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ブログ:封鎖下のフィリピン最貧困地区、心を救う司祭の戦い

[マニラ 29日 ロイター] - カトリックの司祭エドアルド・バスケスさんはこの1カ月、祭服よりも防護服を着ることのほうが多い。

カトリックの司祭エドアルド・バスケスさんは防護服を着てマニラ近郊の貧困地区に入り、赤ん坊に洗礼を施した。写真は4月22日、カローカンで撮影(2020年 ロイター/Eloisa Lopez)

バスケスさんの教区があるフィリピンの首都マニラ近郊のカローカンは、不気味なくらい静かな毎日が続いている。新型コロナウイルスの感染拡大を阻止するため、政府が全人口の半分を厳しい封鎖措置下に置いたためだ。

公共の場での集会は禁じられ、学校、交通機関は閉鎖され、必要不可欠ではない仕事は休業に追い込まれた。教会での集まりも例外ではなかった。

カトリック教会アワー・レディー・オブ・グレース内で自殺者に祈りを捧げるエドアルド・バスケス司祭。4月20日、フィリピンの首都マニラ近郊のカローカンで撮影(2020年 ロイター/Eloisa Lopez)

カトリック教徒が多いフィリピンでいかに信仰を守るか、教会の司祭は創造的であることが求められた。

多くはインターネット上で集会を開いた。外に説教壇を設置したり、信者の写真を礼拝堂の内部に飾る教会もあった。しかし、バスケスさんにとって、物理的な教会の存在が今まで以上に重要性を増している。

フィリピン政府が封鎖措置を取る中、防護服に身を包んで障害者宅へ祈りを捧げに向かうバスケスさん。4月22日、カローカンで撮影(2020年 ロイター/Eloisa Lopez)

バスケスさんはここ最近、片手に聖水、片手にアルコールスプレーを持って最も貧しい地域に通い、物理的な支援と精神的な救済活動をしている。青い防護服の上には、司祭が身に着けるストールを首から垂らしている。

「フィリピンの人々は悲惨な状況に置かれている。封鎖の影響は、誰にとっても同じではない」と、バスケスさんは言う。「裕福な人が仕事を休むのは簡単だ。しかし、貧困層にとって封鎖は死に等しい」

救済活動から戻り、自らを隔離するバスケスさん(右)と同僚。4月26日、カローカンで撮影(2020年 ロイター/Eloisa Lopez)

廃品取引で生計を立てるマイケル・フアレスさん(42)は、そうした状態に置かれている。

封鎖措置の規則に違反しているとして、廃品と救援物資を積んだカートを地元の役人に押収されてしまった。

以来、ファレスさんは道端で寝ている。手ぶらで帰宅し、家族に会うのが恥ずかしいのだという。

廃品取引で生計を立てるマイケル・フアレスさん(42)。バスケスさんから手渡されたパンを手に。4月21日、カローカンで撮影(2020年 ロイター/Eloisa Lopez)

バスケスさんと彼の支援グループがホームレスに救援物資を配っていた夜、ファレスさんは自身について司祭に語った。語りながら、ファレスさんは涙を流した。

「彼らは物理的な空腹以上に、精神的に腹を空かせている」と、バスケスさんは話す。「彼らは捨てられた。貧しい人たちの中でも底辺にいる。彼らはおびえているが、私が司祭だと知ると、友達を見つけたかのように表情が明るくなる」

支援活動の内容は毎日変わる。ほとんどはフェイスブックのメッセージを通じて地域のリーダーから寄せられる要請に基づいている。

封鎖下で食料を確保するため、街なかで菜園ができないか男性と話すバスケスさん。4月26日、カローカンで撮影(2020年 ロイター/Eloisa Lopez)

フィリピンにおける新型コロナウイルスの感染報告は8200件以上。うち550人以上が死亡している。公式にカウントされていない労働者は収入も貯蓄もなく、配布される物資に依存している。

多くの人が食料やマスクを求めている。しかし、精神的な祈りのみを求める地域もある。死者に、灰に、病人に、さらには通りに祈ってほしいと。

バスケスさんにとって、新型コロナウイルスの大流行は病気との戦い以上のものだ。「それは精神的な戦いだ」と、彼は言う。「乗り越えるために、われわれは信仰を守る必要がある」

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