July 2, 2008 / 4:31 AM / 11 years ago

COLUMN-〔インサイト〕世界的インフレ下で日銀の予防的引き締めは妥当性を持つか=エコノミスト 岡田氏

 <90年代の物価下落、デフレかどうかの論争>

 日本が緩やかなデフレ、つまり消費者物価指数(CPI)で測って毎年1%から2%程度の低下が続いていたころ、それを「デフレ」と呼んで良いのか否かをめぐる論戦が繰り広げられた。

 一方には「消費税引き上げのような一時的な物価の水準調整ではなく、ある程度の期間にわたり持続する物価変動が起こっているなら、インフレあるいはデフレである。『ある程度の期間』については、IMF(国際通貨基金)の定義に従って2年間とするのが一般だが、この基準に従えば日本は明らかにデフレ状態にある」という意見があった。そして「インフレ・デフレはいつでもどこでも貨幣的現象」というフリードマンの格言を引用し、デフレの原因は日本のマクロ経済政策なかんずく金融政策にあると言われたのである。

 その一方で「日ごろの買い物で分かるように値下がりしているのは、中国などの新興工業国で生産された商品である。こうした国々の賃金は日本に比べ圧倒的に低いのだが、10億単位で測られるような巨大な人口が依然として生存水準ぎりぎりで農村に待機しており、雇用機会さえあれば無尽蔵に低賃金労働力の供給が続く。つまり低賃金による工業製品の価格低下が続くという構造は、これからも長期にわたって変化しない。観察される物価下落は日本国内に原因があるわけではなく、共産主義の崩壊やインドなどの市場経済化という『構造的』な現象である」という意見も有力であった。

 <GDPデフレーターの前年比低下が意味すること>

 輸入品および輸入競合品の価格が大きく低下したことは事実であるが、これ自体は日本経済全体としてはメリットこそあれデメリットは限定されたものとなる。ところが、90年代から数年前までのデータを見れば分かることだが、実際には輸入品と競合関係になかった財の価格も低下している。それどころか、直接には貿易不可能なサービスの価格も横ばいないし低下しているのが事実なのである。

 これを最も端的に示しているのが、GDPデフレーターの動きである。GDPデフレーターは、財・サービスの価値のうち国内で生産された部分である。これが前年比ベースで低下に転じたのは94年ごろからであった。つまり日本で起こった物価水準の全般的で持続的な下落は、輸入物価の下落によって直接引き起こされたわけではなく、国内要因によって引き起こされたと考えるべきなのだ。

 <輸入物価上昇の阻止目指す利上げは妥当か>

 こうした輸入物価の変動とインフレないしデフレの関係は、最近になって再び脚光を浴びている。原油価格が140ドル(WTIベース)を超え、さらに穀物価格も大幅に上昇し、これによって日本の消費者物価指数は長く続いた下落傾向から一転して上昇を開始している。そして輸入インフレを食い止めるために金融政策を引き締めるべきだという意見が出始めている。

 興味深いのは、こうした主張をしている人々の多くが、かつてのデフレの時期には、金融緩和に反対していたことだ。輸入デフレは金融政策で阻止できないという主張を自然に適用すれば、日本のマクロ政策が世界市場で決まる商品価格に影響を与えることなど不可能であり、輸入物価上昇にマクロ経済政策なかんずく金融政策を割り当てるなど全くの間違いということになるはずである。

 だが、現実には同じ人々の口から出るのは、日本が過度の金融緩和を停止し、輸入物価上昇を阻止すべきであるという意見なのである。

 <日米の過剰流動性が投機を招いたとの説>

 ごく表面的な論理からすれば、まるで矛盾した主張なのだが、なぜか世論の大勢は、こうした予防的インフレ阻止政策に傾きかけているように見える。もちろんこれほど無茶な破たんした論理がそのまま語られているわけではない。

 筆者が見る限り、多くの予防的金融引き締め政策の主張者は、昨年までの日本の低金利と、サブプライムローン(信用度の低い借り手向け住宅ローン )危機勃発(ぼっぱつ)以降のFRB(米連邦準備理事会)による金融緩和こそが、世界的な過剰流動性を発生させ、原油や穀物といった国際商品市況の投機的な上昇を招いていると主張しているのである。

 それゆえ日本や米国の中央銀行がインフレ予防的な金融政策へとかじを取れば、世界的な過剰流動性は消滅し、商品市況は正常化するということになるわけだ。中には、米国の金融緩和の原因となったサブプライム危機そのものが、日本の過度の金融緩和の結果として生じたとする意見もある。

 そうであれば、原油や穀物の価格急騰の直接の原因がFRBによる過度の金融緩和にあるとしても、究極的な原因は日本の過度の金融緩和にこそ求めるべきだということになるわけだ。つまり日銀が金利を正常化(つまり利上げ)すれば、世界経済の不安定化の究極的な原因を取り除くことができるということになる。

 <日本の金融政策は世界に影響するのか>

 日本の電力会社はこの夏以降、電力料金の本格的な引き上げに踏み切ると報道されている。今後、穀物や原油価格の上昇の影響がより明らかになるにつれて、こうした利上げを要求する意見が強まっていく可能性は十分にあるだろう。

 だが、よくよく考えてみると、こうした意見は、相当にアクロバティックなものであることは明らかである。デフレは輸入品の価格下落の結果であって、日本の金融緩和は何ら効果を持たないが、インフレは日本の金融緩和の結果生じたものだから金融引き締めすべきという自家撞着(どうちゃく)なロジックは、たとえサブプライム危機と世界過剰流動性などというお話を織り込んでも、本質的にはなんら変わりはしないからだ。

 日本の金融政策は、世界に影響するのかしないのか。この質問にまともに答えない限り、論理の破たんを繕うことはできないのである。

 <80年代と異なる物価上昇率>

 さて、筆者のような立場からすると、予防的金融引き締め論の主流は、破たんしている論理に従っているのでまともに考慮するには値しないということになるのだが、輸入デフレ容認論の非論理的適用以外で、予防的引き締めを正当化するロジックは存在しないのだろうか。

 1980年代初め、いわゆる第2次石油危機が起きた際に、日銀はそれまでの金融緩和政策を早期に転換し、インフレの激化を阻止し、後に「ジャパン・アズ・ナンバー・ワン」と言われる時代を演出することに成功した。この鮮やかな政策転換とその後の優れた日本経済のパフォーマンスは、かのミルトン・フリードマンをして激賞させたものだったのである。この経験に照らすなら、たとえ原油価格や穀物市況の急騰が原因であったとしても、予防的な金融引き締めを取るのは間違いではないという意見があり得る。

 だが、その1980年代初期にもGDPデフレーターは前年比で3%程度の上昇が続いていたし、消費者物価も7─8%の上昇が生じていたのである。さらに言うなら、当時の日本政府は「新価格体系への移行」を合い言葉としていた。つまり日本の経済政策では直接にはコントロールできない原油などエネルギー価格の上昇のしわ寄せを企業部門だけに集中させずに、国民経済全体で負担しようとしていたのである。

 今日、GDPデフレータは依然として1%以上の下落を維持しているし、エネルギーや食品を控除していない消費者物価の上昇率もわずかに1%台の上昇にすぎないのである。今日の日本経済と物価全般の状況は、80年代の予防的金融引き締めの時期とは全く異なっていることを無視すべきではない。

 岡田靖 エコノミスト

 (2日 東京)

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