January 20, 2009 / 1:52 PM / 10 years ago

アングル:トヨタが創業家社長で拡大路線転換へ

 [東京 20日 ロイター] トヨタ自動車(7203.T)が14年ぶりに豊田家からトップを迎えるのは、1990年代半ばからの拡大路線を転換し、利益重視の原点に立ち返るためだ。

 1月20日、豊田章男新社長が狙い通りに求心力を発揮できるかどうかは未知数、との声がトヨタ内外から出ている。写真は昨年12月、都内で行われた新車発表会で(2009年 ロイター/Yuriko Nakao)

 膨張した生産・販売体制の見直しや、次世代技術の絞り込みが不可欠で、その過程で起こりうる摩擦や混乱を抑えるには、創業家が前面に立って旗を振る必要があると判断したとみられる。しかし、社員の世代交代が進み、多様な文化的背景を持った従業員が増加した今、豊田章男新社長が狙い通りに求心力を発揮できるかどうかは、未知数との声が同社の内外から出ている。また、巨大企業のトップが再び特定の一族から選ばれたことで、同社の企業統治のあり方に疑問符が突き付けられる可能性もある。

 <拡大一辺倒の空気に危機感>

 「顧客第一、現地現物といった創業の原点に回帰する」──。社長昇格が内定した20日、豊田章男副社長は記者会見でこう強調した。トヨタの原点とは、競争力の源泉でもある「カイゼン」。創業以来、現場の従業員が自ら問題点を見つけ出し、小さな改善を積み重ねることで利益を高めていく手法をトヨタは「お家芸」にしてきた。

 しかし、1995年に奥田碩氏(現相談役)が社長に就任して以降、トヨタは世界展開を一気に加速し、販売台数で世界一のゼネラル・モーターズ(GM)(GM.N)と肩を並べるまでに規模を拡大。栄光をつかみかけた瞬間に崩落が待ち構えていた。複数のトヨタ関係者によると、世界的に事業を展開した結果、人材不足が目立ち、コツコツと改善を重ねる余裕が現場からなくなり始めた。2010年の稼動予定が無期延期となった米ミシシッピ工場を含め、世界各地に次々と生産拠点を開設するなど、かつては「石橋をたたいても渡らない」と揶揄(やゆ)されるほど慎重だった経営姿勢も様変わりし、OBの中からは拡大一辺倒の雰囲気を危ぐする声が聞かれるようになった。

 トヨタは2009年3月期の業績が初の営業赤字に転落する見通しになったことを受け、今後は世界販売(単体)が07年実績比17%減の700万台でも利益が出る体質に再構築していく。現在のトヨタは減産に次ぐ減産で、生産能力が過剰なのは明らか。円高がさらに進めば、採算が合わない「国内工場を統廃合し、生産の海外シフトをいちだんと強化せざるをえない」(外資系証券の自動車アナリスト)とみられている。右肩上がりの需要拡大を前提に整備されていた国内の販売網も、市場の縮小に合わせて再編する必要がある。

 次世代技術の研究開発も、絞り込みが欠かせない。今まではハイブリッド車から燃料電池車まで幅広く取り組んできたが、業績が急激に悪化したことで、すでにトヨタはいすゞ自動車(7202.T)との環境対応ディーゼルエンジンの共同開発凍結を決めた。トヨタの瀧本正民副社長は1月の米デトロイト自動車ショーで、家庭で充電可能なプラグインハイブリッド車が次世代自動車の主力になると強調しており、従来の総花的な開発姿勢を転換し、一段と取捨選択を進める可能性がある。

 <目に見えない豊田家の支配力>

 そのために必要とされたのが章男氏の社長昇格。創業家出身者が陣頭指揮を取ることで、態勢を抜本的に立て直す過程で生じる軋轢(あつれき)や摩擦、混乱を抑えたい考えだ。

 米フォード・モーター(F.N)も欠陥タイヤ事件で経営が悪化した2001年に創業家出身者が登板したことがあったが、フォード家がフォード社の議決権40%を持つのとは異なり、豊田家のトヨタ株保有比率は2%程度とされる。それでもトヨタにとって豊田家は、創業の理念を体現する存在として目に見えない支配力を持ってきた。

 トヨタでは新車を開発する際、チーフエンジニアが絶対的な統率力で関係部署を束ね、1台の車を作り出す。自身がチーフエンジニアとして「セリカ」などを開発した和田明広元副社長によると、それが可能になったのはチーフエンジニアの背後に、トヨタ中興の祖と呼ばれ、この制度を創設した豊田英二氏(トヨタ5代目社長)の存在をだれもが感じていたからだという。

 豊田家の目に見えない影響力は社外にも及び、大半が独立資本の販売ディーラーをまとめ上げてきた。あるトヨタ系販売会社の社長は「ディーラーの社長や奥さんが亡くなると、本社の副社長や役員を葬儀に必ず参列させる。人の絆(きずな)を大事にする豊田家は、ディーラーの心をしっかりとつかんでいる」と話す。

 <社長昇格に慎重論>

 だが、章男氏が社長に昇格する今回の人事では、今さら創業家の力にすがることに対し、トヨタ役員の間で慎重論があったという。豊田家出身者が最後に社長を退いたのは1995年。それから14年、豊田家が経営のかじ取りをしていた時代を知らない若い社員が増えた。また、世界展開を加速してからは外国人の従業員も増加した。豊田家の系譜には、ヘンリー・フォード1世のような世代や国境を越えて広く名を知られる経営者はいない。社員は研修でトヨタの理念を学んではいるものの「入社時期や国籍によって、創業家に対する見方に違いはあると思う。豊田家がかつてほどの求心力を発揮するのは難しいかもしれない」と関係者の1人は言う。

 さらにグループ全体で32万人を抱える企業のトップが再び創業家から選ばれたことで、トヨタの企業統治のあり方に批判が出る可能性もある。世界的な国内電機メーカーの元経営者は「2%程度の株式しか持たない特定の株主を優遇するのはおかしい。他の株主がなぜ怒らないのか不思議でならない」と話す。

 確かに章男氏は、異例のスピード出世を遂げてきた。44才で取締役に就任してからは、ほぼ2年間隔で常務、専務、副社長へ昇格した。そのたびに「世襲」を指摘する声が上がったが、章男氏は本格参入して間もない中国市場を開拓したほか、インターネットを使った新しいマーケティング手法を導入した実績で、世襲批判を封じ込めてきた。

 今回も批判を跳ね返すには、トヨタを立て直して実力を証明するしかない。そのためには単に原点に回帰するだけでなく、これまで同社をけん引してきた拡大戦略を超える、新しい成長の道筋を示すことが求められる。章男氏は会見で「豊田の姓に生まれたことについては、私に選択権はなかった。豊田章男として自分が信じること、自分できることに精一杯取り組んでいきたい」と語った。

◎トヨタの歴代社長

豊田利三郎   1937─41年

豊田喜一郎     41─50

石田退三      50─61

中川不器男     61─67

豊田英二      67─82

豊田章一郎     82─92

豊田達郎      92─95

奥田碩       95─99

張富士夫      99─05

渡辺捷昭      05─09(予定)

(ロイターニュース 久保 信博記者;編集 田巻 一彦)

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