February 10, 2009 / 4:33 AM / 10 years ago

COLUMN-〔インサイト〕円高イコール交易条件改善は事実でない、輸出産業の受けた被害=エコノミスト 岡田氏

 <比較優位の原理>

 リカードによって明確に定式化された古典的貿易理論の結論は「比較優位理論」として知られている。だが、多くの人々がこの「比較」の意味を取り違えている。ここでいう「比較」とは、国際比較ではなく、ある国の中での「比較」なのだ。つまり、あらゆる産業で高い生産性を有している国と、逆にすべての産業で低い生産性しか実現できない国とが国際市場で競争したとき、高い生産性を誇る国が一方的な勝利を収め、全ての産業の生産性で劣っている国に対して、一方的に商品の輸出を行うなどという意味ではないのである。

 広範な国民に対して高い水準の教育を施し、練度の高い労働力を確保して、高度の研究・開発能力を有しており、さらに産業をサポートする堅固で先進的な金融産業を持っている国なら、どんな商品の生産においてどこの国と「比較」しても、高い生産性を持つことができるだろう。

 だが、だからといって、あらゆる産業で輸出を行うことがその国民の利益になるわけではない。いかに多くの優れた産業を有していようとも、おのずからより優れた生産性を有する産業があり、それと比較すれば多少は見劣りのする産業が存在する。

 下世話なたとえで申し訳ないが、学力テストを行うと、どれほどすばらしい成績を収める進学校であっても、やはり一番からビリまでの成績順はつくのだ。比較優位理論でいう「比較」とは、この序列と同じ性質のものである。

 全般的な生産性においてどれほど卓越している国民経済であっても、相対的に生産性の高い産業と低い産業が存在するのである。さらに国内で生産に投入できる資源(労働力と資本)は有限である。その有限な資源を最も有利に利用するためには、高い生産性の産業に資源を投入し、低い生産性の産業の生産物は輸入することが国民経済の利益となるのである。もちろん、こうした産業間の生産性の高低は、比較生産費説を数学的に定式化したヘクシャー・オリーン・サムエルソンモデルのように、その国の資源の保有量のパターンによって決まるが、クルーグマンが定式化したように偶然に由来する産業の集積などが原因となって、規模の利益が明白となって出現するのかもしれない。

 どちらにしろ、基本的に自由な貿易システムの下である産業が輸出産業であるなら、その産業は国内の他の産業よりも高い生産性を有していることには変わりはないのである。だとすると、輸出産業が拡大してゆくことは、その国の平均的な生産性を高めてゆくことになることがわかるだろう。これは「特化」の利益と呼ばれる。自らの最も得意とする分野に努力を傾注することが、社会生活でも重要であるのと同じく、国民経済もその最も優れた生産性を実現できる産業が拡大することは好ましいことなのだ。

 <原因と結果を取り違えた輸出産業の保護>

 だが、ここで注意しなければならないことがある。それは、輸出産業を保護し拡大していくことそれ自身が、重要なことではないという点だ。補助金や競合製品への課税あるいは非関税障壁などによって海外諸国との競争から保護することで輸出産業を保護しても、国民経済にはなんの利益にもならない。そもそも輸出産業の拡大が望ましいのは、その産業の生産性が他の産業よりも高いからである。保護しなければならないということは、とりもなおさず、その産業の生産性は高くないということを意味している。要するに輸出産業保護は原因と結果を取り違えた議論なのである。輸出産業であるから重要なのではなく、生産性が高く国民経済にとって重要な産業は、(その生産物が貿易できるものであれば)おのずから輸出産業になってしまうということなのである。

 <円高利益の過度の強調>

 就業者数などでみれば、製造業のウエートは低下傾向にあることは、世界のどの先進国でも共通である。このため輸出産業の利益よりも、多くの国民の利益の方が重要だという主張は、強い説得力を持つといえよう。こうした主張から導かれる主張の1つが「円高は日本の利益」というものがある。

 確かに円高になれば国民の多くが安い価格で輸入品を購入できるし、海外旅行にでかければ円の実力を堪能することができるだろう。円高礼賛論とでもいうべき主張をする人々は、こうした利益は国民経済全体から見て小さなウエートしかない輸出産業が円高により被る不利益を上回る、と主張しているのだろう。

 だが、すで述べたように、意図的な輸出産業保護には意味はないし、それは国民経済の不利益ではあるが、政策的な保護なしに輸出を行っている産業はそもそも日本で最も優れた生産性を有する産業であり企業なのだ。それに不利益を被らせることが国民経済にとって利益となるという話はどこかがおかしいのである。

 さらにこうした論者は「円高」という言葉を「交易条件の改善」と同一視している。交易条件とは、ある国の輸出価格と輸入価格の比率である。これが高いということは、少しの輸出で多くの輸入が可能であることを意味し、国民経済全体の利益となることは当然である。

 しかし、円高(正確に言えば実質為替レートの上昇)と交易条件の上昇は、同じものではない。両者が厳密な意味で同じものとなる条件は貿易の存在と矛盾することを容易に証明することができる。もちろん多くの場合、両者は同じ方向に動くであろうことは観察できる。だが、少なからぬケースで両者は反対方向に動くことも観察できるのである。ましてその動く大きさに関してみれば、たとえ同じ方向へ変化する場合であっても、実質為替レートは必ず交易条件よりも大きく変化することがわかる。

 <円の独歩高と輸出の急減>

 今回の金融危機の始まりを07年7月としよう。そしてその直前である6月を基準にして08年12月までの為替レートの動きを観察してみよう。まず、対ドルでの円JPY=レートは34.3%上昇している。

 次に貿易金額でウエートした実効レートを見ると40.6%の上昇であることがわかる。つまりドルは円に対して減価しているが、他の通貨には増価していることがわかる。要するに今、起こっているのはドルの暴落ではなく、円の暴騰なのである。そして、これによる国民経済への影響を見るために、実質実効レートの変化を見ると、同じ期間で36.4%の上昇が観察できる。

 だが、円高メリットの正体である交易条件を見ると、驚くことに0.4%しか上昇していないのである。つまりこの間の円高は、旅行者や輸入者には大きなメリットをもたらしたが、国民経済全体ではなんの利益をもたらしてはいないのである。それどころか、40%の円高によって輸出産業は壊滅的と言っても過言ではない打撃を受けつつある。鉱工業生産が前年比30%の減少を続けているが、輸出金額も同様に30%以上の減少を続けているのだ。こうして、日本の最も優れた生産性を有する産業が大きな打撃を受けることは、日本全体の生産性の低下、要するに日本人の生活水準の低下を引き起こすことになるのである。

 

 岡田靖 エコノミスト

 (10日 東京)

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