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コラム:過大評価された「為替の柔軟性」
2017年7月7日 / 23:49 / 4ヶ月前

コラム:過大評価された「為替の柔軟性」

[ロンドン 5日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 経済学の入門書に書いてある基本的なモデルが少しでも参考になるのであれば、最近の英ポンドの下落は良いニュースであるはずだ。

 7月5日、経済学の入門書に書いてある基本的なモデルが少しでも参考になるのであれば、最近の英ポンドの下落は良いニュースであるはずだ。写真は各国紙幣。4月撮影(2017年 ロイター/Dado Ruvic)

だが、経済の仕組みをより深く理解し、最新の貿易統計を見れば、このポンド安がもたらすポジティブな効果が、ひいき目に見てもごくわずかで、一時的なものにすぎないことは明らかだ。

英国が昨年6月の国民投票で欧州連合(EU)離脱を決めて以来、ポンドは目に見えて下落した。イングランド銀行(英中銀)によるポンド指数は過去3カ月、国民投票実施前の1年間平均を約13%下回っている。

経済学の初歩では、これほどの幅で通貨が下落すれば、外国人が割安になった英国の製品・サービスに飛びつくことで輸出が増大すると教えている。また、国内消費者も割安になった国内製品に向かうため、輸入が減少するとも想定されている。

だが、実際にはわずかな効果しか現れていない。直近の3カ月間を見ると、国民投票前となる昨年同時期に比べて輸出は13%増えている。輸入もやはり増大しているが、伸び率は3ポイント低い。この変化は、所得収支を含む経常収支が改善したように見せるほどには大きい。最新四半期の経常赤字は対GDP比3.6%で、1年前の同5.6%に比べると顕著に改善している。

だが、「ポンド安」は万能薬と呼ぶにはほど遠い。GDP比で見た経常赤字は2013年とほぼ同じ水準である。前回ポンドの急落が見られたのは2009年だが、これに対応する四半期には、経常赤字の対GDP比は今よりもはるかに小さい1.8%だったのである。

経済学という地味な科学研究に耐えた学生であれば、先進諸国においてなぜ為替レートが貿易に対してこれほど小さな影響しか与えないのかを理解できるだろう。

高度な製品やサービスは、価格ではなく、主に品質やサービスなどの無形要因を基準として購入される。したがって、為替レートが有利になったことによる価格引き下げではほとんど顧客を獲得できないのだ。

のみならず、輸出品には通常多くの輸入部品が含まれているため、輸出品価格の変動は通貨価値の変動よりも格段と小幅になる。輸出先国の配送・サービスコストについては言うまでもない。

さらに、こうした貿易における限定的な利益は、結果的には短期間しか続かないのが常である。数年のうちに、賃金の上昇、新製品の発売、競合他社の対応、世界的な成長トレンドといった他の要因が、通貨安の効果を呑み込んでしまうからだ。

通貨安が小さな利益しかもたらさないパターンは英国に限ったものではない。たとえばイタリアはかつて、通貨切り下げを繰り返すだけでなく、他の欧州諸国に比べて成長率が低いことが常だった。イタリアではエコノミストのほとんどが、リラ切り下げによって手っ取り早い利益を得ることで、その後の政権は、賛否は分かれるものの、必要な改革を何とか実現することができると主張していた。

イタリアの政治家の多くは問題を認識していた。通貨ユーロの導入が提案されたとき、彼らはおおむね参加に熱心だった。柔軟性のない為替レートがもたらす秩序を切望していたからだ。しかし、彼らのそうした考えの正否は明らかではない。2016年の時点で、イタリアの国民1人当たりGDPは2008年とまったく変わらないのだ。

逆に、英国民がユーロを敬遠した主な理由の1つは、通貨変動の柔軟性を確保することだった。だがその選択は、はっきりした恩恵をほとんどもたらしていない。

ユーロ建てで見ると、実は英経済の実績はイタリアより少し悪い。2016年の時点で、英国の国民1人当たりGDPはグローバル金融危機以前に比べ2%低下している。そして足元のポンド下落により、インフレ率は英中銀が掲げる2%という目標をかなり上回っている。

為替レートの変動が高い関心を集めるようになったのは、比較的最近である。1960年代までは、大半のエコノミストや政治指導者が、通貨安定は国家の利益になると考え、高い金利や関税率で保護するに値するとみなしていた。専門家が柔軟性を求めていたのは、通貨価値よりは国内の賃金・価格だったのである。

伝統的な考え方がひっくり返ったのは、ブレトンウッズ体制が崩壊した1971年以降だ。それ以来、為替レートの柔軟性は、相対的な価格レベルと経済活動の変動を調整する最善の仕組みであると考えられてきた。そして今日、通貨価値はインフレ率やGDP成長率よりもはるかに大きな幅で変動している。

だが、いまこそかつての伝統を見直すべきときではないか。為替レートのたえまない変動は、巨大化した外為市場で活動する通貨トレーダーにとっては恩恵だが、それ以外のほとんどの人にとって不安定な通貨は経済的な足かせでしかない。地理的に分散したサプライチェーンへの長期投資が多数実施されるなど、グローバル化が一段と進む経済においては、通貨の安定は大きなメリットがあるだろう。

そうした通貨の安定性を実現するには、財政・金融政策の国際的な調整が必要になる。特に米国のトランプ大統領が孤立主義的な手法をとっているだけに、そうした方向で世界的な動きが近い将来に起きる可能性は低い。

しかしそれを待つあいだに、エコノミストたちは、地域レベルでの通貨安定に関する壮大な実験、つまりユーロを観察することができる。

この統一通貨は、実質的に、加盟国内での固定為替レート体制である。2010年には深刻な危機が生じたものの、加盟国が問題を修正できれば、次世代の経済学の教科書でモデルとして取り上げられるのは、使い古されたポンドよりも、生き返ったユーロになる可能性が高い。

*筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)

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