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新たな火薬庫−クリミアと南シナ海−【実業之日本フォーラム】


*09:49JST 新たな火薬庫−クリミアと南シナ海−【実業之日本フォーラム】
6月23日付USNI(US. Naval Institute)紙は、ロシア国防省が、「英駆逐艦『Defender』に対し、クリミア半島沖のロシア領海を侵犯したとして、沿岸警備艇による追尾と戦闘爆撃機スホーイ24(Su-24)が警告として爆弾4発を投下した」と報道した。これに対し英国防省は、「『Defender』はウクライナの領海を「無害通航」しただけであり、ロシアは事前通告のあった海域で射撃訓練を実施したようだ、警告のための爆弾投下はなかった」としている。BBCは、「Defender」に乗艦していた同社の記者の「無線による警告に加え、沿岸警備艇2隻が『Defender』を追尾し、複数のロシア戦闘機が数回付近を飛行し、緊張が高まった。爆弾を投下したとの通報はなかった」とのレポートを公表している。

USNIが掲載しているAIS(Automatic Identification System:自動的に船舶の識別符号や位置情報等を通報するシステム)探知図を見る限り、「Defender」は明らかにクリミアの12海里以内の領海内を航行している。国連海洋法条約では、領海内を「無害通航」する権利はいかなる船にも認められている。しかしながら今回「Defender」が通過したのは、クリミアの重要な軍事拠点であるセバストポーリ沖である。領海内を通過しなくても、安全に航行できる十分に広い海域が周辺に広がっている。ロシアによるクリミアの併合を認めないことを内外に誇示するイギリスのデモンストレーションであった可能性が高い。クリミアを自国領土と主張するロシアは「Defender」の行動を、無害でない行動と見なし、無線による警告及び警告射撃を実施したと公表したのであろう。

クリミア周辺におけるロシアの強硬姿勢は、2018年11月にも明らかとなっている。黒海からアゾフ海の自国港湾に向かっていたウクライナ海軍の小型砲艦2隻と曳船1隻の合計3隻を、ロシア連邦保安局の監視船が発砲の上、拿捕した。

黒海からアゾフ海に抜ける唯一のルートはケルチ海峡の通過であり、2003年にロシアとウクライナが結んだ協定には、両国船団による同海峡の自由航行を保障している。アゾフ海にあるウクライナの港は、ウクライナにとって、穀物輸出や石炭輸入の重要拠点となっている。

2014年のクリミア併合以降、ロシアはケルチ海峡を通過する船舶の臨検を実施しており、両国の対立が激化しつつあった。ロシアは領海侵犯を主張しているが、領海内の他国海軍艦艇には退去要求が許される限度であり、拿捕することは国際法上許容されない。国際法違反を歯牙にもかけないロシアのクリミアに対する強い姿勢を明白に示している。

これに対するNATOの対応は弱腰である。「ウクライナの主権と領海航行権を含む同国の領土保全を全面的に支援する。ロシアはアゾフ海におけるウクライナの港を制限なく利用できるようにすべきである。」との見解を示したものの、具体的な行動には出ていない。拘束された乗組員24人は2019年9月に、艦船3隻は11月に返還された。

2019年12月には、フランスとドイツの仲介で、ロシアとウクライナはウクライナ東部で継続している戦闘を2019年末までに「完全かつ包括的に」停戦することで合意した。しかしながらロシアは、2021年4月には軍事演習と称し、約10万人規模の軍隊をウクライナ国境地帯に展開させる等、同地域への軍事的圧力を継続して強化している。

「Defender」は、2021年5月22日、イギリスのポーツマスを出港した、「クイーン・エリザベス」空母戦闘群を構成する1隻である。1936年に締結されたモントルー条約の規定に基づき、排水量15,000トンを超える大きさの軍艦は、地中海と黒海を結ぶボスポラス、ダーダネルス海峡を通峡できない。そのため、6月28日から予定されている黒海におけるNATO軍事演習には「クイーン・エリザベス」は参加せず、随伴する駆逐艦のみが参加予定であり、ウクライナ海軍も参加する。

演習終了後に再度「Defender」が同様の行動を実施するか不明であるが、クリミアの併合を認めないというイギリスの主張、クリミア問題は一切妥協しないというロシアの姿勢の双方が明らかになったことから、イギリス側としても再度実施するというインセンティブは低いものとみられる。

「クイーン・エリザベス」空母戦闘群は今後インド太平洋方面を行動する予定である。行動の細部は明らかにされていないが、シンガポールに入港し、「5か国防衛取極」(1971年に締結されたイギリス、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール及びマレーシアによる軍事同盟)の50周年記念行事に参加することが明らかにされている。その後、韓国及び日本に寄港するとされていることから、南シナ海を航行する可能性が極めて高い。その際、空母戦闘群の艦艇が、米海軍が行っている、いわゆる「航行の自由作戦」を実施することが考えられる。

中国は米海軍艦艇による「航行の自由作戦」に対しては、当該艦艇を追尾することやメディアをつうじた批判という方法で不満を示すことにとどまっている。クリミアにおいてロシアが「Defender」に対し実施したとされる警告射撃は行っていない。中国解放軍報は、NATO首脳会談の共同声明に対しては、速やかに「冷戦思考に囚われた内容である」との批判記事を掲載しているが、6月28日現在クリミアにおける英露の対立に関しては報じていない。この扱いの違いは、中国が「航行の自由作戦」を行う英海軍艦艇に対し、米海軍艦艇と同様の措置であった場合、中国国内で、ロシアに比べて弱腰ではないかとの批判を生むことを恐れているのではないかと思われる。

バイデン大統領は、中国及びロシアを「権威主義的国家」と位置付け、同盟国やパートナー国と連携し、これに対抗していく姿勢を明確にしている。権威主義的国家は、権威が傷つけられることを最も恐れる。ロシアにおけるクリミア、中国における南シナ海は、まさに、それぞれの権威に係る問題であり、妥協の余地は少ない。「クイーン・エリザベス」空母戦闘群の行動は、国際社会における新たな火種としてクリミア及び南シナ海を意識させる行動となるであろう。

サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。

写真:ロイター/アフロ


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