September 14, 2018 / 2:45 AM / a day ago

ブログ:リーマン破綻10年、それぞれの人生再建

[ロンドン 11日 ロイター] - それは後に、世界的な金融危機を象徴するイメージとして知られる写真となった。破綻へと坂道を転落し始めていた米投資銀行リーマン・ブラザーズのロンドン事業所で、窓に背を向けて緊急会議に出席する行員20人あまりの姿が写されている。

それは後に、世界的な金融危機を象徴するイメージとして知られる写真となった。破綻へと坂道を転落し始めていた米投資銀行リーマン・ブラザーズのロンドン事業所で、窓に背を向けて緊急会議に出席する行員20人あまりの姿が写されている。2008年9月11日、ロンドンのリーマン・ブラザーズオフィス(2018年 ロイター/Kevin Coombs)

2008年9月11日に撮影されたこの写真に写っているギウォン・ムーアさんは、当時の行内は、金融市場を覆いつつあったパニックとはまったく異なる雰囲気だったと振り返る。

「行内は当時、ほとんどお祭りのような雰囲気だった。仕事はまったくしていなかったが、みんな出社し、おしゃべりにかまけていた」と、ムーアさんは言う。

破綻直前のリーマン・ブラザーズのロンドンオフィスにいたムーアさん。シドニーで9月に撮影(2018年 ロイター/David Gray )

カメラがとらえたのは、上司が部下らに対し、同社の株価は急落しているが大丈夫だと告げている場面だという。

「上層部は、従業員を再び仕事に集中させないといけないと考えたようだ」と、ムーアさん。「さぼらずに仕事に戻れ、と言われた。さっきまでやっていたことと同じことをするのだから、誰も真面目に受け止めなかったと思う。われわれとビジネスをしてくれる取引先などなかった」

それから4日、米政府はリーマン救済を断念。すでに市場に広がっていた混乱が拡大し、金融システムが壊れ、世界経済は深刻な不況に陥った。

ムーアさんが働いていた債券部門は、他行に売却されなかった。経営破たんから2週間後、ムーアさんのセキュリティーカードは使えなくなり、解雇された。

ムーアさんは、ファンドマネジャーとして再就職を果たすまで、6カ月間失業していた。いまは故郷オーストラリアで働いている。

<失業>

金融危機は、公務員のエリック・リップスさんの生活も揺さぶった。リップスさんも、よく知られている当時のロイターの写真に登場している。

金融危機発生後に会社を解雇され、就職フェアの列に並ぶリップスさん。ニューヨークで2009年12月に撮影(2018年 ロイター/Shannon Stapleton)

09年の年末、リップスさんは、ニューヨークの就職フェアで面接の長い列に並んでいるところを撮影された。

当時の米国の失業率は10%と、1980年代初め以来の高い水準に上昇していた。

リップスさんは寒空の下、ベージュのトレンチコートに身を包み、カメラをまっすぐ見つめている。その表情には、当時のたくさんの人が感じていた絶望が浮かんでいた。

リップスさんは現在、ニューヨーク市の児童支援員として働いている。8月に撮影(2018年 ロイター/Shannon Stapleton)

「幸いなことにお金はあったので、その日暮らしになることはなかった」と、リップスさん。「それでも、失業状態がどれぐらい続くか分からず、少しナーバスになっていた」と言う。

数ヵ月後、リップスさんはニューヨークの児童支援員として採用され、いまもその仕事を続けている。

英国議会を後にするダーリング英財務相(当時)。2009年12月、ロンドンで撮影(2018年 ロイター/Luke MacGregor)

当時の英国財務相だったアリスター・ダーリング氏は、リーマン破綻の直前に、経済が危機に向かっていると警告を発したところ、エコノミストや政治家から大反発を受けたと振り返る。

「それでも、金融システムの混乱が非常に破滅的になることが見えていた」と、ダーリング氏は言う。

英労働党の下院議員に転じたダーリング氏。スコットランドのエディンバラで8月に撮影(2018年 ロイター/Russell Cheyne)

労働党の下院議員に転じたダーリング氏は、10年に誕生した保守党新政権が、5年以内に財政赤字を解消する方針を決めたことで、金融危機のダメージが一層拡大したと考えている。

「緊縮財政と一般的に呼ばれるものにより、不況が長引いた。回復にはずっと長い時間がかかっており、まだ完全ではない」と、ダーリング氏は言う。

<移住>

実際、世界の金融システムがメルトダウン寸前まで行き、その後に欧州の複数の国で債務危機が起きたダメージは、今も多くの人に深い傷を残している。

アベルさんはスペインで職を失い、ドイツへ出稼ぎに出た。2012年、バルセロナで撮影(2018年 ロイター/Marcelo del Pozo)

ホセマヌエル・アベルさんは職を失い、12年に妻子を残して故郷スペインを離れた。昨年帰国するまで、ドイツで低賃金の仕事に従事していた。

いまアベルさんは、大西洋に面した町チピオナのレストランに臨時で雇われ、ウエイターとして1日17時間働いている。だが、夏が終わって観光客が去れば、解雇されるだろうと話す。

スペインの失業率は、13年に27%近くに達した。今年第2四半期は約15%まで下がったが、経済が回復し始めて5年が経過しても、まだ他国の水準に比べて大幅に高い。

「ウエイターとして働くことに不満はない。どんな仕事でも、尊敬されるべきだと思う」と、アベルさんは言う。「私には経験やスキルがあり、今後生かしたい」

スペインに戻ったアベルさんは現在、臨時雇用のウェイターとして働いている。スペイン南部のチピオナで8月に撮影(2018年 ロイター/Marcelo del Pozo )

同時にアベルさんは、友人たちと地域政党を結成し、19年の地方選に打って出ようと準備を進めている。

「子供たちには、私みたいな苦難を経験してほしくない」。アベルさんはそう話し、「この素晴らしい場所から移住して仕事を探さなければならないような目にあってほしくない」と付け加えた。

<東京>

当時も為替ディーラーだった深澤さん。2008年10月、東京で撮影(2018年 ロイター/Yuriko Nakao)

東京の為替ディーラーの深澤努さんは、リーマン破綻から10年がたつ今も、トウキョウフォレックス上田ハーローで働いている。リーマン・ショックの後、市場から去った顧客もいるという。

深澤さんは今もトウキョウフォレックス上田ハーローで働く。8月に東京で撮影(2018年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

日本経済は大きな打撃を受けた、と深澤さん。しかし、徐々に回復していると感じている。ゆっくりと、でも着実に世界の金融市場に追いつきつつあると話す。

新宿歌舞伎町のホストだった愛沢さん。2009年6月に東京で撮影(2018年 ロイター/Toru Hanai)

愛沢光さんは当時、東京・歌舞伎町でホストとして働いていた。リーマン破綻後、人々が真っ先に財布の紐を締めたのは、クラブなどで遣う遊興費だったと話す。

現在の愛沢さんは3店のクラブを経営し、70人以上のスタッフを抱える。8月に東京で撮影(2018年 ロイター/Toru Hanai)

愛沢さんは現在、クラブ3店を経営し、スタッフ70人以上を抱えている。ベンチャービジネスも2つ立ち上げた。

2008年金融危機から10年、その後の人生

(文責:William Schomberg、撮影:Reuters photographers)

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