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コラム:気候変動対応へ「グリーンキャピタル」導入を、日本企業にもチャンス=井上哲也氏

[東京 27日] - 気候変動への対応は、ロシアによるウクライナ侵攻という新たな要素も加わる中で、一段と重要性を増している。

 5月27日、気候変動への対応は、ロシアによるウクライナ侵攻という新たな要素も加わる中で、一段と重要性を増している。写真は20日、スイス・モントルーで撮影のイメージ(2022年 ロイター/Denis Balibouse)

自然科学の視点からの既往の調査研究が示唆していることは、気候温暖化が温室効果ガス(GHG)の累計排出量と密接な関係を持ちうる点だ。GHGの排出を抑制していくには、将来に向けた政策対応や技術革新のパスにも大きく依存する(経路依存性を有する)点も含めて、気候変動への対応には長期の時間的視野が必要となる。実際、日本を含む主要国の政策目標は、2030年ないし2050年といった将来の時点をメルクマールとしている。

膨大な規模の民間資金を動員する必要がある点で、気候変動対応は金融市場や金融ビジネスにとっても、将来に向けて大きなテーマであることは言うまでもない。

一方で、地球環境の維持や多様な生物との共存といった価値観だけに基づいて、新たな資金の流れを作り出すことには持続可能性に難しさも残る。金融の観点からは、気候変動対応に関する投資や資産がどのような経済的価値を持つかを効率的で合理的に認識しうるようにすることも重要である。

そうした投資や資産が単一の経済的価値で表現できれば、投資家や金融仲介に携わる事業者は、従来と同じリターンとリスクの尺度に即して、他の金融資産と比較しながら、気候変動対応への投資を行うことが可能となる。

また、投資家や金融機関は、投融資先の企業が気候変動対応の面で将来に向けてどのような価値を有しているか容易に判断できるようになる。政府にとっても、各地域ないし一国全体としての気候変動対応の経済的価値を集計量として把握できるようになる。

<グリーンキャピタルの定義>

気候変動に関する投資や資産を経済的価値として評価する上では、経済学の意味での「資本」の概念を適用することが有用である。

「資本」は、短期間で消費されてしまうのでなく、一定の期間にわたって収益や便益を生み出す。工場の機械設備が典型だが、知的財産のように無形であっても構わない。もちろん、収益や便益を生み出す力は時間とともに低下するという意味で、「資本」は減価ないし減耗する。従って「資本」は投資した時点のフローではなく、ある時点でのストックの価値が意味を持つ。

これらの時間的な特性のために、「資本」を導入するための資金は一定の期間内に使途を固定する投資によって調達する必要があり、投資家はその間のリターンを享受しつつ、リスクを負担することになる。これを投資家からみれば、将来にわたるリターンとリスクを現時点で評価し、他の投資機会と比較することが必要となる。

気候変動に関する投資や資産がこれらの特性との親和性が高いことは明らかであるので、筆者は「資本」としての性格を明示する観点から「グリーンキャピタル」と名付けることにしたい。

<グリーンキャピタルの評価手法>

「資本」としての経済的価値を評価するといっても、具体的な手法には様々な選択肢がありうる。本稿では多くの金融資産で活用され、金融関係者にはなじみの深い「現在価値」を用いたシンプルな案を示しておきたい。

気候変動対応に関する投資や資産は、将来に向けた一定の期間中にGHGの排出を各期で特定の量だけ削減することが現時点で想定できるはずである。従って、各期の削減予想量とその時点でのGHGの価格をかけ合わせた上で、一定の期間にわたって市場金利で割り引いた結果を合計すれば─つまり現在価値に引き直せば─グリーンキャピタルの価値を算出できる。

また、気候変動対応に関する投資の金額や資産の価格があらかじめ与えられているのであれば、上記のように各期の削減予想量とその時点での排出権価格を掛け合わせた金額をもとに、投資利回り(内部収益率)を逆算することも可能となる。

政策的な視点からは、グリーンキャピタルを一種の「規制資本」として評価することも可能である。関係当局が特定の産業ないし地域に対して、将来に向けた一定の期間内にGHGの排出を各期で特定の量だけ削減することを求める場合、気候変動対応に関する個別の投資や資産がそうした目標に比べてネットでどれだけ貢献しうるかは、上記と同じような手法で現在価値として算出することができる。

<グリーンキャピタルの活用例>

これまでの議論から明らかだが、グリーンキャピタルの活用例を整理しておくと、第1に投資家や企業、金融仲介に関わる事業者は、気候変動対応の投資や資産売買の判断を、物理的なGHGの排出量や価値観でなく、経済的価値に基づいて行うことになる。それによって異なる投資や資産を客観的かつシンプルに比較しうるようになる点で、気候変動対応を効率化する効果が期待できる。

第2に投資家や金融機関は、投融資先の企業が保有する気候変動対応の資産を、抽象的な説明や主観的な企業評価に依存することなく経済的価値として評価することになる。この点は、各企業による気候変動対応での貢献を客観的に可視化することを通じて、投資家や金融機関による投融資を合理化したり、企業に対する行動変容の促進を効率化したりする効果が期待できる。

第3に政策当局は、気候変動対応に関する目標の企画・立案や達成状況を、物理的なGHGの削減量や予算・事業の規模ではなく経済的価値に基づいて評価することになる。

一般国民に対するわかりやすさも含めて、政策運営の説明責任の達成を容易にするとともに、異なる政策案の比較と選択を合理化する効果が期待される。

<グリーンキャピタルの課題>

上記のようにグリーンキャピタル自体はシンプルな方法で算出しうるが、その実現にはいくつかの要素が必要となる。

最も重要なのは将来に向けてのGHGの価格の系列であり、政府ないし国際機関がGHG排出の長期的な削減目標と整合的な価格(ないし炭素税)のパターンを示すのであれば、それを援用することが最も容易かつ客観的である。

ただし、今後にGHGの市場取引が整備され、十分な流動性と価格の公示性を具備するようになれば、そこで形成される価格の系列を利用することも、もちろん展望される。

これに対し、現在価値化のための長期金利は、リスクフリーのベンチマークとして国債のイールドカーブを参照することが想定される。

個別企業のグリーンキャピタルを適切に評価するためには、当該企業に固有のリスクを考慮する必要があるが、この点は既存の信用リスク等に関するリスクプレミアムやそれを反映した企業格付などを援用することが考えられる。

もっとも、リスクという意味では、将来に向けた政策変更や技術革新によってGHGの価格系列が変化することの影響の方が大きい可能性もある。この点への対応は今後の検討が必要である。

気候変動対応には、多くの企業や個人が貢献することで相互に効果が高まる面がある点で、経済学の意味での「外部性」も存在する。グリーンキャピタルを評価する上で、将来にわたる「外部性」を事前に織り込むことは難しいが、時間の経過ととともに「外部性」が顕在化していけば、キャピタルゲインやキャピタルロスの形でグリーンキャピタルの価値に反映させることは可能である。

気候変動対応に関する投資や資産を経済的価値として評価するグリーンキャピタルのアイディアは極めて初期の段階にあるが、今後も考え方や内容の精緻化を進めていきたいと考えている。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部シニア研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。金融イノベーション研究部・主席研究員を務め、2021年8月から現職。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

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