[東京 15日 ロイター] - 2023年の春闘は15日、主要企業が労働組合の賃金要求に回答する集中回答日を迎えた。急激な物価高への対応や人材確保の点から、例年になく早期決着や高水準の回答を示す企業が多くみられた。賃上げ率は25年ぶりの高水準となりそうだ。
今後は、賃上げの波が大手から中小企業にも波及するか、非正規社員、期間・契約従業員などにも広がるか、物価上昇率を上回る賃上げ率を実現できるか、積極的な賃上げが来年以降も継続するかどうかが焦点だ。
自動車や電機の労働組合が加盟する全日本金属産業労働組合協議会(金属労協)の金子晃浩議長(自動車総連会長)は同日の会見で、妥結賃金の平均額は比較可能なデータでは2014年以降、最も高い水準になったと述べた。妥結した43組合の回答額平均は8407円で、要求額平均の8280円を上回った。
このうち、約85%で満額回答となるなど「各社の回答状況を見ると異例」(金子議長)の展開。金子議長は、早期妥結に至った背景として「賃上げを企業内だけでなく、社会全体に波及させていくべきとの認識が経営層に浸透していた」との認識を示した。
<電機の主要12社すべて満額回答>
日立製作所、パナソニックホールディングス、東芝、NECなど電機大手12社はこの日、いずれも満額で応じた。組合の要求通り基本給を一律に引き上げるベースアップ(ベア)相当の賃金改善分として月7000円で妥結。電機業界の労働組合からなる電機連合の神保政史会長は「おおむね4─5%の賃上げ」とし、現行の要求方式となった1998年以来、12社全社満額は初めてという。
日立、東芝いずれも引き上げ幅は前年の3000円から2倍以上で、現行の賃金制度になって以来、過去最大。日立は賃金体系維持分と合わせた平均昇給率が3.9%。東芝は7000円のうち、2000円分は福利厚生で使えるポイントを付与する。パナソニックHDも前年の1500円から4.6倍超となり、ここ10年間で最も高い水準だ。
日立の田中憲一執行役常務は「物価が急激に上昇し、例年以上に従業員の期待が高いという状況だった」と説明。10年連続で賃金水準を改善してきたが、賃上げの勢いを継続するためには「事業の成長、生産性の向上を続けていくことが大事だ」とし、来年に向けて事業を成長させることが「11年目の賃金水準改善につながる」との考えを示した。
<自動車大手も満額相次ぐ>
自動車業界の労働組合が加盟する自動車総連でも、ベアに当たる賃金改善分について、完成車や自動車部品など大手12社が満額または組合要求を超える回答を出した。
相場のけん引役とされるトヨタ自動車をはじめ、ホンダや日産自動車などの自動車大手は集中回答日を前に満額回答。賃上げ率は、ホンダが5%、日産が3.4%。SUBARUとマツダ、スズキなども15日に定期昇給分などを含めて満額で応じた。
自動車総連の金子会長は、協議が今後本格化する中小の部品メーカーにも「(大手と)同じような良い流れが起きていると聞いている」と語り、「こうした流れが社会全体にも波及していってほしい」と期待を込めた。
機械や金属産業の中小企業などの労働組合で構成するものづくり産業労働組合の安河内賢弘会長は、満額を取った企業もある一方、低額の回答しか示さなかった企業もあるとして「改善交渉に向けて最大限支援をする」と述べた。
流通、繊維、外食などの労組で構成する「UAゼンセン」は16日に最新の妥結状況を公表するが、9日には集中回答日前に18社が満額回答したと発表。UAゼンセンの統一要求は正社員とパートなどを合わせた全体の賃上げ率で6%程度と過去最高を掲げる。
東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドは正社員6.1%、パートなどの時給6.99%の引き上げですでに妥結。小売大手イオン子会社のイオンリテールも正社員5.03%、パートなどの時給7.0%で決着済みだ。
<高い賃上げの持続性は不透明>
国内最大の労働組合組織「連合」はベア相当分として3%程度、定期昇給分を含め5%程度の賃上げを要求。連合の1日正午時点の集計によれば、傘下の労働組合2614組合が要求した賃上げ率は平均4.49%となっており、4%を超えれば1998年以来、25年ぶり。
日本経済研究センターがまとめた民間エコノミスト33人の予測によると、平均賃上げ率は昨年の2.2%を上回る2.85%。野村総合研究所は、ベア率は1%を超えて四半世紀ぶりの高水準に達するとみており、定期昇給分を含む賃上げ率は3%台に乗る可能性があるとの見立てだ。
野村総研の木内登英エグゼクティブ・エコノミストは、満額回答が相次ぐ背景は「企業の姿勢が変わったというより、予想外の歴史的な物価高に対する一時的な反応だろう」と指摘。物価の動向次第では来年以降も賃上げが続くかは不透明とみる。
「来年の今ごろは物価上昇率がその半分以下になっていることを考えると、来年の賃上げ率はかなり低くなる」と話す。他の専門家からも高い賃上げ率の持続性には懐疑的な声が出ている。
岸田文雄首相は「インフレ率を超える賃上げの実現」を強く要請している。さらに、ことしの春闘が起点となって、政府が優先課題として掲げる持続的に賃金が上昇する環境を整える「構造的な賃上げ」につながるかどうかが注目される。
※〔情報BOX〕主要企業労組の賃上げ妥結額一覧
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