、米国の利上げは直観に反してドル安につながるとの説。確かに、1999年および2004年の利上げ開始の局面を振り返ると、半年近くドル安・円高になっている。しかし、それは当時、米利上げが米株下落を招き、株式マネーが日本株にシフトし、円高を招くという一連の株式投資資金フローの影響が表れたからである。

これらの経験は株式投資に為替ヘッジが付加されていなかった時代の話だ。過去10年間で、外国株投資には為替ヘッジが付くケースが圧倒的に増えた。だからこそ株式フローに影響されにくくなった分だけ為替相場が金利差を反映しやすくなっている。今度の米利上げ局面は、金利差に素直に従ったドル高となる可能性が高い。

第3に、日本政府が「円安=物価高」を避けたがるとの説。確かに、日銀が積極的に動きすぎると「輸入物価上昇で国民生活を苦しめる政策」と批判されるリスクはある。しかし、米国の利上げがドル高・円安につながるのであれば話は違う。しかも、原油安によってガソリン価格も上がりにくくなっている。政府・日銀が1ドル=130―135円程度の円安を阻止するとは想像しにくい。

ヘッジファンド動向、金利差、円需給そして政策スタンス。どこを見渡しても円高リスクは小さく、円安のポテンシャルは大きい。筆者は今年12月末までに1ドル=125―128円、来年中には130―135円という円安の継続を予想している。

*池田雄之輔氏は、野村証券チーフ為替ストラテジスト。1995年東京大学卒、同年野村総合研究所入社。一貫して日本経済・通貨分析を担当し、2011年より現職。「野村円需給インデックス」を用いた、円相場の新しい予測手法を切り拓いている。5年間のロンドン駐在で築いた海外ヘッジファンドとの豊富なネットワークも武器。著書に「円安シナリオの落とし穴」(日本経済新聞出版社)。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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