田巻 一彦
[東京 20日 ロイター] 原子力発電との決別が、日本の政界地図を塗り替える大きな軸として浮上しそうな様相になってきた。東京電力9501.T福島第1原発の大惨事にもかかわらず原発依存を捨てきれない政府に対し、地方の首長からは「脱原発」の声が上がり、永田町では超党派で「グリーン・アライアンス(緑の同盟)」を組む動きも出始めた。
東日本大震災後、機能低下と閉塞感の強まりを感じさせる日本の政界が、エネルギー政策をめぐって活性化するなら、マーケットも評価するだろう。ただ、脱原発政策は進め方を誤ると、日本経済の活力をそぎ、空洞化をさらに促す劇薬にもなる。その効果を最大にし、副作用を最小限に抑えるマイルストーン(工程表)作りが欠かせない。
<河野氏は3.11で原発神話の呪縛解けたと指摘>
東京電力9501.T福島第1原発の事故をきっかけに、永田町よりも先に、地方自治体では原発の安全性への疑念が急速に広がっている。海江田万里経済産業相は18日、電力各社の原発事故に対する安全対策は「適切に実施されている」と評価し、停止中の原発再稼働を急ぐよう促した。しかし、地方自治体は厳しい目を向けている。大阪府の橋下徹知事は同日、「無責任だ。経産省のみなさんを強制的に原発の周りに住ませたらいい」と経産省の判断を批判。関西電力9503.Tの筆頭株主である大阪市の平松邦夫市長は20日、関西電力の八木誠社長に対して脱原発が必要だとの考え方を示した。山形県の吉村美栄子知事も20日の会見で「将来的に脱原発に向かうべきだ」と語った。東電事故と同様な惨事で想定される住民生活への被害について、永田町や霞が関の認識よりもはるかに深刻な危機感を感じているゆえの発言だろう。
脱原発論者で知られる河野太郎・自民党衆議院議員は20日、「ロイター日本再生サミット」に参加、東電の事故で原発は絶対に安全であるという神話の「呪縛が解けた」と指摘した。エネルギー政策に対する世論の考え方が大きく転換したとの見方だ。河野氏は、民主党に政権を奪われるまで原発政策を推進してきた自民党内で、原発反対を主張してきた「異端」の人物。その河野氏が大震災後に立ち上げた同党のエネルギー政策議連には、約50人が集まったという。世論の動向に敏感な議員の心理、さらには自民党の党内世論に変化が出ている証とは言えないだろうか。
<政界再編の軸になり得るエネルギー政策>
政権の延命に執念を燃やす菅首相。政界の一部には、首相が最近は「脱原発」をテコに政権運営の長期化を図ろうとしているのではないかとの思惑がささやかれている。ロイターサミットでの質疑で、もし、菅首相が脱原発を争点に衆院を解散した場合はどうするのかとの質問に対し、河野氏は「菅抜き」が前提だとした上で、「自民、民主の中でグリーン・パーティというか、グリーン・アライアンス(緑の同盟)のようなものができて、エネルギー政策を転換するグループができるのではないか」との見方を示した。エネルギー政策を共有する候補には、ポスターに緑のマークを張り、他の候補との差別化を図るというアイデアを示している議員もいるという。
大震災後、世の中の目は内向きになりがちだが、世界経済は3つの要素で大きく変化しようとしている。1つはソブリン(国債)の信認であり、あとの2つは食料とエネルギーの需給バランスが不透明になっていることだと整理できる。中でもエネルギー分野では、新興国の成長と需要拡大で石油価格が上昇基調にある中で、日本の原発問題が発生し、さらに石油需給がひっ迫してきたという問題がある。エネルギー政策の基本を決めずに、日本経済の成長戦略を明確に描くことはできない。原発の再開を自治体の判断任せにしているかのように見せている現在の政策は、不透明感を強める方向に働いていると指摘したい。
<原発めぐる活発な議論が不可欠>
では、どうするべきか──。私は脱原発の道が可能であるかどうか、徹底した議論を展開することが国民の理解を深める上で重要だと考える。今日のロイターサミットでの質疑で、河野氏は複数の情報源から政府は原子炉ごとのリスクをデータとして持っており、それによれば、中部電力9502.T浜岡原発の原子炉データは他の原子炉に比べリスク量が1ケタ大きかったと述べた。政府は原発の安全性のデータを広く国民全体の前に公開し議論を深めるべきだ。一方、脱原発を主張するグループや河野氏のような政治家も、脱原発計画の実現が可能であることを具体的なデータを使って説明するべきだろう。
河野氏は、2050年までに段階的に原発を廃炉にし、節電や再生可能エネルギーなどの比重を高める枠組みの重要性を強調したが、具体的なマイルストーンを設定し、実現可能であることをもっとわかりやすく説明したほうがいいと思う。現行の原発政策を継続して発生する事故のリスクや放射能被害の程度、損害額と比較して、脱原発政策を実施した場合の電気代などのコスト増加分が、国民にとって甘受できる範囲なら、脱原発を支持する声が広がるだろう。その意味で脱原発を訴える政治家の意見がこれまで以上に取り上げられ、対立する意見との間で論戦が活発化すれば、エネルギー政策の将来を国民が判断する材料が増えることになる。また、大震災後に機能低下が指摘されている政界の再活性化という意味でも、エネルギー政策をめぐる明確な政策軸の設定はプラス面が大きいだろう。
<不透明な政策継続なら、一段の空洞化も>
もし、今のようなエネルギー政策の不透明さが継続すれば、日本の製造業が生産拠点を国内から海外に移す勢いが加速しかねない。製造業の日本脱出が増加すれば、国内の雇用減を起点にした日本経済衰退の流れは、止められなくなるリスクが高まる。「グリーン・アライアンス」がこの沈滞したムードを一層する力を持つなら、私は国民世論が大きく動く可能性があると予想する。多くの市場関係者が政界の機能不全をリスク要因として意識している今、河野氏が意見に大きな隔たりがないと指摘した民主党の馬淵澄夫・首相補佐官、長島昭久・前防衛政務官、細野豪志・首相補佐官らの世代が、新しい政治の流れを作ることができるのかが大きな分岐点になると指摘したい。
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