NHKの記者によるインサイダー取引をめぐって、証券取引等監視委員会が課徴金納付命令勧告を出したが、今度は、新日本監査法人に所属していた公認会計士が、監査担当会社の株式のインサイダー取引を行っていた疑いが浮上した。
こうした不祥事が起きると必ず、なぜ防げなかったのかという批判が渦巻き、再発防止策が検討される。NHKの事件では、役職員の株式売買に関する社内ルールがない点に問題があるとみられ、役員や報道情報システムへのアクセス権を有する職員による株式の短期売買禁止など新たなルールの導入が図られることになった。
上場会社の株価に影響を及ぼす重要事実とされる情報を未公表の段階で知り得る立場にある者が、その情報を利用して株式を売買するインサイダー取引は、市場の公正さをゆがめる行為として法令で厳しく禁じられている。上場会社や報道機関、官庁等も違法な株式売買を防止するための社内ルールを設けるようになってきた。
<厳しい社内ルールと株式売買の自由との関係>
社内ルールでは役職員の株式の売買について、届出や事前承認などの手続きを定めることが多い。規制の対象となる銘柄が自社株などに限定される場合もあるが、NHKの例では、全ての株式が規制の対象である。中には在職中のあらゆる株式売買を一切禁じるという極端に厳しい規制もみられる。
売買の届出等に加えて、6カ月以内の短期売買を禁じられる場合が少なくない。これは金融商品取引法(旧証券取引法)に上場会社の役員や主要株主が、当該会社の株式を6カ月以内に売買した場合、それによって得た利益を当該会社の請求に基づいて返還しなければならないという規定(164条)を念頭に置いたものだろう(もっとも金商法の規定は、短期売買の禁止では決してない)。
コンプライアンス(法令遵守)の重要性が強調される中、こうした社内ルールによる厳しい規制に疑問を投げかける向きはほとんどない。
しかし、株式の売買は、法令で禁じられた不公正な方法によるものでない限り、個人の自由ではないだろうか。倫理上も、株式の売買は、ギャンブルとは異なり、健全な経済行為である。
<短期売買の禁止に合理性はあるのか>
株式は日々、時々刻々、価格が変動するものであり、その売買には機動性・柔軟性が求められる。社内ルールに従って上司の承認印をもらったりしているうちに、何日もたって高値での買付を余儀なくされたり、売却の機会を逸してしまったりすることは容易に予想できる。そもそも、上司に個人的な投資内容を知られることへの抵抗感もあるだろう。
短期売買の禁止というルールも、一見もっともらしいが、未公表の重要事実に基づく違法なものでない限り、短期の売買だけを禁止する合理的な理由は考えにくい。前述の金融商品取引法の規定自体、かつてインサイダー取引を直接規制することが難しいと考えられていた時代に導入された規定が残されているもので、学説上は批判も強い。買い付け後6カ月以内に株価が急騰・急落しても売却できないというのでは、大きな利益は望めず損失を抱えるリスクは避けられないのだから、合理的な投資家は二の足を踏むだろう。
<不正取引を減らすには、違反者摘発などの継続が重要>
こんなことを言うと、直ちに「李下に冠を正さず」とか、法令の規定は最小限のものでそれを守っているだけでは正しいコンプライアンスとは言えないといった反論を浴びることが予想される。
しかし、規制する合理的な理由のない株式売買にも社内ルールで厳しく制限したのでは、そもそも株式の売買自体が倫理的に好ましくない行為だという誤解を与えはしないだろうか。NHKの事案では、勤務時間中に売買注文を出した行為が職務専念義務違反だという指摘すらなされたが、違法な内容の取引でない限り、勤務時間中の株式発注は、短時間職場を離れて郵便物を出したりATMで現金を引き出したりする行為と同様、ある程度は許容されるべきだろう。
しかも、違法行為に手を染めるような人は、社内ルールを律儀に守ったりはしないものである。典型的なインサイダー取引は、ぬれ手に粟(アワ)の大もうけを可能にする。だからこそ違法なのだが、絶好のもうけの機会を眼前にした時、欲に目がくらんで判断を誤る人をゼロにするのは不可能である。何千年も昔から犯罪として罰せられてきた窃盗や強盗を完全になくすことができないのと、本質的には同じことである。
株式売買をめぐる社内ルールをいくら厳格化しても、まじめな社員の投資意欲を減退させるだけで、不正を根絶することはできないだろう。今の国会にインサイダー取引に対する課徴金額を引き上げる金融商品取引法改正案が提出されたが、少しでも不公正な取引を減らすためには、こうした制度見直しを不断に行うとともに、取引の監視を強化し、違反者を摘発するという営みを愚直に続けていくしかない。
大崎貞和 野村資本市場研究所 研究主幹
(東京 14日)
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