November 21, 2011 / 3:28 AM / 8 years ago

特別リポート:リビア劇場の終焉、「最後の大物」拘束に同行取材

 [オバリ(リビア) 20日 ロイター] 19日にリビア南部で拘束された、元最高指導者カダフィ大佐の次男で後継者とみなされていたセイフイスラム氏(39)。ロイター取材陣は、同氏を移送する飛行機で同行取材をすることができた。

 11月20日、リビア南部で19日に拘束された、元最高指導者カダフィ大佐の次男で後継者とみなされていたセイフイスラム氏の移送にロイター取材陣が同行。ジンタン到着後、飛行機の中で19日撮影(2011年 ロイター/Ismail Zitouny)

 数カ月にわたる逃亡生活を続けたセイフイスラム氏は、かつての粋な黒いセーターとジーンズ姿でも、最後まで戦うとテレビで宣言した時のカーキ色の軍用Tシャツ姿でもなかった。遊牧民がまとうローブに身を包み、無精ひげはさらに濃く、口の周りを覆い尽くしていた。しかし、縁なし眼鏡をかけていても、眼光鋭いまなざしは見て取れた。

 今や捕らわれの身となったセイフイスラム氏は、南部の産油都市オバリ近郊から首都トリポリ南西部のジンタンまで、リビア空軍の旧型輸送機で移送された。暫定政府の報道官は、同氏の拘束について「リビア劇場の最後の一幕」と語った。自らを「王の中の王」と呼んだカダフィ大佐はかつてアフリカ支配を夢見たが、その後継者と目されたセイフイスラム氏が最後に語ることなく、リビア劇場は幕を閉じようとしている。

 ジンタンに着くまで、セイフイスラム氏は厳しい表情で黙って座っていた。時折、じっと考え込んでいるようで、包帯の巻かれた右手を気にしたりしていた。また、兵士らと言葉を交わしたり、写真撮影にも応じたりしていた。

 セイフイスラム氏の最後の1カ月間の逃亡と拘束に関するこの記事は、兵士らと同氏へのインタビューに基づくものである。同氏の移送にはロイターの記者、テレビカメラマン、フォトグラファーが同行した。

 <真夜中の出来事>

 セイフイスラム氏と側近の一行は真夜中に、反カダフィ派の兵士らにより拘束された。同氏を拘束したのは、ジンタンの兵士たち。15人から成るこの部隊のメンバーであるアハメド・アマル氏によると、同日午前1時半(日本時間19日午前8時半)ごろ、オバリから約70キロ離れた砂漠地帯で車両2台を止めたところ、セイフイスラム氏と他4人が乗車しているのを発見した。アマル氏は、「最初、彼(セイフイスラム氏)はとてもおびえていた。殺されると思ったのだろう」と説明。「友好的な態度でリラックスさせ、傷つけたりはしないと伝えた」と語った。

 <死刑に直面>

 父であるカダフィ大佐が凄惨(せいさん)な最期を迎えてからちょうど1カ月後に拘束されたセイフイスラム氏には、国際刑事裁判所(ICC)から「人道に対する罪」の容疑で逮捕状が出されている。しかし、リビアを暫定統治する指導者らは国内でセイフイスラム氏を裁く意向を示しており、アウラギ法相は同氏が死刑に直面することになると語った。

 セイフイスラム氏の最後の逃亡は先月19日、北大西洋条約機構(NATO)軍が西部バニワリードを空爆してから始まった。バニワリードで捕まったセイフイスラム氏の側近らによると、同氏を乗せた車両はNATO軍の空爆を受けたという。アマル氏ら兵士は、同氏がそれ以来、人里離れた山岳地帯に身を潜め、拘束時はニジェールに向かっていたのではないかとみている。同国には弟のサーディ氏が亡命している。

 <平和に仕える者>

 アマル氏によると、数週間にわたって砂漠地帯を捜索していたところ、カダフィ大佐支持派の一行がオバリ方面へ向かうあるルートを通るとの情報を入手。待ち伏せしていると、2台の車両に遭遇。車を止め、部隊長が乗車していた男に何者かと尋ねると、男は「アブデルサラム」と答えた。アラビア語で「平和に仕える者」を意味する名前だという。

 部隊長はアマル氏を呼び、「セイフだと思う」とささやいた。それを受けて、アマル氏は男に告げた。「おまえが誰かは分かっている」。

 車両には数丁のカラシニコフ銃と手りゅう弾、現金4000ドル(約30万6000円)があった。アフリカ屈指の軍隊を率いた父を持ち、数十億ドルもの隠し財産の鍵を握るとされるセイフイスラム氏にとっては微々たるものだ。

 アマル氏は「彼(セイフイスラム氏)は何も言わなかった。とてもおびえていたが、そのうちわれわれがどこから来たのか尋ねてきた。リビア人だと答えると、どの町から来たのかと聞いてきた」と語った。

 <捕囚への移送>

 10人ほどの兵士に護衛されたセイフイスラム氏を含む5人は、輸送機に乗せられた。5人のうち2人は一緒に手錠をかけられ、もう1人は前に手錠をかけられていた。セイフイスラム氏以外は皆、カジュアルで現代風の服装だった。同氏は茶色のローブにターバン、フェイススカーフといったいでたちで、典型的なトゥアレグ族の格好だった。

 パイロットの1人は「彼(セイフイスラム氏)が小さな子どもであるかのように話しかけた」とし、「たたいたり、傷つけたりしないと約束した」と述べた。

 このパイロットと他の2人のクルーは飛行中、ずっとたばこを吸い続けていた。フロントガラスに取り付けられた衛星利用測位システム(GPS)に助けられながら、輸送機は荒地の上を進んでいく。プロペラのごう音が感覚をまひさせ、飛行中はほとんど会話がなかった。

 セイフイスラム氏は前をじっと見つめたり後ろを振り返ったりしながら、窓から自分が支配するはずだった土地を眺めていた。時折、トゥアレグ流にスカーフを口に当てて、二言、三言、護衛に何か言っていた。

 同行中、記者はセイフイスラム氏と何度か目が合ったが、その度に同氏は目をそらした。ある時、水を欲しがり、記者がリュックサックから取り出したボトルを渡した。拘束された側近たちも話したがらなかった。

 <民衆に囲まれて>

 輸送機がジンタンに到着すると、数分もしないうちに数百人に囲まれた。歓声を上げる者もいれば、怒りをあらわにする者もいた。集まった多くの人が、反カダフィ派のときの声となった「神は偉大なり」と叫んでいた。

 側近たちが明らかに動揺して身を寄せ合っているのとは対照的に、セイフイスラム氏は落ち着いているように見えた。深く腰掛け、じっとしていた。仲介者を通じ、投降について同氏と接触しているとのICCの声明について尋ねると、怒ったような表情を浮かべ、「全くのうそだ。彼らと接触したことなど一度もない」と答えた。

 <けがした手>

 到着から1時間以上たってようやく、セイフイスラム氏以外の4人が輸送機から降ろされることになった。それからさらに1時間後、記者らも降りることを促された。独り残されたセイフイスラム氏に英語で「大丈夫か」と尋ねると、見上げて「ああ」という答えが返ってきた。記者が同氏のけがした手を指さすと、「空軍、空軍」と答え、「NATOか」と聞くと、「そう、1カ月前」と語った。

 降りるために記者がセイフイスラム氏の前を通り過ぎようとした時、同氏は見上げて、何も言わずに一瞬、記者の手をとった。

 その後、テレビではセイフイスラム氏が輸送機から降り立つ映像が映し出されていた。民衆にもみくちゃにされながら、セイフイスラム氏は車の中に押し込まれ、秘密の場所へと走り去っていった。

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