February 15, 2011 / 4:54 AM / 8 years ago

サッカー=「怪物」ロナウド引退、脅威の得点力で世界を席巻

 2月14日、元ブラジル代表FWロナウドは、脅威の得点力を発揮し、その名を世界に知らしめた。写真はW杯日韓大会で優勝を喜ぶロナウド。2002年6月撮影(2011年 ロイター/Kai Pfaffenbach)

 [リオデジャネイロ 14日 ロイター] サッカーの元ブラジル代表FWで、14日に引退を表明したロナウドは、本調子ではなくてもゴールへの高い嗅覚を発揮するストライカーとして、「怪物」の異名とともにその名を世界に知らしめた。

 ロナウドはクルゼイロ(ブラジル)に所属していた17歳のとき、わずか14試合で12得点を記録し、いきなり脚光を浴びると、1994年ワールドカップ(W杯)米国大会で代表入り。出場機会はなかったものの、優勝メダルを手にした。

 バルセロナ(スペイン)に移籍した1996年には、公式戦49試合で47得点とゴールを量産し、史上最年少の20歳でFIFA年間最優秀選手賞を受賞。翌年にはインテル(イタリア)に移籍し、再び同賞を受賞した。

 1998年のW杯フランス大会では、ブラジルの攻撃の中心として4得点を記録。大きな期待をかけられる一方で、決勝のフランス戦を前に胃けいれんを起こして病院に担ぎ込まれる不運にも見舞われた。決勝戦には出場したものの、ブラジルは準優勝に終わった。

 2002年には度重なる膝の故障を克服してW杯日韓大会に出場し、8得点を記録。ブラジルを通算5回目の優勝へと導き、自身通算3回目となるFIFA年間最優秀選手賞を受賞した。

 そして通算4回目の出場となった2006年のW杯ドイツ大会では、体調が万全でないにもかかわらず、3得点をマーク。W杯通算15得点の歴代最多記録を樹立した。

 その後はレアル・マドリード(スペイン)、ACミラン(イタリア)でプレーしたが、再び膝を故障。コリンチャンス(ブラジル)に移籍した後も本来の調子を取り戻すことはできず、現役生活に終止符を打つことになった。

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