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情報BOX:スエズ運河、データが示す石油輸送ルートとしての重要性

[ロンドン 26日 ロイター] - 大型コンテナ船「エバーギブン」の23日の座礁によって水路をふさがれたスエズ運河は、アジアと欧州をつなぐ最短の海上ルートで、世界の貨物の約15%が通過する。

スエズ運河は全長193キロに及び、エジプトにとっては国営のスエズ運河庁を通じて管理する重要な外貨獲得源にもなっている。

石油輸送の面で重要な存在であることを示すデータは以下の通り。

◎通過する原油の量

Kplerによると、昨年海路で産地から運ばれた輸入原油は日量3920万バレルで、このうちスエズ運河経由は174万バレルだった。

◎原油の行き先

原油と石油製品はスエズ運河を双方向に行き来し、運河を抜けた後に東や西に進む。国際エネルギー機関(IEA)のデータでは、昨年12月から今年2月までに日量360万バレルの原油・石油製品がスエズ運河を通り、うち150万バレルが原油だった。

原油の内訳では約110万バレルが東に向かった。これは海路でのアジア地域の輸入品の約4.5%に相当する。また約40万バレルは西に向かい、主に欧州が目的地だった。

◎石油製品の行き先

 大型コンテナ船「エバーギブン」の23日の座礁によって水路をふさがれたスエズ運河は、アジアと欧州をつなぐ最短の海上ルートで、世界の貨物の約15%が通過する。写真はスエズ運河の入り口で26日撮影(2021年 ロイター/Mohamed Abd El Ghany)

Kplerによると、昨年の世界の石油精製製品の輸入量のうちスエズ運河経由は9%弱にとどまった。通過製品で最も大きな割合を占めたのはプラスチックの主原料であるナフサだった。東方向は燃料油とナフサと液化石油ガスが大半、西方向はディーゼルとジェット燃料がほとんどだった。

◎併走パイプライン

スエズ運河に併走する形で、スエズ湾と地中海をつなぐ全長320キロのスエズ・地中海パイプライン(SUMED)が敷設されている。SUMEDのウェブサイトによると、ペルシャ湾岸から欧州向けに輸出される石油の8割がここを経由する。

SUMEDの輸送能力は日量約280万バレルだが、実際の輸送量はこれよりずっと少ないことが多い。米エネルギー省エネルギー情報局によると、2018年の輸送量は日量約130万バレルだった。

石油輸送の面では、アフリカ大陸をぐるりと回る海上ルートがそれ以外の選択肢として挙げられる。ただ2週間余計に日数がかかる上に、輸送費用も増加してしまう。

◎液化天然ガス(LNG)にとっての重要性

IEAによると、昨年の世界全体のLNG取引の6-8%に当たる2200万トンがスエズ運河を通過した。中東産LNGでは、約25%がスエズ運河軽油で欧州の買い手に出荷された。

◎歴史

紅海と地中海をつなぐ運河が最初に掘削されたのは紀元前19世紀、古代エジプトのセンウセルト3世の治世にさかのぼる。近代的な技術によって完成したのは1869年だ。

1956年にエジプトはスエズ運河の国有化を宣言。その結果、権益を保有していた英国とフランスがイスラエルを伴って軍事介入し、第2次中東戦争(スエズ動乱)が勃発した。エジプト側は40隻の船を運河に沈めて物理的に通航不能とした。その後、米国やソ連、国連からの停戦圧力でイスラエルと英仏は停戦・撤退を余儀なくされ、戦争が終結した。

スエズ運河は67年6月、イスラエルと、エジプトを含むアラブ諸国との間で起きた第3次中東戦争(6日間戦争)で深刻な被害を受けた。その後も両陣営の軍部隊がスエズ運河の対岸に駐屯。運河の閉鎖が終わったのは73年の第4次中東戦争(ヨムキプール戦争)の後の75年6月で、これでエジプトはようやくスエズ運河の支配を完全に取り戻した。

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