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コラム:市場ロジック急変リスク、世界的に株・金利の変動幅拡大へ=藤戸則弘氏

[東京 10日] - 米国の長期金利がボラタイルな展開を見せている。年初から米10年国債利回りが3.479%のピークを付けた6月14日までは「高インフレ─米連邦準備理事会(FRB)の強い引き締め策─長期金利上昇─株安」の構図が市場で支配的だった。

 米国の長期金利がボラタイルな展開を見せている。藤戸則弘氏のコラム。写真は米ドル、ユーロ、スイスフラン、英ポンド。2011年1月撮影(2022年 ロイター/Kacper Pempel)

事前予測(ブルームバーグ集計、以下同)を上回った5月消費者物価指数(CPI)が発表されたのは6月10日だったが、まさに「高インフレ─引き締め策強化」が長期金利を急上昇させるトリガーになっていた。

<米景気後退懸念と長期金利低下>

ところが、6月下旬以降の長期金利は低下傾向に転じ、8月2日には一時2.514%まで下がる局面があった。まさに、6月ピークからは1%近い急低下である。

背景にあるのは、米景況感の急速な悪化である。S&Pグローバルの7月購買担当者景気指数(PMI)総合指数は47.7と、コロナショックの影響が深刻だった2020年5月以来の低水準に落ち込んだ。

また、4─6月期実質国内総生産(GDP)成長率は、前期比年率マイナス0.9%と事前予測の0.4%を大幅に下回った。1─3月期がマイナス1.6%であったため、多くの国がリセッション(景気後退)の定義としている「2四半期連続の実質マイナス成長」に当てはまることになった。

雇用が強く、真正のリセッションとは言い難いが、投資家にリセッションは概念上のものではなく、リアル・リスクとして意識されるようになった。

一方、FRBは最大の命題が「高インフレの抑制」であり、大幅利上げとQT(バランスシート圧縮)の強い引き締め策を継続している。7月の米連邦公開市場委員会(FOMC)でも0.75%の大幅利上げを実施したが、パウエルFRB議長は「次の会合で異例に大幅な利上げを、もう一度行うことも適切となり得る」と表明している。

9月からはQTも950億ドルに拡大される予定で、FRBの強い引き締めスタンスには揺るぎがない。今後は、大幅利上げの累積効果とQTの併用で、米国経済にとっては一段の抑圧要因になる可能性が高い。つまり、年初から6月14日までの「ロジック」は「高インフレ─強い引き締め─景気後退懸念─長期金利低下」へと大きく変容したと思われる。

<米実質長期金利と連動する株価の方向性>

この長期金利の変化は、株価にも大きなインパクトを与えた。株価は無数の要素を反映しているが、特に大きなウェイトを占めるのが金利体系と企業業績である。

株式をはじめとするリスク・アセットへの影響が大きな米10年国債利回りの実質金利(物価を勘案した利回り)は、コロナショックにより2020年春から今春まで延々とマイナス金利を継続していた。昨年11月のボトムにはマイナス1.253%に達し、膨大な過剰流動性と相まって空前の「金融相場」を演出してきた。

割高なグロース銘柄で構成されるナスダック総合指数が、昨年11月に史上最高値1万6212ポイントをマークしたのは、まさに「金融相場」の象徴と言えるだろう。

ところが、実質長期金利は今春以降に騰勢を強め、まさに6月14日にはピーク0.877%とボトムから2%超の大幅上昇となった。ナスダック総合指数のボトムは6月16日の1万0565ポイントであり、史上最高値から約35%の急落となった。S&P500種指数も、1月4日高値4818ポイントから6月17日安値3636ポイントまで2割を超える下落で、米株相場の調整色は深まった。

しかし、米実質長期金利は6月後半以降に低下傾向を強め、8月2日には0.025%と再びゼロに接近する局面があった。まさに「強い引き締め策─景気後退懸念─長期金利低下─株高」へと市場「ロジック」が急転換したことによる反発と解釈できよう。

特に「配当利回り株」の性格が強いS&P500種の「公益事業」セクターは、6月17日安値324.6ポイントから8月9日高値382.2ポイントまで17.7%の上昇を見せている。普段は地味なセクターだが、まさに長期金利の急低下を反映した動きと言えるだろう。

割高感から大幅調整を余儀なくされたナスダック総合指数も、6月安値から8月8日高値1万2855ポイントまで2割以上の反発を見せている。

また、4─6月期の米企業決算は「景気減速─業績下方修正」を想定して身構えていた投資家にとっては、「健闘している」と評価しても良い企業が少なくなかった。特に、時価総額の巨大なIT企業の決算が、高ブランド力・高い競争力、クラウドの成長継続等が確認され、厳しい環境下でも「底力」を見せた決算だったことも投資家マインドを好転させたようだ。上半期末は暗いウォール街だったが、久々に明るさを取り戻している。

ただし、注意を要するのは、市場を取り巻く「ロジック」は急変する傾向が強いことだ。「6月14日」を起点としたような変容は、今後も続く可能性が高いと思われる。なぜならば、長期投資を前提とした実需筋以外に、ヘッジファンドの迅速な売買・ポジション変更が大きく市場変動率を高める傾向にあるためだ。

長期金利や株価の急変動にしても、実体経済の変化を反映した要素以外に、「長期金利上昇─株安」にベットしていた投機筋のアンワインド(ポジション巻き戻し)の性格が強いように思える。したがって、長期金利や株価の大勢トレンドが転換したと看なすのは、時期尚早の感を拭い難い。

<FRB幹部が楽観論けん制>

興味深いのは、市場で楽観論が広がり、一部では「来年早々にも利下げ」の見解が出たことに対して、FRBが強い警告を発したことだ。クリーブランド連銀のメスター総裁は「FRBはインフレ抑制にコミットしており、政策金利は4%を少し上回る必要がある」と述べ、早期利下げ論を一蹴した。

また、サンフランシスコ連銀のデーリー総裁も「市場の楽観論には困惑させられる。データのどこを見ているのか分からない」と、シニカルな批判を行った。他の地区連銀総裁、理事を含めて、市場の楽観論に対してブレーキを掛けた気配が濃厚である。おそらく、9月FOMCでもパウエル議長が述べているように、0.75%の利上げになる可能性が高いように思える。

7月雇用統計も非常に強い内容だった。非農業部門雇用者数52.8万人増、失業率3.5%のヘッドラインも予想を上回ったが、より注目すべきは平均時給が前月比0.5%増・前年比5.2%増と高水準の伸びを維持していることだ。また、週平均労働時間も34.6時間で、雇用の逼迫は続いていると見るべきだろう。

新規失業保険申請件数や労働省の労働動態調査では、一時の超過熱からは若干鈍化も見られる。しかし、金融政策を緩めるような影響を及ぼす内容とは到底思えず、むしろ「賃金インフレ」によるサービス価格の上昇が懸念される状況である。

世界的な景気減速を反映したコモディティ価格の軟化によって、消費者物価指数(CPI)総合指数が下落しても、なおコアCPIは高水準を持続する可能性が濃厚だ。パウエル議長が指摘する「インフレピークアウトの明白な証拠」の獲得には、相当な時間を要すると思われる。つまり、今後の市場でも、長期金利、株価ともに大きな変化が起こり得ることを念頭に置くべきであろう。

<不透明な中国・欧州の経済動向>

視点を世界に転じても不透明感は強く、リスク要素は依然残ったままだ。中国の4─6月期実質GDP成長率は、前年比プラス0.4%・前期比マイナス2.6%に落ち込んだが、その後の回復も緩慢である。7月の製造業PMI(国家統計局ベース)は49.0と再び50割れで、恒大集団に始まった大手不動産企業の債務問題は広範囲に拡大し、「不動産バブル崩壊」の様相を帯びつつある。

足元ではコロナ感染者の増加も見られ、最悪期は脱したものの、中国に大きな期待を抱くのは困難な情勢だ。また、ユーロ圏の7月総合PMIも49.9と50割れになったが、ロシアの天然ガス供給は「エネルギーを兵器」と看なすプーチン大統領の戦略によって大幅に絞られたままで、価格は高騰している。

欧州各国政府は「天然ガス節約」を呼びかけているが、そんな弥縫策が有効とは思えず、欧州中銀(ECB)は景気後退覚悟で引き締め策にまい進せざるを得ない状況だ。

こうした世界的な景気減速・後退懸念、金融引き締めの累積的効果は、グローバル企業の業績にも影響を及ぼす恐れが高いと思われる。米4─6月決算は健闘したと言えるが、SNS、小売関連、半導体、資本財の一角には景気減速の影響が明瞭となり、株価が大幅下落した銘柄も少なくなかった。足元でも、半導体企業の下方修正が目立っている。

つまり、銘柄間格差が拡大し、全面高の展開は想定し難いと見るべきだろう。おそらく、今後も世界的な不透明感・不確実性から、景況感や市場を支配する「ロジック」も急変を繰り返すことになろう。長期金利、株価も大きく変動する可能性が高く、下落局面の押し目買い、反発局面では利益確定売りを先行させる逆張りスタンスが有効と思われる。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載された内容です。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*藤戸則弘氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券 参与・チーフ投資ストラテジスト。1979年早稲田大学卒業。1999年に国際証券入社。その後、三菱証券、三菱UFJ証券、三菱UFJモルガン・スタンレー証券で投資情報部に在籍。2018年7月から現職。国際証券入社前、約20年にわたって生命保険会社で資産運用業務に従事し、ファンド・マネージャー、年金資金のポートフォリオ・マネ ージャー、企画担当を経験。バイ・サイドの視点による説得力のある分析には定評がある。

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