for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up

コラム:デフレ脱却で始まる「アベノミクス現実相場」=武者陵司氏

[東京 12日] - 円安・株高の勢いがいまひとつ戻ってこないことを受けて、アベノミクスの前途を不安視する見方が再び強まっているように思える。成長戦略や日銀追加緩和への過度な期待はその裏返しだろう。

 6月12日、武者リサーチの武者陵司代表は、デフレ脱却宣言は時間の問題であり、年末に向けてドル110円・日経平均2万円を目指すアベノミクス現実相場が始まると予想。提供写真(2014年 ロイター)

しかし、ファンダメンタルズに表れている様々な好材料は、安倍政権や黒田日銀のここまでの施策が奏功し、いずれ市場心理が劇的に好転する可能性を強く示唆している。筆者は、年末にかけてドル110円程度まで円安が再加速し、日本株(日経平均株価)は1万8000円から2万円に到達する可能性が高いとみている。

2012年11月から13年5月までの円安・株高相場を「アベノミクス期待相場」と名づけるならば、今後始まるのはファンダメンタルズの改善を織り込む「アベノミクス現実相場」と言えよう。その意味で、ここからしばらくは「絶好の仕込み場」となりそうだ。

<デフレ脱却宣言は時間の問題>

そもそも、デフレ脱却を示唆する証拠は続出している。第一に、大企業で16年ぶりの月額7000円台、2.4%という高水準の賃上げ(定期昇給とベースアップの合計)が進行しており、ボーナス分まで含めると、3%の消費税率引き上げ分を上回る所得増が見込めそうな気配だ。

消費者物価も上昇基調を続けている。値動きの大きい「生鮮食品を除く総合」は4月、前年同月比で3.2%上昇。日銀が試算する消費増税影響分(1.7ポイント)を除いても、上昇率は1.5%程度に達した計算だ。東大物価指数では、消費税率引き上げ分を上回る物価上昇が起きていたことも確認できる。デフレの原因として長らく指摘されてきた価格の上方硬直性(デフレ継続予想のもとで価格を抑え込む傾向)がついに解消されつつあることが分かる。

また、インフレと賃金に大きく影響する需給ギャップは、政府・日銀それぞれの試算で大幅に改善し、リーマンショック前の水準に近づきつつある。有効求人倍率はすでに06年7月以来の高水準である1.08倍(4月)まで上昇している。

加えて、デフレの最大の原因だった超円高が大きく修正され、再び過度の円高状態に戻る気配はない。中銀の貨幣発行速度、貿易収支、実質長期金利といった為替水準を決定する主要因のいずれもが完璧に円安ベクトルでそろっている。

悲観論者はいまだに日銀の「2%インフレ目標」達成に疑問を呈しているようだが、これらの証拠を見れば、「デフレ脱却宣言」はもはや時間の問題と言ってよいだろう。

<賃上げの好循環スタートへ>

では、デフレ下とデフレ後で、日本経済をとりまく景色はどのように変わるのだろうか。劇的な変化、言い換えればデフレ脱却後の「成長のけん引役」は主に二つ存在すると考える。

ひとつは、日本企業のグローバル展開確立による付加価値創造。もうひとつは、ライフスタイル向上がもたらす豊かな国内需要の創造である。後者は、労働分配率の上昇と実質賃金の増加が推進役となる。そして需要創造の先には、これまで国内に閉じこもっていたサービス産業の中からもグローバルな競争力を持つセクターが多数育つ可能性がある。観光業などはその代表例となろう。

振り返れば、これまでのデフレ下における最大の被害者は労働者とサービス産業だった。持続的な物価下落は労働者への所得配分、サービス産業に対する資源配分を著しく損ね、需要を抑制し続けたのである。

先進主要国の賃金・物価・生産性の推移を比較すれば、デフレに陥った1997年以降の日本の異常性は一目瞭然だ。海外の常識に照らせば、物価上昇率よりも賃金上昇率は大きく(生活水準の向上)、生産性の伸びよりも賃金上昇率が大きくなる(単位労働コストの上昇)はずなのに、日本では97年頃を境にすべてが逆さまになっている。労働生産性は伸びているのに、賃金は下落を続け、またその下落率は物価の落ち込みよりも大きい。

もとよりその最大の理由は、デフレ下で売価とコストの持続的な引き下げを余儀なくされた企業が労働者にしわ寄せをしたことだ。そして、その背景には、売価下落の引き金を引いた超円高があった。

だが今、この景色が一変しつつある。前述したように、円安基調は根付き、需給ギャップは改善し、労働市場も急速にタイト化している。インフレに転じていく環境下で、企業が着実に値上げを実現するためには、優良な労働力を確保することによってクオリティの高いサービスや商品を提供する必要がある。そのためには、ふさわしい対価を労働者に支払わなければならない。

デフレ下での勝負は「どれだけ売価・コストそして労働者報酬を下げるか」だった。したがって、ブラック企業がはびこったが、インフレ下での勝負は「いかに賢く売価を上げていくか」であり、労働者報酬引き上げによる優良労働の確保はより付加価値の高い商品提供のために必須となる。このようにデフレからインフレにシフトすれば、労働市場に対する経営者のビヘイビアが180度変わることは目に見えている。

ちなみに、長年に及ぶデフレ経済において日本の労働者は決して「無意味な被害者」ではなかったと言いたい。20年前と比較した、日本企業のビジネスモデルの転換ぶりは驚嘆に値する。特に製造業は、国内の低コスト生産・輸出モデルから、グローバルサプライチェーン確立による現地生産・販売マーケティングモデルにシフトした。言うなれば、日本の労働者は実質賃金低下を受け入れることで、企業の将来価値創造に向けたビジネスモデル転換コストの一部を負担したのである。

いまや日本企業の収益性は過去最高水準にある。再び労働分配率を引き上げて、労働者に対する所得配分を高めることが可能な状況に来ている。

<成長戦略の正しい姿>

もう一つ、デフレ後の経済で期待を持てるのがサービス産業の再生だ。前述したように、サービス産業は労働者と並ぶデフレの大きな被害者だった。

そもそも、日本の国内総生産(GDP)の7割は内需であり、その大半はサービス産業である。労働者報酬引き下げに伴う購買力低下は、サービス産業にこそ大きな打撃を与えた。

よくデフレの震源地として「ユニクロ」などの製造小売業が躍進した衣料品や、国際競争が激しい家電・自動車などが指摘されるが、そうした分野は実は他国でも価格下落に見舞われている。日本の特殊性は、教育、娯楽、交通、住宅、医療といった内需系サービス分野においてデフレが深刻化したことである。

製造業の雇用が失われているのは洋の東西を問わないが、欧米では非製造業の雇用が着実に創造され続けている。一方、97年以降の日本ではそうした流れはまったく止まってしまった。それもそのはずで、サービス産業は製造業に比べて生産性向上が容易ではない。したがって、サービス産業に属する多くの企業が収益を伸ばすためには値段を上げるしかない。欧米でもサービス産業の雇用増加や価値創造の推進力は値上げであり、その結果として人々はより豊かなサービスを享受できている。それが先進国内需の中核部分である。

一部には、日本ではもう車やテレビはさほど売れないから、需要増にあまり期待しないほうがいいといった悲観論が聞かれるが、もともとそうした分野に成長の起爆剤を求める必要はない。よりレベルの高い教育や娯楽、介護といった、要するに「クオリティ・オブ・ライフ」を高めてくれるような分野にこそ有望な需要はある。

政府に必要なことは、そうしたクオリティ・オブ・ライフの実現のために、需要と供給のミスマッチを解消してあげることだ。モノはもうそれほどいらないと言っている人に、同じモノを押しつけても何も生まれない。必要とされる分野へと資源の再配分を促すことこそが正しい成長戦略の姿である。

*武者陵司氏は、武者リサーチ代表。1973年横浜国立大学経済学部卒業後、大和証券に入社。87年まで企業調査アナリストとして、繊維・建設・不動産・自動車・電機エレクトロニクスなどを担当。その後、大和総研アメリカのチーフアナリスト、大和総研の企業調査第二部長などを経て、97年ドイツ証券入社。調査部長兼チーフストラテジスト、副会長兼チーフ・インベストメント・アドバイザーを歴任。2009年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up