[10日 ロイター] - オバマ米大統領が演説を通じ、シリア領内の「イスラム国」に対する攻撃を表明することで、米国民は紛争に巻き込まれることを覚悟するだろう。しかし、出口戦略を一体どうするかの方が実際には問題だ。
米国民のオバマ大統領に対する支持率は、危険水域にまで落ち込んでいる。オバマ大統領は2008年、ブッシュ前大統領より思慮深く、無謀ではない指導者として政権に就いた。ただ、米国民はブッシュ氏の決断力や断固たる姿勢は常に高く評価していた。それはオバマ大統領には見当たらない資質であり、米国民が今まさに求めているものでもある。
米国民はオバマ大統領を、善意はあるが無力な指導者だとみなしている。経済でも、移民政策でも、気候変動問題でも結果を出していないからだ。無力な軍最高司令官というのは国民にとって受け入れ難い存在だ。
オバマ大統領は、自身を分別ある人物としてアピールする。しかし、イスラム国のような過激派組織は、話せばわかる相手ではない。米国民の9割以上は現在、米国の重大利益にとって脅威だとみなしている。
約1年前、化学兵器使用が疑われたシリアのアサド政権に対する空爆に対し、米国民は3対1以上の割合で反対していた。今は武力行使を4対1の割合で支持している。形勢は完全に逆転した。
イスラム国は、1年前にはほとんど警戒さえされていなかった。それが今では、シリアとイラクの広大な地域を支配下に置いている。米国人ジャーナリスト2人が殺害される陰惨な映像が公開されたことで米世論は変化し、イスラム国を武力によって排除すべき狂信的集団とみなすようになった。
米国民の間には確かに、イラクとアフガニスタンでの約10年に及ぶ戦争で厭戦気分がある。それ故に、イスラム国の残虐性に対する憎悪はある一方で、米軍地上部隊の派遣には反対している。オバマ大統領も地上部隊の派遣は一切しないとしている。米国民は、空爆や米情報機関による支援、現地民兵への軍事支援には賛成なのだ。
問題は中東の政治状況だ。中東は、宗派戦争の動乱のさなかにある。イスラム教スンニ派とシーア派の間だけでなく、双方の穏健派と急進派の間にも対立がある。一部の国(シリアやイラク)は内戦状態で、他の国(イランやサウジアラビア)は国際紛争の火種を抱える。一部地域のテロリスト集団(アルカイダ、ヒズボラ、ハマス)は、別の場所の不安定化要因となっている。その複雑さは気が遠くなるほどだ。
イラクをめぐっては、少数派であるスン二派から不信感を持たれているシーア派中心の新政権を米国は支持している。シリアでは、米国はこれまでアサド政権の退陣を要求してきた。しかし、今の米国の目標は、アサド政権の敵対勢力でもあるイスラム国の掃討だ。スン二派の過激派組織であるイスラム国と戦うことは、シーア派のイランとヒズボラと同じ側につくことにもなる。しかし、イランもヒズボラも、米国とイスラエルにとっては敵だ。
イランと同じ側に回ることは、イスラム世界でスンニ派の盟主であるサウジアラビアの反感を買うリスクもある。米政府はイスラム掃討でサウジの協力を求めているが、サウジ国民の間には、イスラム国への共感も大きい。
米国の同盟国であるトルコも難しい立場に置かれている。イスラム国はイラクでトルコ人外交官ら49人を人質として拘束している。トルコ政府は、米国を支援すれば人質が危険にさらされる可能性があり、そうなれば国民の怒りを買うことを危惧している。
イラクで米政府は、イスラム国と戦うクルド人民兵組織に武器を供与している。ただクルド人は、米国が支持するイラク政府を信用しておらず、クルド国家の樹立を望んでいる。国内に反政府的なクルド人を多く抱えるトルコは、クルド国家の樹立を深刻な脅威をみなすだろう。
さらに、米国は、イラクとシリアでのイスラム国との戦いで、穏健派スンニ派を取り込もうとしている。しかし、イラクのスンニ派の多くは、シーア派を偏重する旧マリキ政権を支持した米国には裏切られたと感じている。
こうした状況で、われわれの味方は一体誰なのだろうか。イスラム国との戦いで彼らを信用することはできるのだろうか。これはまさに、米国民が我慢できない政治的混迷状態だ。
米国民は、明確な軍事的勝利を求める。つまりそれは、イスラム国を倒して国に帰ってくるということだ。ただベトナムやイラクで苦労して学んだように、米国民は、信頼できない外国の同盟国に依存することは望んでおらず、他国の内戦に巻き込まれることも望んでいない。
だからこそ、米議員の多くは、オバマ大統領が自分たちに決議を委ねることを求めていないのだ。
中間選挙を約2カ月後に控える今、民主党議員は、戦争反対派から反感を買うリスクを冒したくない。共和党議員は、オバマ大統領の望み通りにしたと見られるのは避けたい。両党とも、武力行使に賛成票を投じた場合の結果責任を恐れている。
米国民はイスラム国に怒りを向けているが、怒りに任せて武力行使に踏み切るのは賢明ではない。オバマ大統領は2週間前、イスラム国への対応に「戦略はまだ持っていない」とショッキングな告白をした。果たして今は持っているのだろうか。
*筆者は第一線で活躍する政治アナリストで、ジョージ・メイソン大学で公共政策学の教授を務める。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
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