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コラム

コラム:中銀デジタル通貨は「ステーブルコイン」ならず

[ロンドン 11日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 中央銀行デジタル通貨(CBDC)は紙幣の発明以来、最も重要な金融イノベーションになるかもしれない。中銀はCBDCがビットコインなどの暗号資産(仮想通貨)を駆逐するだろうと主張している。しかし紙幣の黎明期が参考になるとすれば、初期のCBDCは「ステーブルコイン(安定した通貨)」どころか、インフレなどの経済的苦境をもたらす恐れの方が大きい。

 5月11日、 中央銀行デジタル通貨(CBDC)は紙幣の発明以来、最も重要な金融イノベーションになるかもしれない。写真は各国の紙幣。2017年6月撮影(2021年 ロイター/Dado Ruvic)

中国は11世紀に「飛銭」と呼ばれる紙幣を発明した。欧州がこれに追い付くのは600年後のことだ。スウェーデンのストックホルム銀行は1661年、欧州大陸初の紙幣を発行した。

紙幣の誕生は、どの国でも共通のパターンをたどってきた。当初は貴金属と交換可能だ。しかし政府はやがて、簡単に製造できる現金によって支出を賄う誘惑に抗い切れなくなる。危機の際にはなおさらだ。紙幣の発行が本格化すると、交換権は例外なく停止された。

当初は多くの人々が紙幣発行の利点を感じる。しかし経済歴史学者のペーター・ベルンホルツ氏によると、「インフレなき強い成長という黄金期」はせいぜい1年かそこらしか続かない。物価が上昇し始めると紙幣は熱々のポテトと化し、放り出したときにはもう火傷を負った後だ。通貨の流通が速まり、インフレ圧力は増す一方。人々は、紙幣をもっと安全な価値貯蔵手段に交換するか、貯蓄を国外に持ち出そうとする。

こうした状況に対する政府の典型的な対応は、紙幣に代わる資産の禁止か、交換の統制だ。例えば明王朝の皇帝は1394年、銅銭を使用、または貯蓄した者に罰金や禁錮の刑を科した。同様に、スコットランド出身の実業家ジョン・ローは1719年にフランスに紙幣を導入した直後、金の所有と輸出を禁じた。こうした強制的な措置は例外なく失敗する。

最終的に紙幣の信用は失墜し、だれも受け取らなくなる。インフレが燃えさかる時には、グレシャムの法則とは逆の現象が起こる。「良貨が悪貨を駆逐する」のだ。人々は代替通貨を使うか、物々交換へと走る。ワイマール共和国で起きたハイパーインフレ末期には、多くの取引が外貨で行われた。

労働者は賃金の上昇が物価の上昇に追い付かず、年金生活者は貯蓄が吹き飛ぶ。そうして十分な数の人々がインフレの恐怖を味わった末に、ドイツでは通貨改革を求める合意が生まれた。

しかし政府は国民の信頼を失っていたため、代替通貨の発行は、中央銀行が財政赤字をファイナンスするのを防ぐ「基本法」とセットになった。かくして1923年11月に新通貨「レンテンマルク」が誕生し、ドイツにおけるハイパーインフレの悪夢は終結した。

CBDCは、紙幣の黎明期以上に大きな混乱を生みかねない。デジタル通貨という性質上、中銀が新たに発行すると、印刷機や商業銀行に邪魔されることなく経済に流れて行く。リーマン・ブラザーズの破綻以降、中銀は量的緩和によってドルやユーロ、ポンドを大量に発行したが、特段のインフレを引き起こさなかった。市中銀行は、供給されたマネーの大半をそのまま中銀の当座預金に預けたからだ。これに対してCBDCは、発行されると直接人々の懐に入るだろう。

実際、これがCBDCの大きな魅力だ。コロナ禍で政府が導入した臨時の支援策も、デジタル通貨であればもっと素早く人々に支給できただろうと中銀は主張する。CBDCは、いわゆる現代貨幣理論(MMT)にはうってつけの設計に見える。MMTの提唱者らは、政府がもっとお金を刷ってインフラを建て直し、気候変動の流れを反転させ、社会正義を実現すべきだと唱えている。デジタル通貨なら、経済学者ミルトン・フリードマンが描いた夢の「ヘリコプター・マネー」も現実のものとなるだろう。それがもたらすインフレの可能性も含めて。

その上、CBDCは金融環境が極端に乱れているタイミングで導入されようとしている。過去1年間、欧米の中銀は巨額の財政赤字のファイナンスに手を貸した。ベルンホルツ氏によると、ハイパーインフレは通常、公的支出の5分の1以上が通貨の新規発行によって賄われた時に発生している。

米国と英国は最近この限界値を超えたが、これで終わりではない。米議会予算局(CBO)は、今年の連邦財政赤字が国内総生産(GDP)の14%に達すると予想しており、その大半が米連邦準備理事会(FRB)の国債買い入れによってファイナンスされることになる。

今のところ、われわれは再び訪れた「黄金期」の中にいる。急激な通貨供給の増加は経済活動を支えつつも、消費者物価には限定的な影響しか及ぼしていない。国際通貨研究所によると、米国の広義の通貨供給量は4月までの1年間に22%増えたが、消費者物価指数(CPI)は2%強の上昇にとどまっている。しかしガソリン価格は高騰し、銅は過去最高値近辺で推移し、ブルームバーグ・コモディティー指数は年初から20%以上も上昇している。

デジタル通貨が無制限に発行されれば火に油をそそぐだろう。電子マネーは紙幣より手軽に動かせるため、物価上昇時には紙幣より速く流通してインフレ圧力を押し上げる可能性がある。そうなると、暗号資産や貴金属が代替的な価値貯蔵手段として人気を集めるかもしれない。ビットコインでの支払いを受け付ける自動車メーカーは、イーロン・マスク氏率いるテスラにとどまらなくなくなるかもしれない。歴史が繰り返すなら、当局は通貨の代替手段を取り締まろうとするだろうが、効果は乏しいだろう。

最終的には「利子生活者が安楽死する」(インフレにより、利子収入で生活する人々が困窮すること)地点に到達するだろう。ウォール街は企業への融資を閉ざし、労働者は職にあぶれ、企業は混乱に陥る。過去にこうした事が起こった時に常にそうだったように、人々は本当に価値の貯蔵手段となる通貨を求めて叫び出すだろう。政府と、政府をけしかける中銀が意のままにできない通貨を。

そうなれば好機到来だ。ドイツのエコノミスト、トーマス・マイヤー氏が提言するように、年間発行量を潜在成長率並みの伸びに抑えた新デジタル通貨を発行し直すことができる。こうした特性を備えた新たな電子通貨こそは、文字通りの「ステーブルコイン」となり、ビットコインなどの暗号通貨を無用のものに帰すだろう。いずれはそうした日が訪れるかもしれない。ただし、それは今の黄金期が過ぎ去った後だ。

(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

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