November 2, 2007 / 4:36 AM / 11 years ago

COLUMN-〔インサイト〕4─5%の名目成長率目標、マクロ政策に大きな柔軟性=エコノミスト・岡田靖

 日銀の福井総裁が力説したおかげで「フォワードルッキング」という言葉が広く使われ始めているが、中身はあたりまえのことである。マクロ経済政策運営を自動車の運転にたとえれば、バックミラーだけを見て運転するのは言語道断であり、前を見ながら運転しろということだ。

 だが、経済で「前を見る」ということは、経済の先行きを予測することだが、経済予測の信頼性は、地震予知の信頼性には勝るものの、最近の天気予報の信頼性には劣っている。フォワードルッキングな政策運営とは、霧の立ちこめた道路で自動車を運転するようなものなのであり、マクロ経済政策の運営には慎重さが重要である。

 <慎重な予測の利点>

  

 日常生活で「慎重」と言えば、ものごとを楽観的に考えないことだろう。借家に住んでいるが、子供が成長し手狭になってきて、より大きな家に住みたいと考えている人物を想定してみよう。彼あるいは彼女が「楽観的」であれば、少々無理をしても多めに住宅ローンを借り、大きなマンションや郊外の建て売り住宅を買うことになるだろう。だが、「慎重」であれば、過去数年の収入の伸びを延長して、その範囲内で買える物件を探すことになるだろう。

 運が良く、自らの能力についての判断が正しければ、多めの住宅ローンの借り入れ、一家は快適な生活を送れるかもしれない。だが、そりの合わない上司にめぐり会ったり、自分を過大評価していたり、予想もしなかった病気にかかったりすると、事態は急速に厳しくなる。まして住宅価格や地価が急落するような事態に直面すれば、家を売却しローンを返済する道すら絶たれ、以前の手狭な借家住まいのころより厳しい生活に追い込まれる。 

 このような悲劇は、バブル崩壊以降、東京や大阪などの大都市周辺で多く起きており、最悪の場合は毎年1万人を超える「経済的理由による自殺者」の1人に数えられてしまうことにもなりかねない。

 過度に楽観的なフォワードルッキングな人生設計は、決して好ましいものとは言えないが、万事「堅めに見積もる」という「個人的には正しい判断」が、果たして国民経済の運営にも適用できるかということになると、疑問の余地がある。

 

 <慎重な予測の落とし穴>

 

 たとえば中長期的な実質経済成長率に関して慎重な見方をすることは必要だ。しかし、「慎重」に回避すべきなのは、実質成長率を真の値よりも高めに見積もってしまうリスクだけではない。低めに見積もってしまうことでも多くの問題が起こる。

 東京オリンピックが開催された1964年ごろまでの東京は、山手線の内側と、外側にあるいくつかの高級住宅地を別にすれば、お世辞にも都会とは言い難かった。練馬区にしろ、杉並区にしろ、世田谷区にしろ、田んぼや畑は珍しくなく、武蔵野の雰囲気を残していた。

 今、こうしたところを訪れると、幹線道路から一歩入れば、道が狭く曲がりくねり、あちこちで行き止まりとなった迷路のような道路に遭遇する。それらの道の大部分は、かつてのあぜ道や、畑の境界をなぞるように通っている道だ。 

 当時の日本政府は、東京が1000万人の巨大都市に成長するなどとは夢にも思っていなかったのである。この結果、1軒で数億円などという建て売り住宅や高級マンションの周りの道路にも歩道すらなく、ベンツやBMWが通るたびに歩行者が電信柱の陰に避難するという珍妙な事態が起きている。堅め過ぎる、過少な予測は明らかに災い、あるいは逸失利益を招いてしまうのである。

 

 インフレを招かないで実現できる最低の失業率を「非インフレ加速失業率」と呼ぶが、これを過度に慎重に見積もると、十分に働く能力のある人々が失業している段階で、景気過熱を心配して引き締め政策を発動してしまうことになる。

 見積もりの間違いは1─2%にすぎないのだが、労働人口が6000万人いれば60万人、120万人ということになる。これだけの人々が、働く意欲があり、かつ経済全体としても十分に雇用する余地があるのに失業するとすれば、大きな社会的損失だろう。

 さらに失業者を支えるために、国家も周辺の個人も何らかの経済的負担を負わなければならない。そして長期にわたって過大推定を続ければ、損失は1年限りではなく、永続的なものとなってしまう。中長期的な実質成長率の見通しは、ちょうど裏返しであって、過小評価すれば多額の失業にかかわる負担や、新たな技術開発投資の停滞など、取り返しのつかない損失を招く可能性がある。

 

 <フォワードルッキングな政策と成長目標>

 

 では、当てにならない経済予測という現実と、フォワードルッキングであるべきマクロ経済政策という組み合わせの中で、われわれはどのように「慎重な判断」を下せばよいのか。多くの実証研究によって、インフレは決して経済的に好ましくはないが、10%以下であれば、それによる損失はGDPの1%にも満たない程度であろうということが分かってきた。

 だが、毎年1割も物価が上がるのは愉快なものではない。他方、消費者物価のインフレ率に関しては計測上の問題から、少なくとも1%程度の過大評価の可能性が高いという意見が多い。さらにデフレは経済を著しくぜい弱なものとすることも、過去10年以上の日本の実験で明らかだ。

 このため2%程度のインフレを目標に経済を運営すべきだということは、ほとんどの先進国で受け入れられている政策の枠組みとなっている。もちろんサブプライム問題で引き起こされた金融システムの不安定化のような事態に対しては、インフレ率が2%程度であっても、積極的な金融緩和で立ち向かう必要がある。2%という数字に拘泥するのも危険だという有力な意見がある。

 これに対し、名目成長率目標という枠組みは、さらに柔軟な政策対応を可能とする。名目成長率は実質成長率とインフレ率の和である。われわれの計量経済学的知識は、先進国が持続的に実現できる実質成長率は2%程度であることを教えているが、少子高齢化などの要因を考えれば1.5%であっても決しておかしくはない。

 逆に遅れているIT化を推し進め、高等教育を受けながら活用されていない女性の社会進出を促し、さらに産業間、企業間の労働者の移動を妨げている障害を取り除けば、2.5%になってもだれも驚かないなだろう。

 一方、インフレ率は2%程度をめどとし、3%になっても、既述のように実質的な経済的損失は微々たるものである。そこでたとえば4%あるいは5%の名目成長率を目標とする政策の枠組みについて政府と日銀の間で合意することができれば、大きな柔軟性を持ちながら、同時に過度に楽観的にも、逆に悲観的にもならず、マクロ経済政策を運営していくことが可能となる。財政再建論議も、結局は長期的な名目成長率に関する論争で行き詰まっているが、その解決にも大きな助けとなるだろう。

(2日 東京)

 岡田靖 エコノミスト

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