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コラム:上値重いドル/円、下落基調入りを阻む構造要因=内田稔氏

[16日 ロイター] - 労働市場の需給逼迫が確認された7月の米雇用統計は、ドル/円を3円程押し上げた。一方、相次ぎインフレのピークアウトを示唆したその翌週の物価関連の統計は、ドル/円の急反落を招いた。

 労働市場の需給逼迫が確認された7月の米雇用統計は、ドル/円を3円程押し上げた。一方、相次ぎインフレのピークアウトを示唆したその翌週の物価関連の統計は、ドル/円の急反落を招いた。内田稔氏のコラム。写真は6月16日撮影(2022年 ロイター/Florence Lo)

その後、ドル/円は持ち直しているが、135円を手前に上値は重く、市場参加者の間でも7月の高値(ドル139.38円)がピークだったとする見方が浮上してきた。

確かに、これまでドル/円の上昇を支えてきた主な材料は、米連邦準備理事会(FRB)による大幅な利上げ観測とインフレに対する円のぜい弱ぶりだ。インフレがこのまま収束に向うなら、ドル/円が再び140円台をうかがうことは難しいだろう。

もっとも、ドル/円の騰勢が影を潜めても、まだ高止まりは続くとみられる上、下落トレンドに転じる可能性はかなり低いと考えられる。以下で、その背景を整理しておく。

<米インフレ収束の思惑、ジャクソンホールで急変か>

前年比プラス9.1%から同8.5%へ鈍化した7月の消費者物価指数(CPI)をみると、エネルギーが同41.6%から同32.9%へ急減速した反面、食品が同10.4%から同10.9%へ、全体の約4割を占める住宅関連費用も同5.6%から同5.7%へそれぞれ加速した。

このうち、エネルギーは昨年の場合、北米がハリケーンに襲われた9月以降に再び騰勢を取り戻した。また、ロシア・ウクライナ間の停戦抜きに、欧州での天然ガスの供給制約に解消のめどは立たない。

冬場に向けて、世界的に様々なエネルギー価格が再び上昇に転じる可能性も低くない。また、足元の高い賃金の伸びは、これからさまざまな最終消費財やサービス価格に転嫁されていく可能性を示唆する。

そもそも、物価の伸び自体は依然として約41年ぶりの高さを保っており、8月下旬の米カンザスシティ連銀主催の国際経済シンポジウム(いわゆるジャクソンホール)でも、インフレに対峙するFRBの厳しい姿勢が示されよう。来年早々にも利下げに転じるとの市場の期待は、冷や水を浴びせられる格好となるのではないか。

<相対的なドルの強み>

次に、米ドル高を抑制している景気の減速や後退懸念と、それに伴う長期金利の頭打ちは米国に限らない。米国経済の先行き不透明感が嫌気されるならば、世界経済にも同様の疑念が抱かれよう。

その場合、ドルだけが売られ続けることにはなりにくい。実際、ユーロ/ドル相場は、対ドルでの等価(パリティ)を割り込んだ後に持ち直したが、ユーロ圏経済の先行きへの懸念もくすぶる中で、戻り上値は重い。

ユーロ圏は、エネルギーを輸入に頼っており、そのうち、2─3割をロシアに依存してきた。原油と石油製品の純輸出国に転じた米国に比べ、交易条件ではるかに劣るユーロ圏の通貨が、米ドルを押しのけて上昇トレンドに転じることは難しい。

裏を返せば、為替市場で最も出来高の大きいユーロ/ドル相場の上値が重い限り、ドルの持続的な下落トレンドを見込むにはやや無理がある。

<インフレにぜい弱な円>

円に目を転じると、歴史的な安値圏で下げ渋るにせよ、その反発力は心もとない。今年に入り、円は主要通貨の中で最も弱く、比較対象を新興国通貨まで広げても、円より弱かった通貨は少ない。

インフレが進んでも日銀は長期金利の上昇を徹底的に封じ込めてきた。対外金利差の拡大による円安期待が高まりやすい環境は変わっていない。第2次岸田文雄改造内閣をみても、主要な政策の連続性は保たれそうだ。来年4月に日銀総裁が交代するが、その前後で大規模緩和の方向が変わる可能性は低い。かねて指摘の通り、円はインフレに対し、引き続きぜい弱だろう。

<企業の値上げラッシュ続く>

日本のインフレも、長期化する可能性が高い。7月の企業物価指数の伸び率は前年比プラス8.6%となった。同10%を記録した4月より鈍化しているが、それでも42年ぶりの高い水準だ。

日銀短観によると、仕入れ価格の上昇に比べ、販売価格の上昇は鈍く、企業による価格転嫁はまだ道半ばだろう。日本人のデフレマインドを勘案し、長らく値上げに躊躇(ちゅうちょ)してきた日本企業もここにきて、せきを切ったように積極的なプライシングへとかじを切っており、年初来の値上げが3度目を数える消費財も珍しくなくなってきた。

日銀が2016年の総括的検証で示した通り、日本では足元のインフレが将来のインフレ期待を高める適合的期待形成が進みやすい。現在の値上げラッシュは、各経済主体と市場のインフレ期待を高めるとみられる。これも、実質金利(=名目金利-インフレ期待)の低下を通じた円安圧力として円のぜい弱さを助長しよう。

<構造的な日本の貿易赤字>

拡大傾向にある日本の貿易赤字も円高への戻りを阻みそうだ。今年の上半期の貿易赤字(国際収支ベース)は約5.7兆円にのぼり、約10兆円と過去最大の貿易赤字を記録した2014年をしのぐ勢いだ。

日本の産業用電気料金は国際的にみて高く、安定供給への不安も払拭されていない。過去10年余りで生産拠点を海外にシフトした中堅以下の企業の場合、国内拠点を大幅に縮小ないしは閉鎖したケースが少なくない。

円安が長引いても、製造業の国内回帰は見込みにくい状況だ。本来、行き過ぎた円安を押し戻すのは、数量の増加を伴う輸出競争力の回復だが、日本の場合、構造的にそれは起こりそうになく、貿易赤字がこのまま定着する可能性が高い。

訪日外国人が増加すれば、サービス収支の中の旅行収支が改善し、貿易赤字をいくらか相殺すると期待される。ただ、過去最大の黒字となった2019年でさえ、旅行収支の黒字幅は約2.7兆円だ。貿易赤字に比べ、残念ながらその規模は大きくない。

<難しいドル/円の下落トレンド入り>

年初来のドル/円の上昇が急激かつ大幅だった上、実質実効為替レートでみた円は、変動相場制移行後の最安値圏に位置している。投機筋のドルロング(ネット)が5年ぶりの水準まで積み上がった後だけに、目先については利益確定のドルの売り仕掛けも起こりやすい。

以上を踏まえると、今後のデータ次第でドル/円にもう一段の下押し圧力が加わり、130円の大台を割り込む場面も有り得る。ただ、これまでみた通り、ドルロングの取り崩しを超えてさらにドルが売り込まれるとは考えにくい。

また、インフレが収束しない限り、円のぜい弱さも残る。130円を割り込んだ場合も、ドル/円は値頃感によってサポートされる可能性が高い。その上、年末にかけて米国のインフレ懸念が再燃すれば、ドル/円は再び騰勢を取り戻すと考えられる。

<調達通貨、主役は円に>

こうした筆者の見立てが的を外し、このままインフレが沈静化するなら、その時はドル安が進むかもしれない。これは、世界的な景気認識が好転し、市場がリスク選好的となることによって、ドルが調達通貨に成り下がるためだ。

とは言え、今のところ主要通貨の中では、ドルの金利が相対的にみて高い。仮に、米国が利下げに転じる場合、他の主要国も利下げに踏み切る公算が大きく、相対的にみて米ドル金利が高い状況は続きそうだ。

そうだとすれば、調達通貨の主たる役割を担うのは、もっぱら円やユーロとなるだろう。こうした点を踏まえても、ドル/円が割高である期間はかなり長引くのではないか。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*内田稔氏は、高千穂大学商学部准教授、ALCOLAB外国為替アナリスト。慶應義塾大学卒業後、東京銀行(現・三菱UFJ銀行)入行。マーケット業務を歴任し、2012年から2022年まで外国為替のチーフアナリスト。22年4月から現職。J-money誌の東京外国為替市場調査では2013年より9年連続個人ランキング1位。国際公認投資アナリスト、証券アナリストジャーナル編集委員、公益財団法人国際通貨研究所客員研究員、経済学修士(京都産業大学)。

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