[31日 ロイター] - いかなる火災に立ち向かうときでも、ウクライナの消防士たちには、それに対応するための所定の手順と経験、装備があった。だが、ロシアとの戦争が勃発して以来、状況は一変した。
建ち並ぶ何棟もの高層集合住宅が攻撃を受け、周辺地域も砲撃を浴びる中、炎上する複数の住宅のうち、どれを優先するか、誰を最初に救助するか、その一方で何キロも離れた工場での火災にどう対応するかを判断しなければならない。
ウクライナの都市ハリコフにある消防署を率いるロマン・カチャノフ署長は、ロイターに対し、「6、7棟の集合住宅が同時に燃えていて、救助すべき住民がどこにいるか分からず、緊急車両も3台しかないとする。こうなると、どこに隊員を投入する必要があるかという判断は、まさに運頼みのくじ引きのようなものだ」と語った。
同時に多数の火災に対応し、部下たちへの命令を迅速に変更するという難題について、カチャノフ署長は「臨機応変に(対応を)変える必要がある。こだわっていては状況が悪化する」と語る。
同署長はさらに、「イラクやアフガニスタンの環境と似ている。状況が把握できない。ある場所が爆撃を受けたからといって、再度の爆撃がないとは限らない」と言葉を続けた。
ウクライナ北東部、ロシア国境に近いハリコフは、小康状態だった6月を除き、過去半年間、ほぼ毎日のようにロケット弾や砲弾の雨にさらされてきた。
2月24日に「特別軍事作戦」と称してウクライナ侵攻を開始したロシアは、意図的に民間人を標的としているというウクライナ政府の非難を否定している。
<家族を抱きしめたい>
ウクライナ非常事態庁でハリコフ州を担当するエフゲニー・バシレンコ報道官は、消防士らが砲撃の最中に、あるいは砲撃が繰り返される中で消火活動を行わざるをえなくなっていると述べている。消防士は最近ではヘルメットと防弾ベストを着用しており、装備の重量は平時に比べて約20キロ増えているという。
「開戦の前後で、消火活動は大きく変わった」とバシレンコ報道官は言う。
バシレンコ報道官は8月初めの声明の中で、開戦以来、ハリコフ州の消防士は、砲撃の結果として生じた1700件の火災に対応したと明らかにした。
同州の消防士には、3人の死者、約30人の負傷者が出ているという。
消防士には戦火のリスクに対する追加手当が支給され、多少なりとも休憩を確保できるよう、勤務シフトのパターンも再編された。2月以前と同じように、出動の合間には訓練や運動に励み、トランプに興じ、家族や恋人に電話し、あるいはひたすら睡眠を取る。
侵攻開始から数カ月を経て、そうした休憩だけでは十分ではなくなっている。カチャノフ署長は「精神的にも肉体的にも消耗している」と話す。
33歳のカチャノフ署長にとって、この仕事で最悪なのは、死亡した子どもや両親を失った子どもを目にすることだという。
「子どもの遺体を見るのは嫌なものだ。涙ぐまずにはいられない」
これまでには考えられなかったような体験をしている、とカチャノフ署長は言う。彼はそうした体験の1つを思い起こす。「何歳くらいの男の子だったか、たぶん8─9歳かな、爆弾の破片か何かが当たったようだが、本人はまったく問題なかった。しかし母親も父親も死亡しており、彼は泣き叫んでいた」
署長自身の娘、7歳のビオレッタちゃんは妻マリナさんとともにドイツにいる。「素晴らしい家族に受け入れてもらい、何も問題はない。2人が安全な場所にいるのは嬉しい」
あまりにも多忙で、物事を考える暇のない、あるいは妻からの電話に応じられない日も多い。だが、寂しさはこたえる。
「仕事が終わって寝ようとするときは、いつもだ」とカチャノフ署長は語る。「2人を抱きしめたい。以前は毎晩、娘にお話をしてやったものだ」
ドイツでの妻子の滞在先は、プールまで備えた「素晴らしい家」だとカチャノフ署長は話す。ビオレッタちゃんにはこう言い聞かせた。「そちらでの生活を楽しみなさい。そして、楽しんでいる間はパパのことは忘れていいから。ただ楽しんで、パパに話を聞かせてくれ。今もこうして話ができるのだから、何も心配はない」
(Leah Millis記者、翻訳:エァクレーレン)
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