September 21, 2007 / 4:34 AM / 11 years ago

COLUMN-〔インサイト〕サブプライム問題、FRBの政策で対応可能=エコノミスト・岡田氏

 「共産党宣言」でマルクスは、ヨーロッパ諸国を徘徊(はいかい)する共産主義という名の妖怪の影にブルジョア階級はおびえていると書いている。共産主義が世界の支配者に据えようとしたプロレタリア階級にちなむ妖怪は、今また世界を震撼させている。その名がサブプライム・モーゲージ危機(以下サブプライム危機)であることは言うまでもない。

 共産主義と同様に、この妖怪も国際的である。当初はそれを生み出したアメリカの金融市場だけを脅かしていると思われたが、すぐにドイツへ、そしてフランス、イギリスへと飛び火した。世界の金融市場は、昨日まで安全に高収益を生む金の卵だった債務担保証券(CDO)や資産担保コマーシャルペーパー(ABCP)が紙くずになる悪夢にうなされている。

 

 <銀行から切り離されたサブプライムのリスク>

 

 だが、共産党宣言の書かれた当時の国際共産主義運動が、小さな政治結社の集まりに過ぎなかったように、つまるところ低所得者の住宅購入資金であったサブプライム・モーゲージと、そこから組成された派生商品である。少なからぬ部分が紙くずになったとしても、本当に世界経済の屋台骨を揺るがすような危機を引き起こすのだろうか。

 今回の景気拡大が始まって4年が過ぎており、この間、世界の大手金融機関は空前の利益を上げてきたことから考えると、その損失自体が金融機関の経営破たんを連鎖的に引き起こし世界経済の危機を招くという主張は、にわかに信じることができない。

 日本の1990年代の金融危機は、銀行が不動産向け貸出を増加させた後に、不動産価格が下落したため引き起こされた。だが、サブプライム・モーゲージは、銀行が貸出資産として抱え込んではいないのである。その貸出債権は市場で多種多様な加工を加えられ、世界中の投資家・金融機関に売却されているのだ。

 これが、世界中にサブプライム危機が飛び火している原因となってはいるが、同時に少数の銀行に損失が集中することも防いでいる。つまり個々の破壊力はそれほど大きくない地雷が、世界中にばらまかれたような状態にあるのである。

 大量破壊兵器が見つからなかったイラクで、路肩に仕掛けられた比較的小さな爆弾が数人ずつのアメリカ兵を殺し続けている。この爆弾は決してアメリカ軍の巨大な戦車を吹き飛ばすような威力はなく、軽装の兵員輸送トラックを吹き飛ばせるだけだ。だが、無数の路肩爆弾による戦死者がブッシュ政権を窮地に陥れていることは言うまでもない。サブプライム危機はこれと同じような危機を引き起こしているのである。

 

 <捉えどころのない危機>

 

 ドイツやイギリスの銀行のように、(その規模からすれば)巨大な損失を抱えたことを明らかにした場合、政策当局はシステミックリスクを避けるために、公的資金の大量投入をためらってはいない。愚かな投資の尻ぬぐいを政府が行うというモラルハザード問題は残るものの、こうした措置によって危機が暴発することを防ぐことができるのは明らかだ。

 どこに地雷が埋まっているかが分かりさえすれば、公的資金を用いる必要さえないかもしれない。ニューヨーク連銀総裁が、ヘッジファンドの利益のおこぼれにあずかっていた投資銀行に対して奉加帳を回したが、この民間資金だけでLTCM危機は乗り越えられた。問題がどこにあるかが明瞭であればこうしたことも可能だった。

 今回の危機は損失の所在が不明瞭である。このため政府・中央銀行がさし当たって取りうる政策は、精密な外科手術のようなものではなく、悪く言えば大ざっぱなものとならざるを得ない。短期金融市場に大規模な資金供給を行ったり、流動性が低下したABCPなどの金融商品を担保に資金を貸し付けたり、あるいは策金利自体を引き下げると言ったことになる。

 

 <幸運だったグリーンスパン議長>

 

 グリーンスパン前FRB議長は、自らが成功した危機からの脱出が、結局は利下げによる金融緩和であったことを認め、後任者であるバーナンキ議長はより困難な事態に直面していると警告している。

 もし経済が低インフレあるいはデフレ寸前の状態にあるなら、金融市場で起こった危機に対して強力な金融緩和で立ち向かうことには、何の問題もない。だが、実体経済が好景気であり、インフレ率が許容限度の上限あるいはそれを越えていたときにはどうすればよいのだろうか。

 金融政策の定石、たとえばテイラールールを機械的に適用すれば、金利引き下げどころか、引き上げるのが正しい対応となる。1990年、インフレ率の高まりと失業率の10年ぶりの低下に自信を深めた日銀は、株価の暴落から8カ月過ぎても金利引き上げをちゅうちょしなかった。インフレ率の低下と景気の落ち込みを確認しながら金利を引き下げ始めたときには既に時遅く、日本経済は戦後世界で初めてのデフレと金融恐慌へと向かうことになった。

 だが、既に述べたようにサブプライム危機は日本の株価暴落や不動産価格下落のような巨大な損失を伴う危機であるとは考えにくい。そうであれば、金利引き下げは、結局はインフレを引き起こすことになるだけだ。このためFRBもBOE(英中央銀行)も利下げには慎重だったのである。

 <原油と長期金利の上昇が意味すること>

 

 9月18日のFOMC(連邦公開市場委員会)は、0.25%という市場の予想を上回る0.5%のFFレート引き下げを決定した。サプライズの効果は大きく、ニューヨークの株価は5年ぶりの大幅上昇を記録し、金融市場に大きな安心感が広がっている。

 だが、投機資金の集まる原油市場の反応は、FOMCの決定が正しいものであったか否かに疑問の余地を残す。WTI原油価格指数は、史上最高値である1バレル=84ドルまで上昇したからだ。10年米国債の利回りも上昇している。これらがインフレ懸念の高まりを意味するのであれば、利下げは事態打開の手段として適切ではなかったことになる。

 だが、原油価格の上昇が、世界的な景気拡大の持続による相対価格の変動の一環であるなら、その上昇を理由にインフレを懸念する必要はない。国債の利回りが上昇したのは、インフレ懸念からというより、サブプライム危機の中で生じた強烈なリスク回避行動(質への逃避)の逃げ込み先であった国債からリスク資金が市場へ回帰しているだけかもしれない。

 

 米経済の調整速度の速さを考えると、サブプライム危機が真の危機であれば、景気後退とインフレ沈静化の兆候が速やかに明らかとなるだろう。それによってFRBはさらに強力な対応を実施できる。危機はさらに深化するかもしれないが、それが強力な対策を可能とするだろう。そうした政策の効果はグリーンスパン議長時代に十分確認済みである。

 エコノミスト 岡田靖

 (21日 東京)

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