June 6, 2007 / 4:35 AM / 12 years ago

COLUMN-〔インサイト〕日本経済の死角と必要なバッファ=エコノミスト 岡田氏

 2002年に景気循環は底を打ち、株式市場はその翌年に大底を打ち、それ以来5年間にわたり日本経済は拡大過程にある。この期間に失業率は最悪期の5%半ばまで上昇していたが、07年4月現在で3.8%まで低下している。昭和恐慌でもあるまいに「大学は出たけれど」と言われ、就職氷河期とまで呼ばれた新卒の採用数も劇的な増加をみせ、今や「バブル期並み」とまで言われる売り手市場になってしまった。

 

 破たんは目前といわれ「ボツワナ以下」という屈辱的な国債格付けも、当の格付け機関がどうやってチャンスを見つけて格上げしようかと頭をひねっているとしか思えないような状況にある。

 そして名目GDPに対する税収の弾力性1.1という「不易の法則」も、いつのまにか赤字法人の黒字化によって急激に上昇し、そもそも増税が不可避という前提が間違っているのではないかと言われるような状況にある。危機はすでに過去のものとなってしまったようだ。だが、本当に死角はないのだろうか。

 

 <中国経済の成長に隠れる構造問題>

 

 誰もが不安に感じているのは、言うまでもなく、中国経済の先行きであろう。日本の高度経済成長期に匹敵する8%から10%という驚くべきスピードで、日本の10倍の人口の国が成長しているのだから、その影響は計り知れない。

 一方で安価な工業製品を世界中に供給し、同時に巨大な需要を提供することで世界経済に膨大な利益をもたらしている。だが、他方では効率の悪い資源エネルギー利用技術ゆえに、世界の資源を食い尽くし、さらに温暖化を含めた環境汚染を急速に推し進める要因になっていることも事実である。果たして中国の急成長は、その他の国にとって本当にプラスなのか否かは、いまだに判然としないということになろう。

 

 だが、こうした収支決算は今後数年で答えの出るようなものではなく、おそらく10年程度のスパンでの問題であろう。これに対して、上海株式市場の急騰と急落によって代表される金融的な問題は、いわば目前にあるリスクなのだ。

 不良債権問題の「華やかなりし」時期、日本の金融関係法制あるいは企業法制さらに会計制度、資本市場制度の不備が厳しく指摘された。中国はそれを横目に見て、形式的にはかなり整備された法制度を採用していると言われている。だが、報道の自由がなく、依然として法治よりも人治が優先しかねないと言われる国で、しかも地方政府が高度の自治権を行使できる国で、果たして形式的に整備されつつある法制度が本当に機能すると無条件に信頼するなら、あまりにナイーブとの批判を受けることになるだろう。

 

 <中国の不良債権問題で期待される政府のコントロール>

 

 事実上破たんしていると言われる巨大な国営企業と、それに巨額の貸し付けを行っている国営金融機関の不良債権問題は、高度成長によって文字通り先送りされているだろうことは想像に難くない。日本ですら1991年から96年までの成長率の低下は、97年になると金融システムの爆発的な危機を招き寄せたのである。

 数年にわたり中国経済が高成長を続けられないような事態が生じれば、それによって引き起こされるであろう危機は恐るべきものとなるだろう。市場参加者の多くがそれを知っているだろうから、数年程度の中国経済の停滞の「可能性」が予想された段階で、結果を先取りする形で危機は表面化せざるをえなくなるのである。

 

 だが、引き起こす危機の巨大さ故に、このような世界経済の抱え込む大きなリスクが、実際に顕在化する可能性は決して高くはないという逆説が生まれる。国家の政治的安定が高度経済成長に決定的に依存していることを中国指導部は完全に理解しているようであり、危機の発生はなんとしてでも押さえ込むだろうからである。

 幸か不幸か、国民の批判によって住専問題以降は金融システム問題に全く手を付けられなかった日本とは異なり、必要とあれば強権の発動さえいとわない独裁政権であるからだ。

 

 <潜在的リスクと経済のバッファ>

  

 では、今後数年にわたり、日本経済にとってのリスク要因は存在しないのだろうか。もちろん、挙げていけばアメリカ経済の抱える諸問題など、心配の種はいくらでも見つけることは可能だ。だが、それらの問題は、どんな時代にも存在したものであり、今になって急に生まれ出たリスクではない。どのようなリスクが存在するにせよ、それに対する対処のメカニズムが機能するなら、中国の短期的なリスクと同様に、過度のおそれを抱く必要はないのである。

 

 真の問題は、日本の経済政策が今までも直面し、これからも直面するであろうリスクに対して適切に対応できるものなのか否かなのである。

 民主主義国家では、経済問題を含めルーティンから外れた問題への対応には、それなりの時間がかかる。このため社会は一定の余裕を持って機能するように設計されねばならない。

 つまりある種の無駄である「バッファ」とでもいうべき部分を社会に埋め込み、問題が生じても差しあたりはそのバッファが吸収して問題の顕在化を押さえ込むようになっているわけだ。

 もちろん日本の金融機関のように、あまりに巨大なバッファ(含み益)を持っていたために、危機の実相を誰も正面から見つめず、気づいたときには手遅れとなってしまうような事態もあり得るので、あまりにバッファが大きいのも善し悪しではある。

 だが、生活保護のような制度を過度に厳格に運用すれば、確かに不正な受給者を排除はできても、制度設計の時点で意図された「助けるべき人々」までも排除してしまうかもしれない。その意味でバッファは表面的には非効率あるいは無駄であるかもしれないが、いわば不可欠のコストでもある。

 

 <1−2%のインフレが日本に必要なバッファ>

  

 では、日本経済をマクロ的に見たときのバッファとは何だろうか。6月4日に公表された法人企業統計でも明らかになったように、日本企業は依然として予想を上回るペースで設備投資を拡大している。だが、銀行貸出は増加に転じたとはいえ、いまだに前年比で数パーセント程度の伸びにとどまっている。

 企業の投資資金は、企業セクター全体としては増加している内部資金すなわち利潤によってファイナンスされているのだ。その利潤の源泉は、本来なら名目GDPのほぼ一定割合のはずであるが、名目成長率は依然として2%程度にとどまっている。

 名目GDPの主要構成要素が利潤と賃金であることを考えれば明らかなように、投資資金は賃金の相対的な圧縮によってファイナンスされているのだ。

 これは家計消費にマイナスに作用するとして問題視する向きも多いが、必ずしも妥当なものではない。実際に実質賃金率の推移を調べてみれば分かるように、90年代から数年前までの不況期には実質賃金は高水準で高止まりしていたのである。

 むしろ経済の基礎的な条件から見ると、あまりに高い実質賃金が企業収益を圧迫し、それが巡り巡って投資の抑制、株価の低迷、そして投資の抑制と雇用情勢の悪化を招いていたのである。

 ところが、激しい調整の末、02年頃からついに物価以上のテンポで賃金が低下し始め、ようやく企業収益の基盤が改善してきたというのが今日の回復の原動力となっているのである。

 遅かれ早かれ、2%以上の成長が続けば、失業率はさらに低下し、ついに労働力の相対的な不足が顕在化し、成長の果実は家計にも賃上げの形で還元されることになる。今や事態はその一歩手前まで来ているのだ。

 <大きな疑問符の付く日銀の金融政策>

 

 では、この好循環を維持していくために必要なバッファはなんだろうか。

 一時的な生産の低迷あるいは不況の際に、賃金を低下させようとしても簡単にはいかない。最近でこそ雇用は大幅に流動化したとはいえ、公正な賃金構造は社会的に受け入れられたものであって、短期的な労働市場の需給だけでは変化しないからだ。

 最も単純でコストの小さな調整の手段は、緩やかなインフレ、例えば先進国の大部分が目標としている1%から2%程度のインフレを定着させ、不況期には賃上げを停止するだけで、実質的に1%ないし2%の賃下げを実現できるようにすることである。このわずか1%ないし2%のインフレというバッファこそ、日本経済に今後も押し寄せて来るであろう外部からの衝撃といったリスクを吸収する手段なのである。

 だが、日本銀行は事実上ゼロインフレを長期目標に設定し、目先がデフレであっても、金利引き上げは必要であるとする立場を崩してはいない。依然として、金融政策のあり方は、日本経済の先行きに大きな疑問符を投げかけているのである。

 

 エコノミスト 岡田靖

(6日 東京)

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにロイターの第三者コンテンツ・プロバイダーによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターは第三者からコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、第三者コンテンツ・プロバイダーによって提供されたいかなる見解又は意見は当該第三者コンテンツ・プロバイダー自身の見解や分析であって、ロイターは、それらを是認せず、またはそれらの正確性についても保証しません。

0 : 0
  • narrow-browser-and-phone
  • medium-browser-and-portrait-tablet
  • landscape-tablet
  • medium-wide-browser
  • wide-browser-and-larger
  • medium-browser-and-landscape-tablet
  • medium-wide-browser-and-larger
  • above-phone
  • portrait-tablet-and-above
  • above-portrait-tablet
  • landscape-tablet-and-above
  • landscape-tablet-and-medium-wide-browser
  • portrait-tablet-and-below
  • landscape-tablet-and-below