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コラム:来年の大幅賃上げは可能か、円安だけで実現しない物価目標=熊野英生氏

[東京 21日] - 上場企業の2022年9月中間決算は、当期利益ベースで好調だった。2022年3月期は、上場企業の3分の1が過去最高益を更新していた。だから、この中間決算はさらに過去最高益を上回る可能性が高い。

 11月21日、上場企業の2022年9月中間決算は、当期利益ベースで好調だった。都内で15日撮影(2022年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

中でも商社や海運の利益増が目立つ。これは資源高や海運市況の高騰が要因だろうが、円安の利益も大きい。円安のピークは、2回目の為替介入が行われた10月21日の151円台だった。9月は140円台前半となり、前年9月の110円前後に比べて3割の円安となる。外貨の円換算値が1.3倍になるということだ。

では、その利益増が賃上げ率をかさ上げするのだろうか。資本金10億円以上かつ従業員数1000人以上の民間主要企業を対象とした厚生労働省「民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況」では、2022年度の賃上げ率は2.20%(定期昇給を含む)と、前年(1.86%)を少し上回っている。それでも、コロナ前の2015年度2.38%や2018年度2.26%には及んでいない。

このデータは、連合集計の2022年度2.07%、2021年度1.78%という結果に近い。連合集計によると、中小企業は2022年度1.96%と少し低い。大手の賃上げ率は、マクロ賃金へと波及するときは2%からいくらか伸び率を低めて着地するのだろう。

<賃金の上方硬直性>

企業の利益が増えても、それが賃金上昇には必ずしもつながらない理由はどこにあるのだろうか。これは「古くて新しい問題」である。賃上げがかつてのように3─4%台で進めば、それに連動して家計所得は増える。企業が値上げをする前提になる家計の許容度は、賃上げによって高まる。

マクロ的には、賃上げ─企業の値上げ─企業収益増─賃上げと、ポジティブ・フィードバックが起こる。賃上げを拒んでいると、価格転嫁=値上げは容易でなくなり、企業収益は増えにくい。こちらは好循環ではなく、経済の悪循環だ。従来の悪循環を断ち切るチャンスが訪れていると、日銀をはじめ、政府の面々は注視していることだろう。

2022年度は、4月から消費者物価指数(CPI)が前年比2%を超えて、10月の総合は3.7%まで上がった。家計が実際に取引している総合(除く帰属家賃)のペースでは、前年比4.4%と強烈に上昇した。

今後、12月の総合は前年比4.0%まで高まり、除く帰属家賃は4.7%になる可能性がある。このデータは、企業が必要としている価格転嫁幅が4月以降により大きくなっていることを暗示している。

例えば、2022年3月のCPIでは、総合が1.2%(除く帰属家賃1.5%)だった。ここには携帯電話料金の下押し要因があったとしても、1.2%から3.7%と約半年でプラス2.5%ポイントもの価格押し上げ圧力が働いていることになる(携帯電話要因を除外してもプラス2.1%ポイント)。

ならば、2023年4月以降の賃上げ率は、前年の2.20%から4%強くらいまで大幅な引き上げを実行してもらわなくては、価格転嫁は順調に進まない。2000年代の賃上げ率の実績はどんなに頑張っても、前年度の伸び率からせいぜいプラス0.4%ポイントくらいしか上乗せされてこなかった。経営者が賃上げについて、前例踏襲で小幅な賃上げ率の上乗せで対処していては、価格転嫁が来年も今以上に難しくなるだろう。

連合は来年の春闘で前年比5%程度の賃上げ目標を掲げている。こうした労働側の姿勢を重視せず、再び2.2─2.5%程度の「ほふく前進」では不十分だと思える。来春は、何としても賃上げの上方硬直性を打ち破りたいものだ。

<2023年度の物価見通し>

仮に、賃上げが今年以上には進まず、CPIが専ら輸入物価の要因だけで伸びるとすれば、2023年度のCPI伸び率はどうなるだろうか。

筆者は、為替レートの変化だけで輸入物価が決まり、それが消費者物価を押し上げるモデルで考えてみた。2021年度のドル/円レートは平均112.3円だった。2022年度が137.8円となる(11月─2023年3月の想定は140円)。前年比で22.7%も円安要因で輸入物価が押し上げられる。

もしも、2023年度の為替レートの平均が137.8円以下であれば、CPIの伸び率はゼロ%以下になる。円安要因だけで上昇している物価は、2023年に円安が解消すれば上昇が消えてしまうことになる。

日銀は10月末の展望リポートで、2022年度のCPI(除く生鮮食品、コアCPI)の前年比を2.9%、2023年度を同1.6%と示した。2023年度の数字は、裏側で高い賃上げ率を想定していると考えられる。もしも、さらなる円安進行だけで1.6%の伸び率を達成するとすれば、2023年度平均で155円の為替レートを必要とする。

2023年度のCPIが1.6%の伸びにならなかった場合、日銀は賃上げの想定が狂ったからだと説明するつもりなのだろうか。

<物価とは何か>

2023年4月に新しい日銀総裁に交替する。その次期総裁は、どんな物価観を持つのであろうか。黒田総裁は、円安が日本経済を潤し、賃上げに波及してから物価を上げることをイメージしていた。

最近の黒田総裁は、賃上げによって物価上昇が促されていないことを指摘して「私のイメージした物価上昇ではない」と説明している。この説明は、円安効果の信奉者の期待を裏切るものだ。円安効果だけでは、賃上げを十分に促せないと発言しているも同然だからだ。

もしも、次の日銀総裁がしっかりした物価観を持っているのであれば、必ず黒田総裁の円安による物価上昇のシナリオを総括して、異なる政策運営を選択するだろう。

大規模な財政出動と低金利と円安をセットにしても、賃金は十分に上昇しない。企業経営者は、企業収益に基づくよりも、過去の延長線上でしか賃上げ率を引き上げようとしない。賃上げはマネタリーな要因ではなく、民間企業の中での意思決定によって決まる。もっと大胆な税制優遇を通じて賃上げをバックアップするとか、賃上げの結果を情報開示して経営者に説明を求めるなど、別の手法を考えなくてはいけない。

多くの識者が、次の日銀総裁は黒田氏と同じような政策しか採れないと言っている。しかし、黒田総裁が成功しなかったことを前提に、政策を刷新できる人物でなくてはその職責を果たせないだろう。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。

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