December 24, 2010 / 7:35 AM / 8 years ago

特別リポート:凍てつくリスクマネー、ベンチャー向け枯渇

 [東京 24日 ロイター] 将来の成長企業の活動を支えるリスクマネーが縮小している。企業の資本調達の場である株式市場に流入する金額が細る一方、新興企業を世に送り出すベンチャー・キャピタル(VC)も資金難にあえぎ、支えを失った企業は立ち枯れていく。

 12月24日、将来の成長企業の活動を支えるリスクマネーが縮小している。写真は2008年7月、都内で(2010年 ロイター/Toru Hanai)

 日本での上場に見切りを付け、アジアの成長市場で上場に踏み切る動きも出始めた。経済のイノベーションを後押しし、企業の新陳代謝を促すリスクマネーの停滞は、日本の産業再生シナリオを狂わせる要因になりかねない。 

  <深刻化するベンチャー・キャピタルの調達難>    

 ベンチャー・キャピタル、TSUNAMIネットワークパートナーズ(横浜市)の呉雅俊社長(51歳)はこの3年間、ファンドを新規に設定するため、資金集めに奔走してきた。しかし、まったく集まらない。生命保険、損害保険、年金基金の運用を預かる信託銀行、それに事業会社。面談は入るが、運用担当者らは判で押したように首を横に振るだけだ。

 TSUNAMIは発足した2000年以降、グループで2本のファンド、計210億円を立ち上げ、運営している。業種を特定せずに研究開発型企業に投資するのが特色で、すでに投資先の4社が上場を果たした。

 呉社長の投資家行脚は、3本目のファンド設立のためだ。一時は、米国の事業会社が5億円の出資を決めた。他の出資者の呼び水になると思ったが、結局、ファンドを立ち上げる資金は集まらず、事業会社の資金は返さざるを得なかった。

 「以前は企画書一枚で、数億円のエクイティ資金を集めることができた」と呉社長は当惑を隠さない。ITバブルの絶頂期だった2000年当時、新興ネット関連株は暴騰し、ベンチャー・キャピタルが雨後のタケノコのように勃興した。しかし、米国の低金利の終息とともにバブルは崩壊。ベンチャー・キャピタルへの出資も焦げ付いた。 

 調達難はTSUNAMIだけの問題ではない。財団法人ベンチャーエンタープライズセンターによると、2009年度に新規設定されたベンチャー・ファンドは15本、474億円。リーマン・ショック前の2007年度は39本、2740億円で、本数で半分以下、金額ではほぼ6分の1に縮小した。リーマン危機で、欧米でもマネーのリスク許容量は日本と同様に低下した。しかし、もとより欧米にくらべて少ない日本でのベンチャー投資はその縮小ぶりが際立っている。

  <研究開発の資金は繋がらなかった> 

 「鉄棒にかかっていた指先がつるりと滑り、空をつかまされたようだった」。神戸でバイオベンチャーを経営していた嶋内明彦氏(63)は、土壇場で新規株式公開(IPO)を果たせなかった無念をこう振り返る。 

 創薬ベンチャーの新規上場候補として前評判の高かったエムズサイエンス。開発中だった抗うつ薬とがん治療薬のうち、抗うつ薬は欧州でフェーズII(第II相臨床試験)に入っていた。「当初期待したよりもいい成果だ」と嶋内氏は考えていた。製品化されればブロックバスター(1000億円以上の売り上げ規模になる大型医薬品)になる可能性もあるとVC関係者の期待を集めた新薬だ。

 上場による資金調達で製品化を果たす、というシナリオが狂ったのは昨年12月。社長(当時)を務めていた嶋内氏のパソコンに届いた一通のメールからだった。 

 「(ライセンス契約は)見送らせていただきます」。

 本命の医薬品大手からの通告。年明け以降、複数のメーカーと交渉したが、いずれも契約を結ぶには開発の成果が「Not Good Enough」(十分ではない)という回答だった。

 M&A(買収・合併)による開発継続も模索したが成立せず、同社は結局、今年9月にがん治療薬開発の権利を他社へ売却するという苦渋の選択を強いられた。 

 リスクマネーによる資金がもっとあれば開発は続けられたかもしれない、という思いはいまも嶋内氏の胸をよぎる。エムズの上場断念について、ベンチャー・キャピタル業界には「日本のVCの層の薄さが露呈した」と残念がる声も少なくない。同社の将来性に投資するリスクマネーの出し手が多ければ、次のIPOのタイミングまで開発を継続し、成果をあげる可能性もあったからだ。

 だが、日本のVCの資金量は欧米にくらべて少ないうえ、IPO市場の低迷で、投資先企業の上場によって資金を回収する「エグジット」は進んでいない。2000年以降、同社が5回の第三者割当増資で国内のVCから集めた資金は48億円に上る。資金回収は7─10年が通例だが、エムズサイエンスは創業から10年を超えようとしていた。出資者としては、資金回収の時期でこそあれ、追加資金を提供する状況ではなかった。 

  <リスク取れない日本、眠る資金> 

 経済協力開発機構(OECD)がまとめた指標がある。2008年の各国のベンチャー・キャピタル投資がそれぞれのGDPと比べ、どれほどの水準にあるかを示したものだ。一番高いのがフィンランドで0.225%、投資の絶対額が多い米国は0.122%。OECDは同年の日本の水準について触れていないが、計算すると0.028%で、アジアで比べると韓国の0.071%の半分にも満たない。

 「日本にリスクマネーがないわけではない。眠っているだけだ」。こう話すのは、在日米国商工会議所で成長戦略タスクフォース委員長を務めるニコラス・ベネシュ氏(54)。今年11月、同氏がまとめた日本経済についての「成長戦略タスクフォース白書」は、起業を促進する政策の重要性を強調したうえで、公的年金資金の一部をベンチャービジネスへの投資に振り向けるべきだと提案した。「(日本では)公的年金や企業年金の運用が偏っており、ベンチャー投資に流れていない」と同氏は指摘する。 

 銀行や生損保、年金基金など機関投資家は、なぜベンチャー・キャピタルへの出資に二の足を踏むのか──。大きな理由のひとつは、投資収益が十分に確保された実績がない点だ。

 年金基金の運用を担当する信託銀行幹部は言う。「年金の顧客にベンチャー・キャピタルへの出資を推奨できない。まずはトラックレコード(過去の実績)が出ていない。儲かってもいない」。

 トラックレコードはあくまで過去の実績だ。潜在力のある企業の未来を先取りするわけではない。ベンチャー・キャピタル側には、長期的な投資効果をふまえた判断を求める声が多い。「日本はもう少し投資に対する考え方を変えた方がいい。ちょっと失敗したらすぐにとがめる減点主義の文化が強すぎる。それは貸出主体の考え方ではないか」とTSUNAMIの呉氏は話す。 

  <産業再生への障害> 

 さらに懸念されるのは、日本の産業刷新や世代交代に与える影響だ。国内のリスクマネーが凍り付いたままでいると、革新的な技術や成長企業が育たず、国際競争の中で日本だけが古い産業構造のまま取り残される、という事態を招きかねない。

 グーグルを筆頭に、若い企業が続々とブルーチップ(優良企業)に上り詰める米国。米国の株式市場には、90年代に創業したアマゾン、ヤフーなど新興企業が名を連ねる。ソフトバンクや楽天など、日本でも若い企業が伸びてきてはいるが、その層の厚さは大きく異なる。企業の活発な新陳代謝──それが米経済の強さの源でもある。

 三菱東京UFJ銀行の経済調査室長、内田和人氏(50)は「米国ではベンチャー企業創出のための世界最強のプラットフォームが出来上がっている」と語る。米国も70年代、大企業病がまん延して経済の不振にあえいだ。改革の柱の一つになったのが、リスクマネーを供給する仕組みの整備だ。70年代後半から80年代前半にかけて従業員退職所得保障法(ERISA法)を大幅に改正し、年金基金によるベンチャー・キャピタルへの投資を解禁した。

 米国のVC業界団体の資料によると、2003年に米国のベンチャーファンドに出資した投資家のうち、最大の出し手は年金基金で比率は42%。06年、欧州では26%が年金による出資で、金融機関の24%を抑えてトップに立った。日本の場合、年金のシェアは05年に5%あったものの、10年にはゼロだ。内田氏は「米国も最初から年金の出資が大きかったわけではない。徐々に環境を整えていった成果だ」と話す。 

  <流出する成長企業> 

 投資環境や投資文化の国際格差は、日本からの「ベンチャー流出」も引き起こしている。

 「日本の資本市場は活発ではない。企業にとっての魅力は薄れている。日本より台湾の方が高いPER(株価収益率)を付けることができますよ」。台湾の群益証券副総裁で、国際資本市場部を率いる楊世南氏は、今年に入って1カ月に1週間の日本滞在を繰り返している。

 同氏の仕事は、台湾の株式市場への外国企業の誘致。日本のベンチャー・キャピタルや上場予備軍をくまなく回り、台湾の優位性を説いて有望企業を掘り起こしていく。高いPERは企業の資金調達にとって追い風となる。経済のグローバル化が進む中、日本企業といえども、資金も取れない日本のマーケットに拘る必要はないというわけだ。 

 楊氏の最初の顧客となったのは、福井県に本社を置くKSTワールド。売上高は13億円。シリコンウェーハに膜を張る加工サービスを展開する国内唯一の企業でもある。11月、群益証券を主幹事に選び、台湾市場への上場申請を行った。

 社長の川崎正寛氏(48)は1年近く悩んだ。福井は父の代からの創業の地であり、上場するなら日本でやるのが当然だ。しかし、新興市場の不振は長引き、回復の兆しも弱い。

 「台湾は半導体などのハイテク企業が多い。当社の価値を正当に評価してくれると思った」と、川崎氏は決断に至った背景を話す。それだけではない。現地の半導体関連企業とのビジネス強化や広大な中国市場への進出も念頭にある。「上場は資金調達だけが目的ではない。それよりも台湾でのビジネスの拡大だ」。調達資金は台湾ドルだが、現地での事業展開を考えれば支障にはならない。中小企業もアジア展開が当たり前の時代。分厚いマネーの供給が約束されるならば、上場する場所はアジアのどこであってもおかしくない。 

 アジアの証券市場による日本の新興企業の囲い込みは激しくなっている。今年に入ってから、アジア各国の証券取引所が日本の監査法人などと連携、上場予備軍の中堅・中小企業やベンチャー・キャピタルをターゲットにしたセミナーを相次いで開催している。背景にはリスクマネー流入で、新規上場市場が活性化してることが挙げられる。

 香港は金融や不動産、韓国はネット系、台湾は半導体やハイテクなど、各国市場がそれぞれ得意とするセクターの色分けも明確になってきた。 

  <企業の成長に寄与できない日本市場> 

 これに対して日本の新規上場は減少の一途だ。直近のピークは2006年の199社。2009年は20社、今年は22社にまで減少した。株式市場の低迷が直撃しているのに加えて、上場後に不祥事が発覚し、信頼性が落ちているのも原因だ。

 機関投資家も中・小型株のアナリストを減らし、分析も放棄しつつある。儲からないから陣容を縮小し、縮小するから新興市場は停滞し、一段と魅力がなくなる悪循環。「グロース株として中・小型株の投資信託を設定している。運用も懸命にやっているが、ビジネスとしては収益になっていない」(投信会社幹部)。

 会計事務所、KPMG台湾のCEOを務める干紀隆氏はあっさりと言う。「企業の成長のためには資金が必要だが、東京市場は縮小を続けている。なぜそんな市場に留まり続ける必要があるのか」。 

 金融庁は12月7日、民主党として初めての金融分野の新成長戦略を発表した。昨年9月の政権発足から、すでに1年4カ月経っていた。戦略の柱は、新興市場の信頼回復と活性化策。優良な新興企業には上場審査の手続きを簡素化する一方で、成長が見込めない企業は市場から退出する仕組みを整えるという。

 戦略の中には、ベンチャー・キャピタルが出資している有望企業のリストを公表し、こうした新興企業が上場しやすい環境整備も盛り込まれた。しかし、ベンチャー・ファンドそのものに資金が流れるようにするための政策は見当たらない。 

 個人金融資産1450兆円を有する日本経済。しかし、その金融資産をどのようにリスクマネーに転換させ、新興企業に振り向け、成長産業を伸ばしていくのか。そうした視点はまだ明確でなく、その方策も像を結んでいない。 

 (布施太郎・特別編集委員:取材協力:岩崎成子、ネイサン・レイン、クリス・ギャラガー、程近文:編集 石田仁志)

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