July 29, 2020 / 11:16 PM / in 13 days

コラム:EU復興基金で変わる世界的デフレ構造、ドル安に転換へ=高島修氏

[東京 30日] - 世界的な観点で言えば、為替市場の中心はユーロ/ドルEUR=EBSであって、ドル/円JPY=EBSではない。対ユーロでの米ドル相場を押さえずして、為替相場を理解することはできないが、残念ながら日本の市場参加者でそれを実践している人は少ない。

 7月30日、EU(欧州連合)首脳会議が合意した総額7500億ユーロの復興基金は極めて重要な意義を持ち、ユーロに関心がない市場参加者も決して看過すべきではない。写真は欧州委員会の本部外に掲げられた欧州旗、16日にベルギーのブリュッセルで撮影(2020年 ロイター/Yves Herman)

だが、今回、EU(欧州連合)首脳会議が合意した総額7500億ユーロの復興基金は極めて重要な意義を持ち、ユーロに関心がない市場参加者も決して看過すべきではない。

1つは統合通貨ユーロの存続という観点。もう1つは、それが近年の世界的なデフレのマクロ構造と金利低下に及ぼす影響という側面だ。

為替相場への含意については、その本質はユーロ安的要因だと思うが、米国でより大胆な金融財政政策が断行されていることを考慮するならば、現実的にはEU復興基金が折からのドル高的環境からドル安的環境への転換点になってもおかしくないと考える。

短期的には1.2ドル台を超えるユーロ高は想定していないが、2、3年単位では1.3ドル台の回復も視野に入っていると考える。

<ユーロ統合は深化するか>

今回、欧州委員会が債券を発行し、調達した資金をイタリアなど苦境に陥っている南欧諸国などへ重点的に配分することが決まった。フォン・デア・ライエン欧州委員長ら欧州首脳はEU統合深化の新しい局面と胸を張る。

ただし、今回の共通債券の発行と復興基金はコロナ危機対応のための一度きりの措置とされる。米国の初代財務長官に就任したハミルトンが各州の債務共通化に奔走したことから財政統合の達成を「ハミルトン・モーメント」と形容するが、今回の合意は決してそのハミルトン・モーメントではない。

しかも、復興基金は今回、初めて策定された総額1.8兆ユーロのEU中期予算(2021─27年)の一部であるため、その支出は複数年にわたる。7500億ユーロと言う表面的な金額の大きさの割には、短期的な景気押し上げ効果は日本や米国などの財政刺激策ほどには大きくない。

とはいえ、昨年終盤にフォン・デア・ライエン委員長が就任してから新欧州委員会は欧州グリーンディール政策を打ち出し、今回の復興基金以前から、従来は消極的だったEUの財政政策を積極化させる方向性を示してきた。

脱・炭素社会実現のため、2050年までの排出量を実質ゼロにする目標を掲げ、そのためには毎年2600億ユーロの投資を官民で続けていく必要があるとしている。これは現在の経済規模比で年1.5%程度に相当する。

しかも、今回はドイツなど欧州各国の財政政策も動き始めている。2005年から政権を維持するメルケル首相は緊縮財政を好み、それがユーロ圏の中でも突出したドイツの経常黒字(経済規模比7%以上)を生んできた。

ユーロ圏では加盟各国の金融政策と通貨政策が放棄された状態にあるため、財政刺激策などである国の内需が膨らむと、それがそのままユーロ圏域内での経常収支の悪化として表面化しやすい。この問題が露呈したのが2010年代前半の欧州ソブリン危機だった。

逆に今回、そのドイツの財政政策が動くということは、イタリアはじめ欧州各国も財政刺激に動きやすくなる。EUレベルだけでなく、各国レベルでの財政政策も拡張色を増していくことになりそうだ。

<世界的な意義は何か>

これがそのまま欧州の内需不足の解消につながるわけではないが、米国に次ぐ世界第2位の経済圏であるユーロ圏が経済規模比3%ほどの経常黒字(つまり内需不足)を恒常的に抱え続けることで生じている、世界的な不均衡の是正に多少なりとも貢献することは間違いない。

アカデミズムや中央銀行による議論では、近年の世界的なディスインフレの原因として、1)人工知能やITによる経済効率化、2)グローバリゼーションの進展、3)高齢化とそれに伴う貯蓄ニーズ(消費抑制)の高まり、4)リーマン危機の後遺症とそれに続く金融規制の強化──が挙げられることが多い。

筆者もその見解にはおおむね賛成だが、実際に世界経済がディスインフレ的な需要不足の状態に長らく陥っており、その傾向が2000年前後から強まっているのは、次の4つのより具体的なマクロ構造の変化があったからだと考えている。

1)1999年のユーロ誕生で安定成長協定の下、大規模な財政政策が発動できなくなった欧州で構造的な需要不足(経常黒字)が発生するようになったこと、2)ゼロ金利制約に直面した日本経済がデフレ均衡から抜け出せなくなったこと、3)2001年の中国のWTO(世界貿易機関)加盟、4)米国のエネルギー革命──の4つである。

筆者はこの中で、ユーロ圏の内需不足が最も重要な要因だとにらんでいる。従って、その欧州が財政刺激に動くということは、世界経済のデフレ的なマクロ構造(その結果としての世界的な金利低下)に変化が生じることを意味すると筆者は考える。

欧州の財政政策が動くことの重要性が、世界的にもあるのはこのためだ。

<財政刺激で通貨高か、通貨安か>

ここで問われるのが、財政刺激策を通貨高要因として捉えるか、通貨安要因として捉えるかである。

国際金融の古典的な考え方であるマンデル・フレミングの定理によると、財政拡張政策が金利上昇を招き、通貨高になることでその有効性が減退する。反面、金融緩和策は通貨安にもつながり、その有効性は高いと論じる。

だが、現実的には内需不足の経済では、金融緩和とのポリシーミックスで金利上昇は抑制されるため、財政拡張策が持続的な通貨高につながることは少ない。むしろ、財政による内需拡大で輸入が増え、経常収支が悪化しやすくなる分、中期的には通貨安に貢献することが多い。

こうした中、米国ではトランプ政権が既に経済規模比15%に相当する3兆ドルの刺激策を講じ、さらに1兆ドルの財政刺激に動いているところだ。財政刺激規模では欧州を圧倒する。ゼロ金利政策に回帰し、事実上の無制限の国債買い入れを表明した米連邦準備理事会(FRB)の金融緩和姿勢も欧州中銀(ECB)よりも攻撃的だ。海外勢の間では、米国の経済政策はMMT(現代貨幣理論)時代に突入したとの指摘も聞かれるようになってきた。

そこから生じる米ドル安圧力はこれまで、3月のコロナ危機の際に発生した世界的なドル不足問題など特殊な需給要因で封印されていた。しかし、金融経済の正常化が進むに伴い、表面化し始めているようにみえる。

その意味では、現在のユーロ高の流れは、EU復興基金など欧州の財政刺激策が強いからではない。その刺激が米国に及ばないからこそユーロ高が進み、ドル高トレンドからドル安トレンドへの転換が促されているのだ。

今回、財政刺激の規模は米国や日本に比べ小規模であるとはいえ、長年の課題だった財政統合に一歩前進したことで、イタリアなど周辺諸国の暴発リスクは低下した。欧州債のイールドカーブに織り込まれていたリスクプレミアムははく落に向かうだろう。

従来、欧米金利差と並び、イタリア国債などの対独ソブリンスプレッドはユーロ/ドルを売り買いする誘因となっていた。しかし、ソブリンスプレッドが縮まる方向に向かうのであれば、縮小した金利差に収れんする格好でユーロ高・ドル安が進行するに当たり、追加的な支援材料になってくるはずだ。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*高島修氏は、シティグループ証券のチーフFXストラテジスト。1992年に三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入行し、2004年以降はチーフアナリスト。2010年シティバンク銀行入行、チーフFXストラテジストに。2013年5月より現職。

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編集:田巻一彦

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