for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up

コラム:転換点を迎えたドル円相場、背景に3つの要因=尾河眞樹氏

[東京 16日] - ドル/円相場が面白くなってきた。決して値幅が大きいとは言えないが、これまでの凪状態とは異なり、7月に入って日々それなりに上下に変動し始めている。7月初旬には、111円台から109円台まで下落。今週に入り、110円台を回復した。変動しはじめた背景には、「インフレ見通し(金利)の変化」、「新型コロナの感染拡大」、「政策の不透明感の高まり」の3点があると筆者は捉えている。

ドル/円相場が面白くなってきた。決して値幅が大きいとは言えないが、これまでの凪状態とは異なり、7月に入って日々それなりに上下に変動し始めている。写真は2013年4月、都内で撮影(2021年 ロイター/Toru Hanai)

<インフレ警戒>

まずインフレ見通しだが、足元のインフレ高進が一時的かどうかについて、市場参加者の間でも意見が割れつつあるようだ。13日に発表された米6月の消費者物価指数(CPI)は、変動の激しい食品とエネルギー価格を除いたコア指数が前年比で4.5%と約30年ぶりの高い伸びとなったうえ、市場予想の同4.0%も上回った。ただ、これは前年の落ち込みによるベース効果に加え、半導体供給不足や労働の供給制約などによる生産・物流の停滞といった、一時的な物価の急騰であり、いずれは沈静化するというのが、基本的には米連邦準備理事会(FRB)及び、市場参加者のコンセンサスだろう。

とはいえ6月のCPIは前月比でも0.9%上昇と高い伸びが続いている。また、コロナ禍で変化したサプライチェーンがすぐに元通りになるかと言えば困難で、力強い需要の伸びに対する供給不足や、雇用のミスマッチによる賃金の上昇などは、案外長引くのではないかとの見方も出始めているようだ。6月CPIのサプライズの上昇と、その後の米30年債の入札が不調だったことなどを受けて、米10年債利回りは1.34%台から1.42%台へと上昇した。

筆者は、経済の正常化や労働の供給制約の解消によって、在庫不足インフレや賃金インフレ圧力は徐々に後退し、足元急騰しているインフレ率も徐々に沈静化すると予想している。ただし、2022年以降もコアCPIは前年比で2%台前半が続き、FRBの目標である「平均2%超のインフレ率」は達成される見込みだ。金融政策の正常化に向けて、FRBは22年1月にテーパリングを開始し、23年9月には利上げに踏み切るとみている。これにより、米長期金利も緩やかに上昇し、22年末にかけて米10年債利回りは2.3%付近まで上昇する見通しだ。

<コロナ感染次第で市場に影響>

2点目の「新型コロナ」については、足元世界で「変異株」の感染が拡大していることが懸念材料だ。英国では7月9日の1日の新規感染者数が3万5200人。6月9日の7312人から1カ月で約5倍に増加した。米国でも、7月9日の新規感染者数が4万8421人と、この1カ月間の概ね2万人前後から、急に倍増したことに注目が集まった。日本では7月12日から東京都が緊急事態宣言期間にはいった。7月初旬のドル/円下落は、こうした世界の感染の急拡大が影響し、ドル安というよりは、リスクオフの円高傾向が強まったものと思われる。

ただ、ワクチン接種率(最低1回ワクチンを接種した国民の割合)が7割近くまで上昇している英国の例をみると、ワクチン接種の効果はそれなりに大きいと言えそうだ。英国で新規感染者数がこの1カ月で5倍になったのは前述のとおりだが、一方で、1日当たりの死者数は1カ月前の1200人から、7月11日には26人と、圧倒的に抑制されている状況だ。こうしたデータに基づき、ジョンソン英首相は「ワクチン接種が進み、感染と死亡の関係を断ち切ることができた」と発言。予定通り7月19日に行動制限などの規制を、ほぼ全面解除することを明言している。イスラエルの調査や英国の感染者数の推移を見る限り、ワクチンはデルタ株の感染抑制効果は不十分な一方、重症化予防効果は強いようだ。

米国でもワクチンの普及に伴って、英国と同様に死者は7月11日時点で28人と、重症化率は抑制されている。こうしたなか、米国政府が「Withコロナ」への道を選択し、経済活動再開の流れを維持するようであれば、感染者数の増加が金融市場に与える悪影響も徐々に小さくなるのではないか。ただ、米国のワクチン接種率は5割に乗せてきたところで足踏みしており、万全とはいえない状況だ。今後死者数が伸びてきた場合には、金融市場にも影響を及ぼしかねず、注意が必要だろう。

<パウエル議長の神通力に変化>

3点目の「政策の不透明感」だが、振り返れば、FRBのパウエル議長は4月15日の講演で、「ほとんどのメンバーは24年まで利上げを予想していない」と述べていた。しかし6月のFOMCでは、メンバーによる政策金利見通し(ドットチャート)の分布が3月時点から大きく変化し、むしろほとんどのメンバーが23年中の利上げを予想していた。パウエル議長の発言はこれまで、米長期金利が上昇した際に、これを抑える役割を果たしてきたが、同氏がFOMCメンバーの中で最も「ハト派」の位置付けになったことで、今後発言の神通力も徐々に弱まる公算が大きい。

こうした政策上の不透明感も、市場参加者を神経質にさせ、利上げの予想がさらに前倒しになったり、反対に後ろ倒しになったりするたびに、ドル相場に影響を及ぼす可能性がある。とはいえ、6月のFOMCで、「利上げ時期」に一気に注目が集まったことで、「テーパリングの開始時期」の議論は、もはやかすんでしまった。結果論に過ぎないが、FRBは市場を混乱に陥れることなく、23年前後に利上げが控えていることを市場に刷り込むことに成功したと言えよう。したがって、正常化のファーストステップであるテーパリングを開始するにあたって、市場に及ぼすマイナスの影響は限られよう。

筆者は今回、ドル/円の長期予想を引き上げた。具体的には今年の年末予想値を110円から113円に、22年末の予想値を113円から118円に上方修正した。予想通りの展開になるかどうかは、これまで述べてきた3点の動向次第とみている。ドル/円は16年末以降の下落トレンドの上限を上抜けつつある。加えて、冒頭に述べたとおり、これまでの凪のようだった相場にも、このところ少しずつ動きがみられはじめた。これらを見るにつけ、金融市場は異例な状態からの「正常化」という、大きな転換点に差し掛かっているのを強く感じる。

<脱官製相場へ>

上述した3点が予想外に悪い方向に傾けば、株価が下落したり、ドル/円も一時的には下落する局面があるかもしれない。しかし、パウエル議長が、米景気が明らかにⅤ字回復しているにもかかわらず、少しでも株価が下落しそうになると、ハト派的な発言で市場を安定させようとしてきたこれまでのスタイルは、いわば「官製相場」のようにも見え、やや違和感を覚えた。

景気にも回復と減速のサイクルがあるように、株価や金利、為替もそれなりに上げ下げがあり、変動するのが健全な市場ではないだろうか。米国では中間選挙を控え、来年にかけてテーパリングは開始しつつも、基本的には緩和的な政策が維持されよう。ただ、それによってかえって将来のインフレの急騰リスクや株価の暴落リスクを大きくする恐れがないかどうか、注意深く見守る必要がありそうだ。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

(編集 橋本浩)

for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up