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焦点:欧州難民危機、統計なき砂漠の死者たち
2016年2月27日 / 23:14 / 2年後

焦点:欧州難民危機、統計なき砂漠の死者たち

[カタ―ニア(イタリア) 24日 ロイター] - 2012年8月の暑い午後、ラッキー・イズ君が友人のゴドフリー君とともにサハラ砂漠の横断に乗り出したとき、彼は15歳になったばかりだった。欧州に向かう旅の途中で何が起きたのか、彼はまだ友人家族に語っていない。

 2月24日、複数の国際団体が地中海を横断して欧州に向かう途中で溺死した移民の数を調査しているが、サハラ砂漠での死者数は誰もカウントしていない。写真はサハラ砂漠のはずれにある、アルジェリアのティミムンで砂の上を歩く少女。2008年3月撮影(2016年 ロイター/Zohra Bensemra)

ラッキー君の話によると、ニジェール人の彼ら少年2人は、違法移民斡旋業者の指示通り、水とビスケット、牛乳と栄養ドリンクを持ってサハラ砂漠の端に到着した。他の36人とともに、彼らはトヨタ製ピックアップトラックの荷台に乗り込んだ。トラックはニジェール北部の都市アガデスを出発した。

山と積まれた補給品の上に座り、足をぶらぶらさせながら柱にしがみついていたという。誰かが転落しても運転手は車を停めないだろうと分かっていたからだ。喉が渇き、空腹だった。トラックのタイヤが巻き上げる砂埃が彼の目を痛めた。トラックは3日間走り続け、給油や給水のためにときおり停まるだけだった。

4日目、運転手は道に迷った。方位磁針が壊れてしまったのだ。グループの何人かは、ついに砂漠から生還することができなかった。

複数の国際団体が、地中海を横断して欧州に向かう途中で溺死した移民の数を調査している。そうした死者数は昨年で3800人と推計されている。

だが、サハラ砂漠での死亡者数は誰もカウントしていない。そのため、政治家はこの地で失われた人命を無視しがちであると人道支援活動関係者は訴える。

国連難民支援機構の北アフリカ支部でも、サハラ砂漠で亡くなった人数のデータを持っていないという。国際赤十字社は、移民・難民が家族と連絡を回復できるよう支援しているが、死亡者の情報は集めていない。ボランティアや研究者、非政府組織(NGO)が運営している少数の非公式データベースが集計を試みているものの、主としてメディアの報道に頼っており、彼らの資金も滞りがちだ。

オックスフォード国際移民研究所の研究員であるジュリアン・ブラチェット氏は、「データが何もない」と嘆く。彼は10年以上にわたってニジェール北部を含むサハラ砂漠で現地調査を行っている。

「地中海と同じくらい多くの人がこの砂漠で亡くなっている可能性があるだけに、データの不足は問題だ」と彼は言う。「しかし、証明できないから、何も言えない。だから誰も介入しようとしない」

<道に迷えば悲劇に>

アガデスは昔から砂漠の玄関口だった。国際移民機関(IOM)によれば、北アフリカや欧州に向かう途上でこの都市を経由した移民は、2015年に12万人と、前年から倍増している。以前は自由にこの都市を離れることができた。毎週出発する軍の護送車団によって、ある程度の保護が提供されていた。

だが、砂漠を通過しようとした移民92名が渇きのために死亡した2013年の悲劇以来、ニジェール政府がこのルートを封鎖する措置を取ったため、こっそりと隠れて通行する例が増えている。

ラッキー君が乗ったトラックの運転手は砂漠のなかで道に迷ったのち、目印を見つけて正しい道に戻れることを願いつつ、さらに5日間走り続けた。その時点で食料・飲料水は底をついたという。疲労困憊した乗客が夜間にトラックから転落した。運転手は彼らのためにトラックを停めようとはしなかった。

「翌日、明るくなってから人数を数えたら、何人かいなくなっているのが分かった」とラッキー君は語る。現在18歳になった彼は、欧州にたどり着いた後、イタリアのカタニアにある若年者向け難民キャンプで1年間暮らしている。

さらに1日後、トラックの燃料がなくなった。万策尽きた難民たちはあたりを彷徨した。その日の午後、砂嵐が彼らを襲った。

「皆ただ茫然と立ちすくんでた。進むべき方向さえ分からなかった」とラッキー君は言う。「どうすれば砂漠から脱出できるかも分からなかった。そして、多くの人がその場所で亡くなった。友人も倒れ、死んでしまった」

「次に誰が死ぬのか、誰が力尽きるのかも分からなかった。どうすればいいのか。あたりは一面の砂で、われわれは手で砂を掘って、友人を埋めなければならなかった」

「そして、また歩き出した」

<移民斡旋は闇の世界へ>

ニジェール北部のサハラ砂漠と隣国マリは、麻薬・武器の密輸業者、違法移民斡旋業者、誘拐専門業者、イスラム主義武装グループ(一部はアルカイダと連携)などの巣窟である。

欧州連合はニジェールその他の国に対して、密輸・違法移民を取り締まるよう圧力をかけている。2014年、EUは「不法移民の防止を支援するため」治安部隊の訓練を行うミッションをニジェールで開始。昨年には、ニジェールが移民斡旋を禁止する法案を可決し、斡旋業者は最高30年の懲役を受けることになった。

だが前出のブラチェット氏によれば、取引が地下に潜るだけで逆効果になる可能性があるという。

「以前は、砂漠の真ん中で難民を放り出すことは、不可能とは言わないまでも非常に難しかった」とブラチェット氏は言う。「闇のビジネス化してしまった今では、乗客を降ろす予定の場所に本当に到着したのかどうか、それとも砂漠に置き去りにしたのか、誰にも分からない」

あるEU当局者によれば、立場の弱い移民の生命を危険にさらしている違法移民斡旋業者などへの対処が優先課題であるという。EUは国境での検問や砂漠での巡視は行っていないものの、訓練や提言といった形で各国当局を支援している。

ニジェール北部にスタッフを置いているIOMは、何人がこの地域を通過しているのか、また彼らがどのような状況に置かれているのかなど、より詳細な情報を集めようと努めている。IOMの推定では、毎週約2300人がアガデスを通過しているという。だが、2015年にサハラ砂漠での死亡が記録されたのは、わずか37人だ。

昨年3月、IOMのスタッフがリビア国境に近いニジェールの小さな村を訪れた。ニジェールにおけるIOMのミッション担当者によれば、1日に85名の難民が斡旋業者に置き去りにされ、木々の下で途方に暮れているのを確認したという。

「旅は非常に困難だ」と同担当者は言う。「彼らの話によれば、途中で多くの人々が亡くなったという」

ニジェール政府にコメントを求めたが、回答はなかった。

ラッキー君を含む生き残り組は、約10時間歩いた末に、アガデスに戻る途中のピックアップトラックに偶然遭遇したという。彼らは目的地までの残りの道を乗せていってくれと運転手に頼み込んだ。

運転手は彼らをリビアのセブハまで運び、武装グループに売り飛ばした。武装グループは自由になりたければ働けと強要したという。ラッキー君が脱走してイタリアにたどり着くまでに、それから数ヶ月を要することになる。

彼らが砂漠に残してきたのは男性4人と女性2人である。決して記録されない死が、また6件増えた。

(Selam Gebrekidan記者、Allison Martell記者)(翻訳:エァクレーレン)

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