[東京 15日 ロイター] - 四半世紀ぶりとなる賃上げの動きは1998年以降続いたデフレからの本格的な脱却に弾みを付けそうだ。ただ、物価上昇率を超える賃上げには及ばず、物価の影響を考慮した実質賃金の伸びは力強さを欠く。米中堅銀2行の破綻に伴う信用不安がくすぶる中、金融引き締めに転じるには距離があるとの声も根強く、植田日銀には慎重な対応が求められる。
<本格化なら物価観支え>
今春闘では労組からの賃上げ要求に対し、満額回答する企業が相次いだ。民間シンクタンクなどの推計では2023年の賃上げ率は2%台後半になるとの予想が多く、四半世紀ぶりとなる賃上げが実現しそうだ。
同様の賃上げ率では1998年に2.66%、97年に2.90%だった例がある。賃上げ率が3%台に乗せれば94年以来(3.13%)となり、政権与党内には「賃上げの動きが本格化すれば98年以降続いたデフレからの脱却に弾みがつきそうだ」(中堅幹部)と、先行きを期待する声がある。
厚生労働省が例年8月に公表している「民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況」によると、定期昇給分を含む賃上げ率は、官製春闘が始まった2014年以降では15年の2.38%をピークに伸び悩んでいた。22年は2.20%だった。
非正規雇用や転職市場の賃金相場も上昇してきており、専門家からは「春闘の結果から全体的に賃金が上昇していく方向となれば、日銀も4月に公表する展望リポート(経済・物価情勢の展望)の物価見通しに織り込める」(科学技術振興機構の鵜飼博史チーフ・エコノミスト)との声も聞かれる。
日銀が新体制に移行するのに先立ち、債券市場では政策修正観測が高まった。直近のロイター調査では、向こう3カ月以内にイールドカーブ・コントロール(YCC)を終了するとの予想が多い。
「物価見通しの判断を前進させたうえでYCCを早々に修正することが見込まれる。春以降の中小企業の賃上げ状況と欧米経済が大きく失速しないことを確認できれば、年内のYCC撤廃も現実味を帯びてくる」と鵜飼氏は言う。
<なお必要な賃上げ率>
もっとも、岸田政権が要請する物価上昇率を超える賃上げを果たせるかは、依然として見通せない。
厚労省が7日発表した1月の毎月勤労統計調査(速報)では、実質賃金が前年同月比4.1%下落し、消費増税直後の14年5月以来、8年8カ月ぶりの減少幅となった。
大企業で賃上げ率5%や10%などの動きをみせても、全体としての賃上げ率は「2年連続で物価の伸びを下回りそうで、名目賃金は伸びても実質賃金は減少しそうだ」と、ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎・経済研究部経済調査部長は指摘する。
同研究所では、今春闘での賃上げ率が3.0%になるとみている。
春闘での賃上げペースについて、賃金動向などにも詳しい日本総研の山田久副理事長は「向こう数年かけて4%半ばから5%程度まで引き上げていく必要がある」と語る。
海外では、米財務省などが破綻したシリコンバレー銀行(SVB)、シグネチャー・バンクの預金保護を柱とする措置を発表したが、市場の落ち着きどころは見えていない。
利上げ加速を示唆した米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長が21、22両日の連邦公開市場委員会(FOMC)でどう判断を下すかで、新たな収縮を招く懸念もくすぶる。
これらの不透明感も重なる中で「(植田日銀が)YCC撤廃などのドラスティックな対応を取るのは来年以降に時間をかけてやるのではないか。拙速にやればマーケットが混乱し、壊れてしまう」と山田氏はみている。
(杉山健太郎、梶本哲史、山口貴也 編集 橋本浩)
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