February 29, 2020 / 1:02 AM / a month ago

アングル:インドの悲惨な宗派対立 終わりなき暴動の連鎖

[ニューデリー 26日 ロイター] - ニューデリー北部にある地元のモスクから自宅に戻る途中、モハマド・ズバイルさんは大勢の群衆に出くわした。混乱を避けようと側道へと足を向けた。それが失敗だった。

 ニューデリー北部にある地元のモスクから自宅に戻る途中、モハマド・ズバイルさんは大勢の群衆に出くわした。写真は負傷したズバイルさん。ニューデリーで2月26日撮影(2020年 ロイター/Danish Siddiqui)

ほんの数秒後、10数名の若者たちがズバイルさんを取り囲み、木や金属の棒で殴りかかった。地面にうずくまったズバイルさんの頭部から血が流れ、衣服を染めた。殴打は激しさを増し、ズバイルさんは「このままでは死んでしまう」と思った。

37歳のズバイルさんは、ニューデリーの別の地域にある親戚の家で、その日の出来事をそう語った。頭部には包帯が巻かれていた。

24日午後に起きたこの襲撃には、住民同士の対立と暴力という背景がある。

事件が起きたニューデリー市内の地域近くでは、ムスリムとヒンドゥー教徒の抗議参加者が大通りを分けるコンクリートと金属の隔壁を挟み、何時間にもわたって石や火炎瓶を投げ合う衝突が続いていた。

だが、ヒンドゥー支持のスローガンを叫ぶ群衆の視線が突然、恐らくムスリムであるという理由で何の武器も持たない個人に向かった。これはインドにおける二大宗教の信者たちの対立が、もはや沈静化しにくい状況になっている可能性を示している。

インドの混乱が始まったのは12月。引き金となったのは一部の近隣諸国からの移民が市民権を取得しやすくする法改正で、ムスリムは除かれていた。多くのムスリムは差別的だと反発し、インドの世俗主義的な伝統からの逸脱であるとしている。

迫害を受けてインドに逃れてきたヒンドゥー教、シーク教、キリスト教などの信者は市民権を申請できるが、ムスリムは同等の優遇措置を利用することはできない。

ナレンドラ・モディ首相率いるインド人民党(BJP)はヒンドゥー・ナショナリズムを掲げているが、国籍法改正は、パキスタン、バングラデシュ、アフガニスタンで迫害を受けたマイノリティを保護するために必要であるとして、インド国内のムスリムに対する偏見を否定している。

ズバイルさんはロイターに対し、「彼らは私が独りであることを知り、帽子とヒゲ、シャルワール・カミーズ(民族衣装)から、私がムスリムであると判断した」、「すぐにスローガンを叫びながら襲撃してきた。人間性のかけらもない」と訴えた。

<想起される暗い歴史>

BJPの広報担当者タジンデル・パル・シン・バッガ氏は、ズバイルさん襲撃も含め、BJPはあらゆる種類の暴力を支持しないと話している。同氏は、対立する政党が、トランプ米大統領の訪問中にインドのイメージが低下するよう混乱を煽っている、と非難する。

バッガ氏は暴動について、「これは100%、事前に計画されたものだ」と述べ、BJPやその政策は混乱には何も関与していない、と言う。ロイターは、抗議行動が事前に計画されていたとの裏付けを得られなかった。

昨年5月に再選されたモディ首相が推進するヒンドゥー至上主義は、人口の約80%を占めるヒンドゥー教徒の支持者を勇気づけている。一方で、1億8000万人を数えるインド国内のムスリムは動揺に陥っている。

そして今、ムスリムとヒンドゥー教徒にほぼ分けられる国籍法改正の反対派と賛成派が抗争を続けている。一部には、こうした二極化はインドの歴史における陰の部分を想起させる、という声がある。

BJPに批判的な小政党を率いている政治学者ヨゲンドラ・ヤダブ氏は、「現在、デリー内のいくつかの狭い地域で暴力が生じており、1984年の反シーク教徒暴動の始まりを思い出す」と話す。

ヤダブ氏が言うのは、インディラ・ガンディー首相(当時)の暗殺犯がシーク教徒だったことを受けて、群衆が宗教マイノリティであるシーク教徒を襲撃した事件である。インド捜査当局が「計画的」と判断する暴動により、デリーを含む複数の都市で数千人ものシーク教徒が殺害された。

<沈静化を求めるも…>

過去数十年で最悪の部類に入る宗派間暴力により、少なくとも20人が死亡、200人以上が負傷したことを受けて、モディ首相は26日、冷静さを求める声明を発した。

混乱の背景となった国籍法改正は、再選以来、モディ政権が多数派ヒンドゥー教徒にアピールするためにとった複数の措置の1つだ。

同政権は8月、インドで唯一ムスリムが多数を占めるカシミール州の特別自治権を廃止した。モディ首相は、カシミール地域を国内他地域に統合していく方策の1つだと説明している。

11月、インド最高裁はアヨーディヤ市内で係争中だった土地について、ヒンドゥー教団体に管理権を与えた。これによって、かつてはモスクが建っていた場所にヒンドゥー教の寺院を建設する道が開けた。これもBJPの重要な選挙公約だった。

2002年、インド独立後で最悪の部類に入る暴動がグジャラート州で複数発生した時期に、モディ氏は同州首相を務めていた。このため、一部のムスリムは以前からずっと同氏に対する不信感を募らせている。

このときの暴動は、容疑者とされるムスリムによって列車が放火され、乗っていたヒンドゥー教徒の巡礼59人が焼死した事件を引き金に発生、ムスリムを中心に最大2500人の死者が出た。

その後の捜査を経て、暴動に加わったヒンドゥー教徒、ムスリム双方とも数十人が有罪を宣告されたものの、モディ氏の責任は問われなかった。

<「アラーに祈るしかなかった」>

ニューデリーで今週発生した衝突以前には、国内各地での抗議参加者と警察の衝突のなかで25人が死亡している。

だがその後、犠牲者数は2倍近くに膨らんだ。ニューデリー北東部では2日間にわたり、放火や略奪、暴行、銃撃が発生し、警察は沈静化に苦闘した。

目撃者によれば、26日には、これまでよりはるかに大勢の警官や武装警察が街路をパトロールしているという。暴動の現場となった地域のなかには、人影が絶えた部分もある。

グル・テグ・バハドゥール病院の医療従事者2人によれば、死者・負傷者の何人かは銃撃によるものだという。

そのうちの1人、ヤティンデル・ビカルさんは33歳のヒンドゥー教徒。銃撃で右膝を負傷して担ぎ込まれた。兄弟によれば、ヤティンデルさんはスクーターを運転しているときに撃たれたという。

ロイターは地元病院の取材で、衝突によって負傷したヒンドゥー教徒・ムスリム双方から話を聞いた。

ニューデリー北部にある地元のモスクから自宅に戻る途中、モハマド・ズバイルさんは大勢の群衆に出くわした。写真は2月24日、若者に取り囲まれ殴打されるズバイルさん(2020年 ロイター/Danish Siddiqui)

ズバイルさんは襲撃を受けて気を失った。しかし、仲間のムスリムが石を投げて襲撃者たちを追い払い、安全な場所に運ばれた。ズバイルさんは、急いで病院に向かい、頭部の傷の手当を受け、24日遅くに退院した。

「『もうおしまいだ』と思っていた」とズバイルさんは語る。「アラーに祈るしかなかった」

(翻訳:エァクレーレン)

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