[トロント 18日 ロイター] - 人の命を生産性という基準で語る風潮が強まりつつあることに違和感を感じた━━。今年の仏カンヌ国際映画祭でカメラドール(新人監督賞)特別表彰を受賞した映画「プラン75」の早川千絵監督が、北米プレミアとなるトロント国際映画祭での上映後にインタビューに応じ、制作の動機を語った。
作品の舞台は75歳以上の高齢者に死の選択肢を与え、支援する制度「プラン75」が法制化された近未来の日本。生死の選択に向き合う孤独な高齢者や、制度に疑問を抱き始める若者の葛藤を描く。
早川監督が挑んだ初の長編映画で、第95回米アカデミー賞国際長編映画賞部門の日本代表にも選ばれた。撮影開始から1年足らずの快挙に「驚くと同時にとても幸せなジャーニーをしていると思う」と早川氏。今の日本社会に対する危機感が制作へと駆り立てた。
「自己責任という言葉が頻出し、人に迷惑をかけるなという社会的圧力や弱者への風当たりが強まっている。もし『プラン75』のような制度ができたら受け入れられてしまう素地を感じ、今作るべき映画だと思った」と語った。
着想の起点は19人が殺害された2016年の相模原障害者施設殺傷事件。社会の役に立たない者には生きる価値がないという被告の発言だった。「『プラン75』は一見合理的な制度だが、命の価値を生産性で計るという根底の思想は(相模原事件の)犯人と全く同じだと伝えたかった」と述べた。
「いかに死を迎えるかは個人的なもの。それを国がコントロールする恐ろしさを表現したかった」とも話す。そして疑問も持たず制度を受け入れる人たち、携帯電話の契約のように淡々と「最期」の申請手続きを進める職員。「決まったことに従う、あらがっても何も変わらないという日本人的キャラクターも描きたかった」と語った。
次々と命が失われる新型コロナウイルス禍を目の当たりにして制作に迷いも生じたが、それが逆に作品に深みを与えることになった。「命の線引きをせざるを得ない状況ともなり、現実がフィクションを超えてしまった。不安をあおるような映画を作るべきか疑問を感じ、何らかの希望をこの映画に込めたいと思った」と明かした。
「安楽死や尊厳死の是非を問う映画ではない」と話す早川氏。むしろ、あまり語られない「死」について「話す契機となる映画かも知れない」と語った。映画を見た人からは、どのように死を迎えるか家族と初めて話したという反響があったという。
本作は映画祭出品や劇場公開など計約30カ国・地域で上映される。
(インタビュアー:北山敦子 編集:佐々木美和)
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