[東京 9日] - 今月16日にワシントンで行われる日米首脳会談は、新型コロナウイルスへの対応などで支持率が伸び悩んでいる菅義偉首相にとって、さまざまな追い風が吹き始める契機になるだろう。
バイデン大統領は対面で会う初めての外国首脳として菅首相を選んだ。菅氏を厚遇で迎え、場合によっては日本への大量のワクチン優先提供に応じる可能性もありうる。
訪米の成果が首相の支持率回復につながれば、世論次第で解散に踏み切る現実味も増す。その場合、日経平均は3万3000円に上昇する大きな株高インパクトが期待できそうだ。
<米、首脳会談で菅首相を厚遇する可能性>
菅首相に対する米国の視線は、今年1月末に電話で行われた最初の日米首脳会談の時とは様変わりした感がある。
前回の会談では、バイデン大統領には菅氏への冷たい対応が目立った。今年7月ごろからスタートする予定のオリンピック・パラリンピック東京大会(東京オリパラ)について、バイデン氏は「日本の首相と話したが、安全に開催できる状態にするため首相は懸命に取り組んでいる」(2月8日のロイター記事)と菅氏の前向きな姿勢に触れたものの、「開催するかどうかは科学に基づくべきだと私は考える」、「まだわからない」(同)などと突き放した態度をとった。
電話会談の直後、菅首相は深夜の会見で「今回は東京オリンピック・パラリンピックに関するやり取りはありませんでした」(官邸HPより抜粋)とわざわざ付け加えた。実際にはおそらく、菅首相が東京オリパラへの協力を要請し、バイデン大統領が明確な態度を示さなかったのが真相と見るべきだろう。
ところが、米側の対応は一変し、菅首相は早期訪米の希望がかなったうえ、初めて会う外国首脳にも選ばれた(3月7日発表)。この1ヵ月ほどの間に何があったのだろうか。
風向きを変えたのは中国の脅威だ。2月19日、主要7カ国(G7)のテレビサミット後のミュンヘン安全保障会議で、バイデン氏は同盟国とともに中国に立ち向かう姿勢を明確にした。3月3日には国家安全保障戦略の公式文書が発表され、対中強硬姿勢が固まったと言える。筆者にとって、米国が台湾の沿岸警備にコミットしたのは驚きだった。
バイデン政権が対中方針を固める中、相次いで開かれた日本、オーストラリア、インドとの4カ国(クワッド)首脳による電話サミットや日米2プラス2(日米安全保障協議委員会)などで、米国側は日本に対中政策に同調するよう念を押してきた。
こうした状況を踏まえ、今度の日米首脳会談で菅首相は、対中強硬姿勢を表明するという課題を突き付けられる一方、その見返りに米側からワクチン優先大量提供の約束を取り付けるなど、大きな成果を上げるだろうと筆者は考えている。
<米国はワクチン販売先を模索する時期>
では、なぜバイデン政権はワクチン大量提供を菅首相の手土産にする可能性があるのか。米国の事情を見てみよう。
その理由の一つは、東京オリパラをめぐる中国の動きだ。3月11日、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は中国オリンピック委員会から、今夏の東京大会と来年の北京冬季五輪の参加者に新型コロナウイルスワクチンを提供するとの申し出があったことを明らかにした。
同会長は「中国オリンピック委員会はIOCと協力して、追加のワクチンを提供する用意がある」とし、IOCが追加ワクチンにかかる費用を負担すると表明した。
しかし、中国製ワクチンで東京大会が成功するという展開は米国にとって避けたいシナリオだろう。今回の日米首脳会談では、米国産ワクチンを東京大会出場者らに提供し、科学的な判断に基づいた提案として開催を支持する可能性は十分あり得る。
バイデン大統領は国防生産法適用でワクチン増産を強力に推進した。日本へのワクチン供与が対中強硬姿勢を引き出すための判断であるならば、国防政策とも合致する。
そもそも、米国では大増産によって早晩ワクチンが国内で余剰になるとみられ、国外の販売先を確保する必要が出てくる。実際、バイデン大統領は6日、今月19日までに全ての米国成人がワクチン接種の対象になると発表している。
ただ、この発表は当初の予定より1週間程度、遅くなったと思われる。3月31日、米国内のワクチン製造施設における生産過程のミスによって1500万回分が影響を受けたという報道が出たためだ。
国民全てが接種可能との発表をした後でないと、他国へのワクチン大量供与発表は難しい。当初、今月9日の予定だった日米首脳会談が急きょ1週間延期されたのには、こうした背景もあったと考えられないだろうか。
一方、日本側の情勢はどうか。日米豪がクワッドにインドを取り込む際、インド産ワクチンを途上国に供給する名目でインドへの資金援助が示された。事実上のインドへのワクチン援助であり、それには日本の資金拠出が期待されている。
しかし、インドなどのワクチン強化だけでは日本の納税者を納得させることはできない。これを引き受ける条件として、菅政権が日本国民に行きわたる大量のワクチンを米国に要望していることも考えられる。
<解散となれば日経平均は33000円も>
ワクチン獲得という成果も含め、菅首相が訪米で厚遇を得て政権支持率上昇となれば、解散総選挙の可能性が出てくる。
菅氏は3月26日に解散時期について「いつあってもおかしくないと私は思っていない。コロナ対策、やるべきことをやはりしっかりやる必要がある」と官邸で発言したが、4月6日のBS日テレ番組では9月末の自民党総裁任期前の解散は「あり得る」と発言を修正した。
そもそもワクチン接種が広がれば、市町村のような「基礎自治体」は一段と仕事量が増す。投票所としてよく使われる地域の体育館などは、ワクチン接種会場として占有されるケースもあり、選挙対応は今後、時間が経つほど難しくなる。
こうした実務上の制約を理由にすれば、まん延防止等重点措置の最中であっても、世論が早期解散に味方することもあるだろう。
訪米などの成果を追い風に支持率が回復した状況での解散総選挙となれば、与党は十分に勝利できるだろう。前回総選挙では小池都知事の新党が波乱を巻き起こしたが、オリパラ前の総選挙なら、野党にはその時のように集結する余裕はないと思われる。
総選挙勝利となれば4月25日の衆参補選・再選挙の結果も吹き飛び、9月の自民党総裁選で菅総裁の再選が見込まれる。政策継続性・実現性が高まり、「菅ノミクス」関連銘柄を中心とした株高につながるという展開が予想される。
過去2回の解散後は、一つの波動で日経平均は3000円以上、PBR(株価純資産倍率)で1.5倍程度をトライした。現在なら33000円程度が期待できる。
解散の決断の有無にかかわらず、ワクチン獲得なら日本でも欧米並みに経済再開で盛り上がる景気敏感銘柄やREIT(リート、不動産投資信託)などが期待できるだろう。一方、菅首相による対中強硬姿勢表明なら、中国ビジネスには暗雲も懸念され、関連銘柄にはプレッシャーとなる。菅首相の訪米がどのような成果につながるか注目したい。
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
*木野内栄治氏は、大和証券 理事 チーフテクニカルアナリスト兼ストラテジスト。1988年に大和証券に入社。大和総研などを経て現職。各種アナリストランキングにおいて、2003年から16年連続で市場分析部門などで第1位を獲得。2012年度高橋亀吉記念賞優秀賞受賞。現在、景気循環学会の常務理事も務める。
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編集:北松克朗
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