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コラム:「マラドーナ効果」とドル円相場 警戒すべきポイント=尾河眞樹氏

[東京 22日] - ディエゴ・マラドーナ氏は20世紀を代表するサッカー選手だ。1986年のFIFAワールドカップメキシコ大会のアルゼンチン対イングランド戦で5人ものディフェンダーをかわし、60ヤードを独走してシュートを決めた。

 11月22日、 ディエゴ・マラドーナ氏は20世紀を代表するサッカー選手だ。写真は米ドル紙幣。2月撮影(2022年 ロイター/Dado Ruvic)

この時5人のディフェンダーは、スター選手マラドーナの左右の動きを事前に予想し、それに対応した動きを取っていたため、マラドーナ選手はそれを逆手に取って真っ直ぐ走り、シュートを決めたという。

キング元英中銀総裁はこれを引き合いに出し、「金融政策も同様に機能する。市場金利は中央銀行が何をするかという期待に反応する」と述べた。以来、市場参加者が中央銀行の今後のアクションを予想することで市場金利が先行して動き、中央銀行が実際にアクションを取る前に経済に影響を及ぼす現象は、「マラドーナ効果」と呼ばれるようになった。

<思惑に揺れる市場>

実際、これと似通ったことが足元の金融市場で起きている。米連邦準備理事会(FRB)は今年3月以降これまでに、3.75%もの大幅かつ急速な利上げを行ってきた。米長期金利も利上げが織り込まれるなかで上昇し、10月には米10年債利回りが4.3%台まで上昇する場面もみられた。

しかし、問題はその後だ。11月10日に発表された10月の米消費者物価指数(CPI)で、総合指数が前年比7.7%、食品とエネルギーを除いたコア指数が前年比6.3%と大きく減速したことで、市場では「FRBの利上げペースは今後減速する→場合によっては利上げ終了も近い→金利上昇のフェーズは終了」との見方が広がり、米10年債利回りは、一時3.6%台まで急低下。これを好感した米株式市場は大幅上昇し、ドルが全面安となるなかドル円も急落した。

<タカ派的な発言の背景>

問題は、市場の先走った「期待」により、時期尚早な金利の低下と株高が起こると、それ自体が金融環境を緩め、インフレの鎮静化を遅らせてしまうことだ。FRBにとっては、先述した「マラドーナ効果」が、インフレ退治と逆方向に効いてしまっては困るのだ。米連邦公開市場委員会(FOMC)のメンバーは、これを防ごうと躍起だ。

ブレイナードFRB副議長は14日、「近く利上げペースを減速させる可能性」に言及しつつも、追加利上げの必要性を強調。バーFRB副議長も15日、米上院の公聴会で「インフレはあまりにも高すぎる」との見解を示した。ボストン連銀のコリンズ総裁に至っては、「12月の利上げ幅は75Bpsもまだ選択肢である」と述べるなど、他にも様々なメンバーから、CPI公表後にタカ派的な発言が続いている。

これが奏功してか、米10年債利回りは3.8%台まで小幅に持ち直した。また、CPIの低下やFOMCメンバーのタカ派発言が影響したのか、米期待インフレ率も2.3%前後まで低下しており、名目金利から期待インフレ率を引いた米実質金利は、足元1.3%付近から1.5%付近まで持ち直している。

10月のCPIは確かに減速したとはいえ、伸び率としてはまだ高く、FRBの許容範囲を超えている。おそらく、金融環境をさらに引き締めるため、実質金利は米潜在成長率(2.0%弱)を超えるあたりまでは引き上げたいと考えているはずだ。12月13、14日に予定されているFOMCは、年内最後のビッグイベントだ。おそらく利上げ幅は50Bpsに縮小されるだろうが、インフレ促進の方向に「マラドーナ効果」が進むことのないよう、声明文やパウエル議長からのメッセージは、比較的タカ派色の濃いものになるのではないか。

<インフレ次第>

長い目でみれば、ドル円は既にピークアウトしたとみている。ただ、11月のFOMCのパウエル議長のメッセージは「政策金利は、より高い水準まで引き上げたうえで、それを長く維持する」というものであった。

では、今後のドル相場の見通しを立てるに当たり、FRBはどこまで利上げし、いつまでその水準を維持するのか、といえば、やはりインフレの動向次第ということになるだろう。10月の米CPIで特徴的だったのは、財の価格は低下していた一方で、サービス価格が高止まりしていたことだ。このサービス価格に大きな影響を及ぼすのは賃金と家賃だが、賃金は依然として高い伸びを示している。パウエル議長も注目している「求人倍率」は、求人件数を失業者数で除したものだが、9月がまだ1.8倍と、ひところの2.0倍に比べれば低下したものの、依然として高水準だ。「求人倍率」は賃金の伸びに半年程度先行するため、本当にピークアウトしたのであれば、来年前半には賃金上昇率も低下するだろう。11月末に公表される10月のJOLTS求人件数には注目が集まりそうだ。

<来年末にかけ急降下へ>

一方、家賃の高止まりについては、先行指標としてS&Pケース・シラーが公表する住宅価格指数が参考になる。調査月の翌々月に公表されるため、11月29日にようやく9月のデータが公表されるが、同指数の前年比の伸びは、家賃に15カ月程度先行する傾向がみられる。同指数は今年5月ー6月以降ピークアウトしており、住宅価格が再び上昇に転じる可能性が低いことを踏まえれば、米国の家賃上昇率は、来年夏の終わりから秋ごろには、明確に低下する公算が大きい。また、利上げにより今後米景気が減速し、中国経済も減速傾向となるなど、世界の2大巨頭の景気が悪化傾向にあることを踏まえれば、来年、原油価格も下落する可能性が高く、米ガソリン価格も低下傾向となろう。これらの点から察するに、米国のインフレ率は来年後半から末にかけて急降下する公算が大きい。

<ドル円、緩やかな下落トレンド>

ソニーフィナンシャルグループでは、インフレの高止まりが暫く続く可能性が高いことから、FRBは来年5月まで利上げを継続し、政策金利を5.0%ー5.25%(中央値は5.125%)まで引き上げると予想している。利上げを打ち止めしても、2023年いっぱいは同水準に政策金利をとどめ、利下げは24年初になるのではないか。政策金利は当面高止まりするであろうこと、また、金利低下方向の「マラドーナ効果」が起きないように、市場の期待インフレ率を押し下げるべくFRBはタカ派的なスタンスを維持する可能性が高い。

これらを踏まえれば、先述した通り、ドル円はピークアウトしたとみているものの、今後もしばしばFRB高官の発言や、インフレの高止まりによるサプライズなどに押し上げられる局面はあるだろう。往ったり来たりしながら、トレンドとしては緩やかに下落していくイメージを持っている。仮にドル円の下落が加速するとすれば、インフレ率が本格的に低下してくるであろう来年後半のタイミングになるのではないか。先日のCPIのショックで136円台まで、1日に6円幅も下落したことを踏まえれば、来年末にドル円が130―132円ゾーンまで下落していても不思議はないように思う。

(編集 橋本浩)

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルグループの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。

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