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COLUMN-〔インサイト〕アジア国債は大丈夫か、小さな債務残高の秘密と未来を考える=名古屋市立大 永野氏

 国際通貨基金(IMF)が、5月14日に「世界財政調査」を発表し、主要先進国の財政状況の将来に警鐘を鳴らしている。しかし、この調査はギリシャや南欧諸国をはじめとする先進国の分析が中心であり、新興国の詳細を把握することが難しい。そこで、財政赤字幅が大きい東アジアのASEAN(東南アジア諸国連合)4カ国、中国、インドの債務統計を、各国政府公表資料により確認すると、次の状況が明らかとなる。

 まず、これら6カ国の政府債務残高は対名目GDP比の平均で約72%、G20・先進国の平均値110%を大きく下回る。単純に政府債務の大きさのみから判断すると、アジア諸国政府が発行する国債は、安全性が高いと考えてよい。

 第2にこの対GDP比72%の政府債務のうち、42%が自国通貨建て、残りの30%が外貨建てである。これらの外貨建て債務は、米ドル建て、ユーロ建て、円建て債務へと、通貨の分散化が進んでいる。このため自国通貨が独歩安にさえならなければ、三極通貨間の変動は互いに相殺され、債務が膨張することはない。

 第3にかねてからの財政圧迫要因であるエネルギー補助金、軍事費の将来増は、今後の懸念要因である。国際エネルギー価格高騰による補助金支出の急増、国内デモ、騒乱の頻発による軍事費増大は、将来の政府債務の安全性を損なう要因であることを投資家は留意しておく必要がある。

 <共存する大きな財政赤字と小さな政府債務>

 アジア諸国の財政構造の1つの特徴は、単年度の財政赤字が対GDP比3─4%と、南欧諸国や中南米諸国と変わらない水準であるにもかかわらず、政府債務残高が低水準であることである。この一見、相矛盾するアジア諸国の財政構造の理由は、高い経済成長率と小さな政府の2点に求められる。リーマンショック以降の2年間を除くと、2000年代の成長率はASEAN諸国が平均4%前後、中国、インドは8%から10%超の経済成長を達成してきた。決して徴税効率が高いとはいえないこれらの国々の単年度の財政バランス悪化が、政府債務の累積へ直結しないのは、高い成長率からもたらされる税収増が、毎年の国債発行額の追加的な増加を抑制してきたためである。

 また、ASEAN諸国に限れば、小さな政府もこの地域の1つの特徴だ。先進主要7カ国(G7)の一般政府の歳出の対GDP比が2010年度予算で44%であるのに対し、インドネシア、マレーシア、フィリピンのこの比率はいずれも10%台である。自国政府の開発政策よりも、先進国企業の進出が、高成長の決定要因となってきたASEAN諸国では、高い伸び率で拡大する分母のGDPに対し、分子の政府支出の比率がいつの間にか低位にとどまっている、といった現状がある。

 一般的に、政府債務の急増に影響を与えうる4大要因が、人口年齢構成、公務員給与、エネルギー補助金、軍事費である。近い将来の高齢化社会の到来が確実視される東アジアであるが、65歳以上人口が全人口の15%を超えるのは中国、タイが2030年前後、マレーシアやフィリピンは2040年以降である。この点から、社会保障費が短期的に財政構造をゆがめる可能性は低いと言える。

 公務員給与の問題は、ギリシャや英国と同様、アジア諸国においても頭痛の種である。特にASEAN諸国では、公務員給与は民間給与水準を大きく上回る。しかし、この問題も、この1─2年間に急速に財政収支を悪化させる可能性は小さい。なぜなら後述するエネルギー補助金とは異なり、公務員人件費が単年度で大きく膨張するケースはほとんどないためだ。したがって、アジア諸国では、少なくとも人口年齢構成と公務員給与の問題は、ギリシャ危機の伝播を直接受ける材料とはなりえない。

 <タイ騒乱が象徴するアジア国債のリスク>

 一方で、政府債務急増要因の残り2つ、エネルギー補助金、軍事費は、今後、長期的にアジアの国債市場の懸念材料となりうる。多くのアジア諸国は、多額の石油補助金を一般財政から拠出している。国際市場で価格乱高下が激しいエネルギー価格を安定化させる政府補助金は、所得水準が低い国では、政権与党が有権者の支持を維持するのに不可欠な政策措置だ。インドネシア、マレーシアなどの資源国でさえ、エネルギー補助金がもたらす財政面への悪影響は、2000年代半ば以降、たびたび議論の的となってきた。

 また、エネルギー補助金以上に、今後に不透明感が強いのが軍事支出である。インドネシア、フィリピン、タイに象徴的に示されるように、テロの多発化やデモ・暴動が頻発するASEAN諸国では、国内治安維持の国軍への依存度が年々上昇している。騒乱が続くタイが典型例であり、同国の2010年度予算で軍事費は対GDP比1.9%まで増大している。陸軍出身のインドネシア・ユドヨノ大統領は言うに及ばず、国軍と距離を置くフィリピン・アキノ新大統領においても、治安維持のための国軍依存度と軍事費は、上昇圧力を受け続けるだろう。

 以上のようにアジア国債の安全性は極めて高く、ユーロの混迷がアジア債券市場へ伝播する可能性は短期的には低い。しかし、長期的には、外為市場での自国通貨価値、国際商品市場でのエネルギー価格、軍事支出の行方が、アジア国債市場のかく乱要因となる可能性を残している。東アジア諸国が、今後も対内投資誘致型成長を指向するならば、これらの課題を1つずつ解決してゆく必要がある。

 永野 護 名古屋市立大学大学院教授、三菱総研客員研究員

 (28日 東京)

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