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コラム:スイスショックの「意外な余波」=高島修氏

[東京 30日] - 目まぐるしく変転する為替相場ではすでに旧聞に属する話題といっていいが、今回はその実像が正しく理解されていないスイスフランショック問題を取り上げたい。日銀金融政策との比較をめぐって誤解があるほか、為替市場への意外な余波が今後予想されるからだ。

 1月30日、 シティグループ証券・チーフFXストラテジストの高島修氏は、スイス中銀による事実上のユーロペッグ制解除の影響について、日銀金融政策との比較で誤解があるほか、市場への意外な余波が予想されると指摘。提供写真(2015年 ロイター)

周知の通り、スイス国立銀行(中銀、SNB)は1月15日、2011年9月から1ユーロ=1.2スイスフランとしてきたフランの上限レートを撤廃(事実上のユーロペッグ制を解除)すると発表した。対ユーロ相場は一時0.85台へと急騰し、現在も1.0台前半で推移中。対米ドルでは1.02台から一時0.74台へ高騰し、現在は0.9台までは値を戻した。発表直後、スイスフランの上昇率は一時3―4割に達した。

通貨の歴史を振り返ると、通貨ペッグ制が売り崩された例は枚挙にいとまがない。最近の例で言えば、2002年のアルゼンチンのカレンシーボード制崩壊がある(対米ドル下落率は半年ほどで7割超)。

また、1997年のアジア通貨危機ではタイバーツなどが米ドルペッグ制度を放棄(バーツの対米ドル下落率は半年ほどで5割超)。92年欧州通貨危機の時は英ポンドやイタリアリラが欧州為替レートメカニズム(ERM)離脱を余儀なくされた(英ポンドの対独マルク下落率は半年ほどで約15%)。71年のニクソンショック(金ドル交換停止)とスミソニアン合意も、45年ブレトンウッズ体制以降の米ドルの金平価を切り下げるものだった(平価切り下げ率7.89%)。

一方、通貨切り上げ方向でのペッグ制崩壊は、アルゼンチンと同じカレンシーボード制を持つ香港が現在まで通貨制度を維持していることに象徴的なように、極めて稀である。近年で言うと、2005年7月の人民元切り上げが例示できるぐらいであろうか(対米ドルの切り上げ率は約2%)。

こう考えると、1月のSNBのユーロペッグ解除、一日で3割を超えたスイスフラン暴騰は、現代の通貨史の中でも歴史的な出来事である。オプション市場では、期間1週間のユーロスイスのボラティリティが40%台に達し、スイス株式市場の下落率が一時15%に及んだのもやむないことだろう。

<根拠なき日銀とSNBの同列比較>

そのような「暴挙」にSNBが訴えたのはなぜだろうか。欧州中銀(ECB)の量的緩和導入やギリシャ総選挙を前にSNBが経済規模比で8割を超える外貨準備膨張に耐えられなくなったとの見方が市場では有力だ。

ただ、今思えば、昨年11月の金保有に関する国民投票が行われることになった際に、今回のペッグ放棄のリスクを予期すべきであったと思う。その時に筆者がそのリスクを的確に指摘できたわけではないが、今となってみれば、それほどまでにSNBの外準膨張政策に対するスイス国民の不安が強まっていたことのあらわれだったからだ。

日銀が主に日本国債という、自国政府が発行した自国通貨建て資産を主体にバランスシートを膨張させているのに対して、SNBは主にユーロ建て資産など海外資産の保有が増加し、しかもユーロ圏は構造問題から景気不振や政治・外交的混乱が続いている。その結果、SNBの緩和策にもかかわらず、ユーロ安フラン高の抜本的な解決が展望できず、底なし沼の様相を呈していた。それもスイス国民の不安を煽ることにつながったものと思われる。これが今回のSNBショックの底流に横たわる根源的な問題なのだろう。

逆に、自国資産でバランスシート膨張政策をとる日銀の場合、SNBが経験したような社会的・政治的逆風には直面しにくいはずだ。昨年末、国内総生産(GDP)比6割ほどだった日銀のバランスシート残高は来年中に9割に達することが予想される。市場では、早速、SNBと同じ基準(GDP8割)をもって、日銀の資産買い入れが難しくなるという指摘も聞かれる。

現に、この数カ月ほぼ一貫して金利低下基調を辿ってきた円債市場は今月半ばから不安定化し、突然、金利が上昇するような場面が目につくようになった。だが、SNBと日銀を同じ基準で比較し、何らかの相場展望を得ようとするのは、SNBと日銀が買い入れる資産の質の違いを考慮しない、全く根拠のない考察だろう。

だから、円債ロング、円ショートが妥当な投資戦略だと言いたいわけではないが、現段階で、過度に現在の日銀の政策に対して懐疑的になる必要はないと思う。むしろ、筆者の考えでは、財務省出身の黒田総裁率いる日銀は2017年に延期された消費再増税を強く意識した金融政策を行う公算が高い。その頃には、日銀のバランスシート残高がGDP比100%を超えることになるかもしれないが、2018年頃までは緩和策は長期化し、その間にさらなる緩和強化策が打ち出される可能性さえあるかもしれない。

注意しなければならないのは、SNBが直面したように、日銀の金融緩和策に対して、国民的な不満が高まることである。SNBが果敢な為替介入政策と金融緩和策を行ったにもかかわらず、ユーロの構造問題からユーロ安スイスフラン高トレンドを抜本的に是正することができなかったのとは対照的に、日銀の量的質的緩和は当初予想された以上に円安と株高を招くなど、現在までのところ、市場における効果は目に見えて顕在化している。

原油安もあって、日銀が2%のインフレ目標の達成時期を事実上、2016年度に先送りするような現状では、非現実的な想定ではあるが、将来、輸入インフレ圧力の高まりなどを受けて、物価高が国民生活を明確に窮乏化させるようなことになった場合に、そうした国民的な議論が高まり始めるリスクが浮上するのかもしれない。いずれにせよ、SNBとは異なって、バランスシート膨張そのものが、日銀が現在の政策を続けるにあたっての制約要件となることはなかろう。

<ユーロ以外の通貨への影響は>

ところで、SNBのユーロペッグ制放棄は、為替市場に意外な変化をもたらすかもしれない。SNBのスイスフラン売り、ユーロ買いが減少することで、1)スイスフランは本来のファンダメンタルズバリューに向けた価格正常化の動きを受けて小高く推移し、2)一方でSNB介入という需給面でのサポートを失ったユーロ相場は従来以上に値崩れしやすくなるというのが基本的な考え方だ。

だが、やや複雑なことに、これまでSNBは為替介入で購入したユーロを外貨準備多様化のために売って、米ドルや英ポンドなどを購入していたと言われる。そこには円や加ドル、豪ドル、NZドルなども含まれていたと見られている。今後、SNBの為替介入が止まるということは、外貨準備多様化に伴うユーロ売り米ドル買いなどが減少するということだ。

もちろん、市場規模の大きいユーロドルやドル円、英ポンドなどでその影響が目立って顕在化することはないと思う。だが、市場規模がより小さい加ドルや豪ドル、NZドルなどでは、その影響は目立ちやすくなるかもしれない。

昨年12月半ば以降、原油など資源価格の下落が続く中でも、ECBの量的緩和策に対する思惑を背景にユーロ相場は対豪ドルで急速に下落してきた。だが、1月下旬に下げ止まったあと、このところは急速に値を戻し始めた。このユーロ高・豪ドル安は、米ドル買いの主な対象がユーロ売りから豪ドルなど資源国通貨売りに変化し始めた前兆のようにも見える。SNBの為替介入と外貨準備多様化が減少することの影響が出てきているのかもしれない。

*高島修氏は、シティグループ証券のチーフFXストラテジスト。1992年に三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入行し、2004年以降はチーフアナリスト。2010年シティバンク銀行入行、チーフFXストラテジストに。2013年5月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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