[ロンドン 27日 ロイター] デジタル化の波を受けて既存の音楽業界の売り上げが落ち込みを見せる中、音楽ファンや投資家の注目を集める新種の投資が登場している。
音楽ファンが自分の好きなミュージシャンに投資できるウェブサイト「スライス・ザ・パイ(www.slicethepie.com)」では、7カ月前のローンチ以来、これまでに13組のバンドが4万ポンド(約853万円)の資金を集め、数百人の投資家が上々のリターンを上げた。
スライス・ザ・パイのコーティアダットン最高経営責任者(CEO)は、ロイターに対し「音楽業界を悩ます問題は、新人アーティストを生み出すコストが非常に高いこと」と指摘。「音楽販売が落ち込み、デジタル音楽の売り上げもそれを補い切れていない。つまり、業界はもっと低コストで音楽を作る方法を見つける必要があるということだ」と語った。
同CEOによると、同サイトを通じて投資する人は、新人アーティストを批評して幾らかの小遣い銭を稼げればいいという音楽好きから、バンドに近づくことが狙いの人、ポートフォリオを多様化したい投資の専門家、とにかく新しい音楽の発掘にかかわりたいという人まで、さまざまとなっている。
同サイトが用いるのは「群集の英知」の理論。登録する約7500組のアーティストのうち、参加者から寄せられる個別かつ匿名の評価で毎月上位20位に入った者に、資金調達を目指す権利が与えられる。「契約」を買いたいという投資家からの支持を必要な水準まで集めて、レコーディングとアルバム発売費用の1万5000ポンド(約316万円)を獲得できるのは、そのうちの1組か2組というところだ。
大手レコード会社では、採算ラインに達するのに少なくとも10万枚のアルバム売り上げが必要になるが、スライス・ザ・パイでは1000枚売れれば投資家に利益が出る。
投資家は投資から2年後に、保有する「契約」に応じ、アルバムの売り上げ1枚につき1ポンド、シングル1枚につき10ペンスを受け取る。
例として、英人気ロックバンド「アークティック・モンキーズ」がスライス・ザ・パイを通じてデビューしたと仮定した場合、アルバムの売り上げ枚数の110万枚に基づき、投資家は保有契約1単位につき100ポンド強を受け取ったことになる。20ポンドの出資なら2000ポンドのリターンとなる。
アーティスト側は曲の著作権を保有し、50%のプレミアムを支払いさえすればいつでも既存のレコード会社と契約を結ぶことが可能。
3月10日には、インディーズバンドの新星「The Alps」がスライス・ザ・パイ初となるアルバムを発売する。ボーカルのダニエル・ヘプティンストールは「スライス・ザ・パイは自分たちのようなバンドには最適。楽曲を完全にコントロールできる一方、このアルバムを制作する機会を与えてくれた張本人であるファンとじかにつながっていられる。2つの世界の良いとこ取りだ」と語った。
スライス・ザ・パイは音楽の証券取引所のようにもなっており、投資家は契約の売買が可能。
一部のアーティストは既に投資家に上々のリターンを提供している。「Scars on 45」は当初の単位価格50ペンスに対し、現在250ペンス近辺で推移。「Gilkicker」は、大手レーベルと契約できるようバンド自らが契約を買い取ったことで、投資家は当初単位価格50ペンスに対し187ペンスを受け取った。
一方で、それほどうまくいっていないアーティストもいる。「Katrina Bello」は一時、約20%落ち込んだ。現在は10%のプレミアムとなる55ペンスで取引されている。
スライス・ザ・パイ自体は、調達資金や売買に基づくコミッションのほか、印税からもごく一部を受け取る。2008年には、大手レコード会社がヒット率低迷や所属アーティストの減少という傾向にあるなか、英EMIグループEMI.LやソニーBMG、米ワーナー・ミュージックWMG.Nなどを上回る数の新人アーティストが同サイトで資金調達すると見込んでいる。
そうなれば、スライス・ザ・パイにはかなりの金額が流れ込み、無名バンドに掛けた期待が報われることを待ち望むファンや投資家にとっても「心地よい響き」がもたらされることになる。
コーティアダットンCEOは「ワインや(クラシック)カーへの投資と同じようなオルタナティブ・インベストメントだ」とした上で、「主要なアセットクラスを構成するほど業界は大きくないが、面白くなくはない。数ポンドの投資にしろ数千ポンドにしろ、(人々は)利益を得ることが可能だ」と述べた。
(ロイター日本語ニュース 原文執筆:Jennifer Hill 翻訳:長江 知加代)