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コラム:人民元の不思議な安定、均衡崩壊のトリガーは米中摩擦激化か=植野大作氏

[東京 12日] - 人民元相場の安定感が際立っている。今年1月以降、オフショア市場のドル/人民元は1ドル=6.35─6.58元台での狭いレンジに収まっている。この間の値幅を中央値で割って求められる変動率は約3.6%。7月以降に限れば値幅はさらに縮まり、取引レンジは6.42─6.52元台、変動率も約1.6%まで落ちている。

 10月12日、人民元相場の安定感が際立っている。写真は人民元紙幣。2020年2月撮影(2021年 ロイター/Dado Ruvic)

<バイデン政権後に変動率低下したドル/人民元>

トランプ氏が米大統領だった時期のドル/人民元は、米中両国による不毛な関税引き上げ合戦に巻き込まれ、1ドル=6.23─7.19元台の幅広レンジで激しく暴れた。トランプ時代の4年間で計測されたドル/人民元の変動率は14.3%だったが、バイデン政権発足後には約4分の1に下がっている。

バイデン大統領の任期はまだ3年以上も残っているため単純な比較はできないが、今のところ、バイデン政権発足後のドル/人民元の安定感は抜群だ。

最近、中国の株価は当局による規制強化や国内の不動産大手の債務問題の影響も受けて乱高下しているが、なぜかドル/人民元は不思議な安定を保っている。この状態はいったい、いつまで続くのだろうか。

<人民銀が元安定に動く本当の理由>

筆者は当面、ドル/人民元相場は安定した状態が継続するだろうとみている。中国政府による各種規制強化の影響もあって景気の減速感が強まる中、「通貨価値の番人」である中国人民銀行(PBOC)の目からみると、中国企業の輸出競争力を阻害する過度の元高は望ましくない。

一方、国内の不動産大手の債務問題が浮上、原油などの資源価格の高騰が問題視されている現下の局面では、中国からの資本流出懸念をあおり、資源輸入コストの上昇を助長する過度の元安も好ましくないはずだ。

現在、PBOCは複数通貨によって構成されるバスケット価格を参考にした「管理フロート制」の弾力運用によって為替の変動を制御している。最近の動きをみると、国際決済銀行(BIS)が公表しているドル実効為替指数に比べてドル/人民元の上昇は抑えられており、この夏場以降に際立っている人民元の安定には、そのようなPBOCの配慮が反映されているのかもしれない。

<人民銀の管理政策に目を光らす米財務省>

ただ、より長期的な視野に立って考えると、PBOCが現在採用している為替管理の手法について、米国が今後も容認し続けるとは限らない。今年4月に米財務省がバイデン政権下で初めて議会に提出した「為替報告書」では、中国が「為替操作国」に認定されていなかったものの、為替政策を所管しているイエレン財務長官が今年1月に行った議会上院での公聴会で「市場が決める為替レート」を尊重する方針を明示。世界第2位の経済大国になっても、まだ、為替管理を止めない中国を念頭に「貿易面での優位性を得るため人為的に通貨価値を操作する他国のいかなる試みにも反対する」と述べていた。

PBOCが現行制度の弾力運用を始めた2010年6月以降に限ってみれば、ドル実効為替指数とドル/人民元が概ね連動するようになっているため、中国が市場の流れに逆らうような為替操作を行っていると断定はできない。

だが、PBOCは上海市場で毎日公表する人民元の基準値について「通貨バスケットを参考に決めている」とは主張しているものの、具体的な仕組みは公表されておらず、独自の判断で「反循環的要素」を加味して基準値を調整する余地も残している。

現在の人民元管理の仕組みは、イエレン米財務長官が重視する「市場が決める為替レート」に程遠い。

<元安が導いた世界の工場・中国の現実>

実際、ジョージ・H・W・米ブッシュ(父)政権の頃(1989年─93年)まで遡って中国の為替政策の運営実績をみると、中国は過去数十年間に自国の都合に合わせて幾度も一方的にドル/人民元相場に手を加えた前歴がある。その影響も強く受けて、米国の対中貿易赤字が大幅に悪化した可能性が高い。

具体的には、1980年代の末期、ドル/人民元は今よりはるかにドル安・元高の1ドル=4元前後で取引されていた。つまり、30年以上前の人民元には「ドルの4分の1」くらいの価値があり、その頃までは米中間の貿易収支は概ね均衡していた。

ただ、1990年代に入って中国は元安誘導を始め、94年の年初には1ドル=8元台へと元の価値を半値以下に切り下げた。その後、いったんは管理フロート制に移行して少しだけ元高を許容したが、97年にアジア通貨危機が起きると固定相場を復活させて割安な元の水準を7年近くも維持。このため、主要国の製造業の生産拠点が中国に移って、世界有数の輸出基地に変貌した。

結果として、中国の対米貿易黒字は2018年に史上初めて4000億ドルの大台を突破した。その後、トランプ政権による関税引き上げ攻撃とコロナ不況のダブル・パンチを食らって2年間だけ縮小したが、今年から再び拡大し始めている。恐らく来年には過去最大記録を更新しそうだ。

年間4000億ドルと言えば、中小規模の先進国の国家予算を軽く超える金額だ。恐らく現在の為替水準では元が安過ぎるので、米国の対中貿易赤字は今後も増える可能性が高い。

そんな状況を米国が放置し続けるとは思い難く、将来どこかで米中の通貨を巡るあつれきが再燃するリスクに注意が必要だ。平成の日本円がそうだったように、今後、中国人民元に対しては、巨額の対米貿易黒字に由来する実需と政治の両面から、通貨高圧力が掛かる可能性が高い。

<円は蚊帳の外>

ただし、仮にそのような筆者の見立てが正しく、今後どこかで通貨政策を巡る米中バトルが再開されても、ドル/円相場にはあまり響かないだろう。かつて日本の国力が旺盛で米国の経済覇権を脅す存在だった頃までは、米中間で通商摩擦が強まると「同じアジアの対米貿易黒字国通貨である円も巻き添えを食う」との連想が働きがちな時期もあった。

だが、最近では米国の貿易相手国としての日本のプレゼンス低下を反映して米連邦準備理事会(FRB)が作成しているドル実効為替指数に占める円の比率が低下。昭和の末期に20%を超えるトップシェアを誇っていた円は現在、ユーロ、人民元、メキシコペソ、加ドルの上位4通貨に大きく差をつけられた5位の6%台にまで落ちぶれている。

この結果、最近は米国が日本を経済的な仮想敵国と見なさないようになっている。むしろ、米国が政治・経済・軍事などのあらゆる分野でライバル視している中国と競う際に、タッグを組むべき同盟国としての役割を期待されている印象が強い。

そのような国際政治力学の変化を受け、近年の為替市場ではドルに対して人民元と円が同調して動く傾向が薄れ、元に対してドルと円が連動する傾向が強まっている。最近は、ドル/人民元が上下どちらかに動いても、ドル/円にはあまり響かなくなっている。

本稿で述べたような理由から、筆者はドル/人民元の不思議な安定はどこかで崩れると思っている。通貨を巡る米中摩擦の再燃リスクを意識すべきだと考えているが、将来どこかでそのような局面に接遇して為替のポジションを持つ場合、「ドル/円」ではなく「ドル/人民元」や「人民元/円」を戦場に選ぶ方が効率的だろう。

これから人民元は、平成の日本円がたどったのと似た道を歩むような気がしているので、人民元に派手な押し目が出来たなら、長く持つ覚悟で拾ってみたい。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

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