June 18, 2008 / 4:31 AM / 11 years ago

COLUMN-〔インサイト〕原油高が脅かす東アジア経済発展の構造=名古屋市立大 永野氏

 <石油高騰で正念場を迎えた東アジアの社会秩序>

 米原油先物CLN8が16日に一時、1バレル=139.89ドルと最高値を更新した。こうした前例のない石油価格高騰が、燃料・材料価格上昇を通じて、東アジアのインフレ率全般を押し上げ始めている。通貨危機後の1999年から2007年まで東アジア経済が急速な回復を遂げた最大の要因が、長期的なディスインフレである。この間、低インフレは歴史的な低金利経済を各国にもたらし、企業設備投資や低所得者層の消費拡大に貢献した。

 先進国以上に、低金利経済が東アジアにおいて経済浮揚効果を持つ理由は、人口の大部分を占める低所得者層の購買力が、実質所得増大を通じて高まるためである。逆に言えば、東アジアは、高インフレ・高金利経済に対して、ぜい弱であることを意味する。この地域において人口面で政治的に最大の影響力を持つのが低所得者層であり、インフレはこれらの階層の実質所得の目減りをもたらす。石油価格補助金の相次ぐ削減により、消費者物価が各国で急騰する今、東アジアは社会秩序維持の面で1つの正念場を迎えたと言える。

 <インドネシアのOPEC脱退が示唆する現象>

 インドネシア、フィリピンでは、石油価格高騰がデモ頻発の引き金となっている。これらデモが頻発しやすい国の特徴は単純だ。それは有権者の多くが、選挙を通じて政治に民意を反映させることが難しいと感じていることであり、筆者もフィリピン在勤中、現地スタッフがデモ参加で欠勤し、頭を抱えた記憶がある。外国人投資家は、こうした不安定な社会秩序に敏感である。国連貿易開発計画によると、2006年のインドネシア、フィリピン向け対内直接投資額は、それぞれ56億ドル、23億ドルと、10年前の約8割の水準にとどまっている。

 原油生産の落ち込みにより純輸入国に転落したインドネシアは5月末、石油輸出国機構(OPEC)からの脱退を表明している。インドネシアにおいて原油生産量が低迷する理由は、海外からの投資減少により、新油田開発が手付かずとなっているためである。この原油生産の落ち込みは、政府税収の悪化を通じて国際価格との差額負担を困難にさせ、結果的にインドネシアは、もともと補助金政策を導入していない国々よりも高いインフレ率を記録している。電気料金や食費が家計の大半を占めるインドネシアの有権者1億7000万人にとって、この物価高騰は破壊的である。

 同じASEAN(東南アジア諸国連合)の中でインドネシアと対称的なのが、マレーシアである。マレーシアの今年4月の消費者物価上昇率は前年比3.0%と、ASEANの中では例外的に低インフレを享受している。そのマレーシアも6月に入り、ガソリン小売価格、電力価格の値上げへ踏みきったため、今後は物価上昇圧力が高まることは間違いがない。

 しかし、インドネシアとの違いは、海外からの投資資金が流入し続け、この資金が国内設備投資の源泉となることで7%を超える高成長が続いていることである。特に今年1─3月は中東諸国からの投資規模が拡大しており、石油価格高騰で増加した中東諸国の輸出収入が、投資資金としてマレーシアに還流していると見られる。インドネシアとマレーシアの違いは、社会・政治情勢が安定的か否かにより対内投資が左右され、さらに石油補助金削減の影響が社会不安を増幅させるか否かをも左右していることを象徴している。

 <石油価格高騰とインド総選挙の行方>

 石油の輸入依存度が高く、当初、石油価格高騰・補助金削減がインドネシア以上に混乱を招きかねないとみられていたのがインドである。インドネシアとインドの最大の違いは、選挙を通じて政権交代が起こりうることである。数億人規模の有権者が電子投票に訪れるインドでは、2004年の総選挙の結果が象徴しているように、有権者が政治的意思を投票行動によって表現することが可能である。この意味では、インドでは、農村地域に居住する過半数の有権者が政治的に強大な権力を持つ。

 UPA(統一進歩同盟)政権が2004年以降、金融資本市場の規制緩和を進めると同時に、市場経済化に逆行する数々の農村地域開発を重点政策として打ち出してきたのはこのためである。実際にインドでは、近年の歴史的な低金利経済の到来により、低所得者層の購買力が爆発的に増大した。それが近年のインド経済の急成長へつながってきた。

 低金利経済は、それまで自動車や住宅購入が不可能であった中間層に、ローンによる購入を可能とさせ、9%の経済成長達成につながった。しかし、昨今の消費者物価の上昇は、インド準備銀行の利上げを通じて、こうしたUPA政権と農村地域の有権者との蜜月が終えんしたことを意味する。インドでは、デモの頻発ではなく総選挙において、こうした民意が来年、反映される可能性が高い。

 東アジアの経済発展において、これからも社会秩序の安定は前提条件である。エネルギー価格に対する補助金政策が、東アジアで一般的である1つの理由は、消費者物価全般に影響力が高いエネルギー価格の安定が社会秩序の安定に大きな影響力を及ぼすからだ。経済発展とともに民主化が進み、政治システムも安定化していた東アジアであるが、投機資金に導かれる石油価格の高騰、インフレ率の上昇はこうした経済発展の前提条件を根幹から覆す可能性がある。 

 

 永野 護 名古屋市立大学大学院教授、三菱総研客員研究員

 (18日 東京)

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