November 10, 2008 / 4:32 AM / 11 years ago

自己資本規制見直し、金融行政の根幹を揺るがすおそれも

 [東京 10日 ロイター] 金融庁は銀行の自己資本比率規制について、2008年12月期から2012年3月期決算までルールを変更すると7日に表明したが、金融行政の根幹を揺るがすおそれがあるとの指摘が金融界から出ている。

 11月10日、自己資本規制見直しは、金融行政の根幹を揺るがすおそれも。写真は10月、都内の銀行で(2008年 ロイター/Yuriko Nakao)

 銀行の健全性を計る「物差し」を変えることで、行政処分の判断基準が不透明になるためだ。地域金融機関など国内基準行は、株価下落を要因に自己資本比率が急低下して「早期是正措置」を発動されるリスクが軽減されるが、金融庁は銀行の株式保有リスクを依然として注視しており、自己資本比率が基準を割り込まなくても必要に応じて業務改善命令を発動することができる「早期警戒制度」を活用する構えを示している。地域金融機関は、表面上の自己資本比率とともに、株式の評価損を反映した実質的な自己資本比率も意識しながら、二重基準で経営を行わなければならなくなる可能性がある。

 <国内基準行、保有株評価損が自己資本比率低下につながらず>

 銀行の貸し出しなどの資産に対する自己資本比率は、国際基準行8%、国内基準行4%が義務付けられており、基準以下になると金融庁が早期是正措置を発動する。金融行政の透明性を確保するために導入された「客観的な基準」とされており、銀行にとっては、株価下落で自己資本が目減りするおそれが出れば、自己資本比率が基準を割り込まないように貸出資産を圧縮する動機が働いて「貸し渋り」につながると指摘されている。

 このため政府は、自己資本の算出で株価下落を反映しない方法を検討した結果、株式の評価損の約60%が基本的項目(Tier1)から差し引かれるとしたこれまでのルールを変更し、国内基準行の場合に限って株式の評価損を差し引かないことにした。地域金融機関は、株価が下落しても自己資本の目減りを気にすることなく、中小企業融資に専念できるとの理屈だ。

 <早期警戒制度を活用した業務改善命令も>

 一方で金融庁は、自己資本比率が低下した場合の早期是正措置の対象にならない銀行でも、市場リスクなどに懸念があれば、ヒアリングや銀行法に基づいて報告を求める「早期警戒制度」の活用に積極的な姿勢を示している。この制度では、必要に応じて業務改善命令を発動することができるが、どのような場合に早期警戒制度の対象になるのかは明らかにされておらず、対象になった銀行も公開されない。

 このため株の含み損を差し引いた「実質的な自己資本比率」が4%を割り込んだ銀行が出てきた場合、金融庁がどのような行政措置を取るのかは不透明だ。国内基準行にとっては、行政処分を受けるリスクが減ったとは言えず、監督・規制上の自己資本比率ともに、株の含み損を差し引いた実質的な自己資本比率も意識せざるを得なくなる。

 金融庁は事実上、早期是正措置を封印することになったが「株式保有のリスクはこれまで通りに点検する」(幹部)方針。必要に応じて早期警戒制度の手段を活用することで、銀行の資本充実を迫る構えだ。

 政府は、公的資金を予防的に注入する金融機能強化法改正案を国会に提出。法案は衆院で修正され参院に送付されたが、民主党は再修正を求めており、改正案成立の時期は不透明だ。ただ、成立すれば、早期警戒制度による行政処分を回避するために、地銀などの申請件数が増える可能性もある。

 <やり玉に上がった自己資本比率規制>

 金融行政の根幹とも言える自己資本比率規制をめぐる政府・与党内の動きは、当初からちぐはぐだった。与党内には「銀行経営者が株価ばかりをにらんで中小企業融資をおろそかにすることがあっては困る」(自民党政調幹部)との問題意識があり、今回の対応策に至った。

 しかし、金融庁は、自己資本比率規制の見直しにはじめから前向きだったわけではない。従来から「自己資本比率は金融行政の根幹だ。物差しを変えても実態は変わらない」(幹部)との考えが根強くあった。ある政府関係者からは「解散・総選挙を前に中小企業対策が強調され、自己資本比率規制がやり玉に挙げられた」との声も漏れる中、日経平均がバブル後最安値を割り込んだ10月27日の麻生太郎首相の指示によって、金融庁は本格的に検討を迫られることになった。

 ただ、自己資本から株式の評価損の60%を差し引くルールは国際的なバーゼル合意に基づくため譲れない一線だ。バーゼル合意に強制力はないが、日本だけが国際統一基準を放棄すれば「邦銀の海外での活動に問題が生じる」(幹部)――との危機感が金融庁にはあった。

 政治から追い込まれた金融庁が出した結論は、対象を国内基準行に絞ることだった。そもそも国内基準行は、バーゼル合意の対象から外れており「4%基準」は日本独自の指標。さらに国内基準行の多くは中小企業融資を業務の中核にする地方銀行で、政府全体の方針とも整合性が合う。

 <国際基準行、株と国債で評価損の対応異なることに>

 他方で「国際基準行(の中)にも地銀はある。何か知恵はないものか」(中川昭一財務・金融担当相)――との問題点が残っていた。「国際基準行の株式の評価損を無視するのは無理」と、検討の早期段階で判断していた金融庁が着目したのが債券の評価損益だった。

 バーゼル合意では、債券の評価損益は適切な引き当てがあれば自己資本に反映させなくてもよく、米国、英国、スイスでは、保有債券に引き当てを積んだ上で自己資本には計上していない。

 ただ、日本では債券の引き当ては銀行によってばらつきがあり、この条件をそのまま引用することは難しい。このため引き当ての心配のない国債や地方債を対象とすることで「なんとかゼロ回答は避けられた」(幹部)という経緯があった。

 中川財務・金融担当相は「国際的な約束を変える話ではない」と胸を張ったが、今回の対応策の目的と効果が不明確になった面は否めない。「自己資本比率規制のルール変更」が目的化した結果、国際基準行の新ルールでは、株の評価損は従来通りに自己資本から控除するが、国債・地方債の評価損は自己資本から差し引かなくてもよいことになった。株と国債・地方債の評価損の対応を分ける本質的な議論は後回しにされた。

 国債の中でも、変動利付国債や物価連動国債の評価損が懸念されているが、ある金融庁の関係者は「企業会計基準委員会(ASBJ)の指針もあるため、自己資本が大きく変化することはないかもしれない」と認めている。ASBJは10月28日、時価会計の運用指針を見直して、流動性がなければ債券を理論値で評価することを可能にするとの見解を公表したため、自己資本に響く前に、変動利付国債や物価連動国債の含み損は会計処理によって回避される仕組みがすでに整っている。

 <大手銀の保有株、評価損に転落の現実>

 また、新ルールは国内基準行で一律に適用するが、国際基準行での採用は銀行の判断に任せる。大和総研の吉井一洋・制度調査部長は「ルール変更した銀行には市場が不信感を持つ。どれだけの効果があるかも見込めずに大手行がわざわざルールを変更するメリットはないのではないか。横並びはあるかもしれないが、率先して新ルールを採用したいと考える大手行は現れないと思う」と指摘していた。

 今回の見直しの対象として見送られた大手銀行の保有株。市場関係者によると、評価損に転じるのは、日経平均で9900円の水準。新ルール導入にかかわらず、すでに大手銀行は含み損に転じているとみられ、株価下落によって自己資本が目減りするリスクは依然として強まっている。

 <市場は実質自己資本を重視か>

 一方、保有株の含み損が自己資本から引かれなくなる国内基準行にとって、表面的には大きな恩恵が期待できるとみることができそうだ。国内基準行は、地銀57行のほか、第二地銀のすべてで適用され、大手行でも、りそなホールディングス(8308.T)と中央三井トラスト・ホールディングス(8309.T)、新生銀行(8303.T)、あおぞら銀行(8304.T)が国内基準行になっている。中でも中央三井の2008年3月末の保有株はTier1に対して50%を超えているため、株価下落から自己資本を守る効果は大きいとみられている。

 だが、自己資本の新ルールは「監督・規制上の措置で、会計の取り扱いは何も変わらない」(金融庁)という点が、多くの市場関係者の中で見逃されている。規制上の自己資本比率の低下は避けることができても、会計上は含み損が5割以上になれば減損処理をすることになる。株式を含む有価証券の含み損は開示されるため、規制上の自己資本比率とともに、株式の評価が損を差し引いた実質的な自己資本比率は市場で容易に計算される。

 クレディ・スイス証券の伊奈伸一・銀行担当アナリストは「むしろ市場は、実質的な自己資本比率しか見ないのではないか」と指摘している。

 <残された課題、株を持ちすぎた国内銀の実態>

 また、大和総研の吉井氏は「見かけ上の自己資本比率を良くしても実態は変わらない」と厳しい見方を示す。「見かけ上の自己資本」であっても金融庁が株式の評価損を差し引かないようにしたのは、4%を割り込めば自動的に早期是正措置が発動されてしまうためだ。

 銀行の経営実態が変わるわけではない、との指摘に対して、ある金融庁の幹部は「早期是正措置をすぐに発動することはなくても、早期警戒制度を活用することになる」と反論している。

 一方で、大和総研の吉井氏は「そもそも自己資本比率規制の見直しが起こったのは日本の銀行が株を持ち過ぎているためだ。持ち合い株をはじめ、銀行の株保有の問題はあらためて認識されなければならない」と指摘する。銀行の株式保有はTier1以内に法律で制限されているが、麻生首相の指示を受けて、市場への株放出を抑えるため、この規制は緩和されている。

 中川財務・金融担当相は、銀行等保有株式取得機構の買い取りを年内にも再開させる検討をしている。また、クレディ・スイスの伊奈アナリストも「取得機構の再開をみながら、銀行の株式保有そのものを減らしていくことを考えていくべきだ」と指摘している。

 (ロイター日本語ニュース 編集:田巻 一彦)

0 : 0
  • narrow-browser-and-phone
  • medium-browser-and-portrait-tablet
  • landscape-tablet
  • medium-wide-browser
  • wide-browser-and-larger
  • medium-browser-and-landscape-tablet
  • medium-wide-browser-and-larger
  • above-phone
  • portrait-tablet-and-above
  • above-portrait-tablet
  • landscape-tablet-and-above
  • landscape-tablet-and-medium-wide-browser
  • portrait-tablet-and-below
  • landscape-tablet-and-below