[2日 ロイター] - 南シナ海に浮かぶ中国の海南島。トロピカルリゾートが広がる同島南岸に世界の軍事情報機関の関心が集まっている。風光明媚な三亜地区にある人民解放軍の海軍基地で、米国をにらんだ核抑止力の整備が着々と進んでいるからだ。
衛星画像を見ると、同基地には弾道ミサイルを搭載できる原子力潜水艦(戦略原潜)が常駐し、潜水艦を護衛する水上艦艇や戦闘機が沖合に見える。基地内には、弾道ミサイルを保管、積み込む場所とみられる施設もある。
中国は海中から核攻撃ができるミサイル潜水艦部隊を保有し、米国などに対する核抑止のための哨戒活動を行なっている、と軍事関係者らは指摘する。
核を装備した潜水艦部隊の展開によって、中国は敵の先制核攻撃に核で報復する「第2撃能力」を着々と強化している。そして米国は、かつて冷戦時代に世界の海を潜航するソ連原潜を追いかけ回したように、いま中国の戦略原潜の動向に神経をとがらせつつある。
<「核のトライアド」確立めざす>
中国はおよそ60年をかけ、複雑で高度な潜水艦建造技術を習得し、米国、ロシア、英国、フランスの戦略原潜クラブに仲間入りした。米国防総省は、昨年8月に発表した中国の軍事動向に関する年次報告書で、中国がいまや「実行可能な」海洋配備型の核抑止力を有するとの、これまでで最も明確な評価を下した。
戦略原潜の配備は、中国核戦力の劇的な向上を象徴する。国防総省によると、4隻の「晋(ジン)級」戦略原潜は核弾頭を装填した弾道ミサイルを最大12発搭載でき、その推定射程は米国を圏内に収める7200キロメートルに達する。
総合的な核戦力を比較すると、中国はまだ米ロよりはるかに劣勢にある。中国側は実戦配備している核弾頭の数を明らかにしていないが、ストックホルム国際平和研究所が2018年に公表した報告書によると、中国が保有する核弾頭数は280発。これに対し、米国は1750発、ロシアは1600発の核弾頭を実戦配備し、保有数はその数の約3倍に上る。
しかし、国家主席、習近平が率いる「強軍戦略」の下、中国は主要核保有国のなかで唯一、核弾頭を増やし、空中発射型弾道ミサイルのほか、核兵器が搭載可能な長距離ステルス戦略爆撃機の開発も計画している。海中からの第2撃能力の整備と合わせ、中国は最終的には米国やロシアのような空、海、陸における核戦力のトライアド(核の三本柱)態勢の構築を狙っているとみられている。
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<米国を射程に捉える軍事的要衝>
海南島南岸は、核兵力の増強と展開にとって重要な戦略拠点だ。中国を取り巻く水域の中で、黄海は浅すぎるため、大型の弾道ミサイル搭載型の潜水艦を隠すには適さない。東シナ海は十分な深さがあるものの、朝鮮半島、日本列島、台湾に囲まれている上、米国と日本が最新鋭の対潜水艦兵器を配備して警戒を続けている。
一方、南シナ海は広さも深さも潜水艦の隠密行動には適している、と専門家は指摘する。フィリピン東方の太平洋に核装備の潜水艦を展開すれば、米国をミサイルの射程に捉えることができる。それを狙う中国にとって、海南島南部は軍事的な要衝であり、それゆえに、南シナ海の制海権は何としても手放すことはできない。
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ただ、中国の核戦力を長期にわたり分析している研究者の中には、同海軍基地から戦略原潜が哨戒活動に出ているかどうか、疑問視する指摘もある。
米国科学者連盟の核情報プロジェクト責任者、ハンス・クリステンセンは、中国海軍の活動が活発化しているとしても、弾道ミサイルを搭載した潜水艦を展開させたと確認できる情報はまだ得られていない、と話す。
米国防総省も、中国が核抑止力を大幅に強化したことは認めるが、中国の潜水艦が24時間体制で警戒監視を行っているとはみていない。同省国防情報局 (DIA)は今年1月、中国海軍が海上で持続的な核抑止力を維持するためには、現在4隻ある晋級戦略原潜が少なくとも5隻必要だと指摘した。
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潜水艦技術もなお遅れが否めない。中国は、1950年代後半から核ミサイル搭載潜水艦の建造に取り組んできたが、1980年代に進水した最初の一隻は敵に探知される「音(静粛性)」に問題があり、就役できずに終わった。核抑止に必要な第2撃能力を最大化するためには、哨戒中に探知されないような機能や構造が求められる。
米国をはじめとする外国の海軍専門家は、晋級戦略原潜は、それまでの潜水艦に比べて飛躍的に進歩したが、米国、ロシア、フランス、英国の潜水艦に比べると、依然ステルス性が低いと指摘する。
<米国などの原潜監視に対抗>
自国潜水艦隊のそうした弱点ゆえに、中国は米国や同盟国による監視活動に対して極度に敏感になっている、と軍事専門家は指摘する。昨年9月末、南沙(英語名スプラトリー)諸島のガベン礁やジョンソン南礁付近で「航行の自由」作戦を実行していた米イージス駆逐艦「ディケーター」に中国の駆逐艦が至近距離まで接近したことは、その一例だ。
さらに、中国は、自国のミサイル艦を追跡しようする外国の潜水艦にも防御を強めつつある。
軍事関係者は、中国海軍の「056A型」コルベット艦が南シナ海から台湾とフィリピンの間にあるバシー海峡を通過し、日本の南、フィリピンの東の西太平洋に大規模かつ頻繁に展開していると指摘する。056A型は、5年前にはなかった可変深度ソナー(海中に下ろして曳航する方式のソナー)を搭載し、潜水艦探知能力を高めた最新鋭の「対潜型」艦艇である。
中国は空からもにらみをきかす。潜水艦捜索能力が向上したソノブイを搭載した「Y-8GX6」対潜哨戒機部隊を海南島に配備。またターボプロップ機が、南沙(英語名パラセル)諸島のウッディ島に着陸する姿が確認されている。こうした空からの監視は、以前から頻繁に行われていたが、いまではほぼ常態化して、外国艦艇への「威圧」はいちだんと強まりつつある。
海南島だけでなく、南沙諸島や西沙諸島で実効支配する島や礁にもレーダ・通信施設などを建設した。いずれも、対潜水艦作戦を支援する目的で作られたものだ、と国際戦略研究所(IISS、ロンドン)は昨年2月のリポートで指摘している。
<数年前には考えられなかった規模>
南シナ海を管轄する南部戦区の司令員に北海艦隊司令員で中将の袁誉柏を昇進させた17年1月の人事も、習指導部が同基地を拠点とする潜水艦作戦を重視している証だと中国の海軍専門家は指摘する。同戦区の司令官に海軍出身者が就くのは初めてのことだった。
こうした中国の動きに対し、米国内の警戒感も高まっている。「晋級戦略原潜は、中国に重要な戦略的能力を生み出す。(われわれは)これに対抗しなければならない」。昨年2月、当時の米太平洋軍司令官だったハリー・ハリスは議会証言で指摘した。
この証言を裏付けるように、米国と日本、オーストラリア、英国を含む同盟軍は、中国潜水艦が完全に核武装し核抑止作戦を展開しているとし、東アジア全域で動きを把握しようと懸命だ。米軍はシンガポールや日本に対潜哨戒機P-8「ポセイドン」を配備し、中国原潜に対する空からの監視や偵察活動も強化している。
(日本語版編集:北松克朗、武藤邦子)
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