森 佳子記者
[東京 6日 ロイター] ドルは週央に85円前半と8カ月ぶりの円高をつけ、15年ぶり円高圏となる84円台も視野に入ってきた。「日本の企業だけが大きな為替リスクに直面してビジネスしている」(直嶋経産相)と当局は神経を尖らせるが、今後長期的に通貨高が進行するのは日本よりもむしろアジアの近隣諸国で、産業界はこれに対応した行動を選択すると専門家らは予想する。
アジア諸国の通貨は通貨危機の記憶から下落する通貨との印象が付きまとうが、このところ騰勢が続いている。
「経常収支黒字、日本より高い期待成長率、金利差、労働人口の増加等を背景に、アジア通貨の上昇は今後とも続くと予想する」と大和投資信託調査部の投資調査課次長・佐野鉄司氏は言う。
「アジアは今や世界の生産・消費のセンターであり、アジア通貨は円に対してのみならず対ユーロ、対ドルでも強含みな展開となるだろう」と三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミスト・水野和夫氏は指摘する。
一方、「ドルは基軸通貨としてのプレミアムがさらに減少し、対ドルではしばらく円高が続く」と同氏は予想し、「日本は資源輸入でドル安の恩恵を受けつつ、アジアへの工場移転で現地生産・販売をさらに拡大する方向性になる」との見通しを示した。
為替市場では、インドネシアルピアIDR=が金融危機前の1米ドル=8900ルピア台まで上値を切り上げ、韓国ウォンKRW=も120日移動平均を上回る1米ドル=1160ウォン付近まで上昇。シンガポールドルSGD=は1米ドル=1.35ドル台と2年ぶりの高値圏と、アジア通貨は総じて上昇トレンドにある。
<金融引き締めと黒字>
日本では円高圧力の緩和とデフレ対策のため、政治家が日銀に追加的金融緩和を促しているが、同じく自国通貨高に直面する近隣アジア諸国では、インドネシアとフィリピンを除き、予防的な金融引き締めを実施中だ。
「アジアで政策金利が引き上げられるのは、中国の景気拡大と各国の内需が堅調なためだ」と佐野氏は分析する。
国際通貨基金(IMF)では一時、新興国の内需拡大で輸入が加速し、世界的な不均衡が是正されるとの議論があった。しかし、中国景気の拡大により新興国の輸出も同時に拡大したため、不均衡は是正されなかった。
中国のマネーサプライは2ケタの伸び率を保ち、全融資の2割を占める不動産融資残高は6月末に前年比40.2%増加。個人向け住宅ローンは前年比48.8%増となった。
また、アジア諸国の国際収支構造も通貨高を示唆している。
日本と同様にアジア諸国(ベトナム・インドを除く)は経常収支黒字国だが、日本の経常収支黒字の内訳は、これまでの対外投資の果実としての所得収支の黒字が経常黒字の9割以上を占めている。
一方、アジアの経常収支黒字は貿易黒字によるもので、多くの国では経常収支黒字に加えて、資本収支も黒字基調(資本流入超)となっている。対外バランスからみても、アジア通貨に上昇圧力がかる構造だ。
<期待成長率格差>
1985年のプラザ合意後の急激な円高の際には、日本企業は積極的に海外進出し、ドル/円の調整を海外での稼働率を上げることで乗り切った。しかし、最近の海外進出のインセンティブは為替要因だけではなさそうだ。
「企業がアジア志向を強めているのは期待成長率の格差がある。先進国では労働人口が減少する一方、アジア諸国では今後も労働人口が増加し、期待所得が上昇し、内需が一段と拡大する見込みだ」と佐野氏は言う。
財務省の対外直接投資統計によると、アジア諸国向けの直接投資は09年に1.94兆円と全体の28%に達した。その後は今年4月に1271億円(全体の49%)、5月に1141億円(同39%)と投資先としての存在感を増している。
「アジアの成長率はトレンドにならすと右上がり、日本のトレンドは下向きだ。トレンド除去後の景気循環は同じサイクルになる」と水野氏は言う。これまでは日米欧の景気減速やデフレ傾向とは無縁のアジア諸国だが、万が一先進国の景気減速に巻き込まれ、成長率が鈍化したとしても、日米欧と異なり、財政・金融面で打つ手があるのがアジア諸国だ。
アジア諸国は、リーマンショックの直後に大型の財政政策を打ち、金利も思い切って引き下げたため、雇用市場の環境が改善している。「歳入の増加幅が拡大し、いわば財政政策の『のりしろ』が十分にあるところが日米欧とは異なる。景気に変調が表れた時は、すぐに景気対策で対応し、経済の巡航速度を保つことが可能だ」と佐野氏は言う。
<円は魅力的か>
為替市場では、アジアの黒字国が保有する外貨準備の円シフトが一時話題となり、円高の一因との見方も浮上した。
中国の対日証券投資は2010年1―5月で合計1兆2762億円を買い越し、年次ベースで過去最高だった2005年の2538億円を上回る勢いとなった。内訳は大半が日本国債で、満期が1年以内の短期債が大部分。中国外務省は「外貨準備運用の多元化戦略」(秦剛副報道局長)と説明している。
しかし、中国を含む黒字国の円資産購入は欧州財政危機や米景気の後退などを受けた緊急避難の一時的な動きとの認識が市場では一般的だ。低利回りを背景に日本国債の海外投資家の保有率は長年6%近辺で低迷。 日本国債10年物の利回りは今週、7年ぶりに1%を割り込んだ。
「5年先を展望した場合、低金利と通貨安リスクのある円資産はアジアの黒字の主な運用先にはなりにくい」と佐野氏はみている。
(編集 石田仁志)