[ニューヨーク 18日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 人工知能(AI)はハンバーガーについて歌うテイラー・スウィフト風の曲を作れるか。イエス、わずか数秒で──。
AIが世界の労働力に及ぼすであろう多大な混乱の代償を、AIは支払えるか。それは今後、何年間も無理だろう。
政策立案者や経済専門家は既にAIの規制方法について議論し、企業は大慌てでChatGPT(チャットGTP)のような生成型AI技術をどのように活用すれば利益を上げられるか把握しようとしている。
一方で、「どう課税するのか」というあまり面白味のない疑問も、また、重要な問いだ。
生成型AIが開発されなかった状態には戻れないだろう。AIは人間がゆっくり行う認知的作業を素早くこなすことが可能で、そのスキルには急速に磨きがかかっている。
そのため労働者の能力を高め、あるいは労働者に取って代わる流れが強まるだろう。ゴールドマン・サックスのエコノミストの推計によると、世界で仕事の18%が自動化され、米労働人口の7%がAIに取って代わられる可能性がある。
チャットGPTを開発したオープンAIの研究者が中心になってまとめた論文によると、労働者の半分は、仕事の半分が「大規模言語モデル」の影響を受ける可能性がある。
いずれ労働者が機械によって時代遅れの存在になるという悪夢のようなシナリオが、現実のものとなることはないだろう。世の中の仕事は一定量で、機械は人間から仕事を奪わざるを得ないとする「労働塊の誤謬(ごびゅう)」という考え方は、自動車やインターネットのような過去の技術的飛躍の経験からすると裏付けがない。新しい仕事が生まれると、労働者は新たな知識・技術を身に付けたり、職を変えたりした。
しかし、こうした調整には時間がかかり、場合によっては何年も要する。1950年代から数十年間は新たなイノベーションによる破壊と新規雇用の創出がほぼ見合っていたが、80年代には状況が一変したとゴールドマンは指摘している。
2000年代初頭、中国の安価な輸出品によって何百万人もの米国の労働者が解雇され、地域社会が空洞化した「チャイナショック」が、この軋轢(あつれき)を端的に示している。
チャイナショックは2010年までに収束し、長い目で見れば商品の価格低下と中国の需要によりサービス業で数百万人分の雇用が生まれた。だが、中国に雇用を奪われた米国の恨みは、10年後になっても選挙の結果に影響した。
そこで課題となるのは、一時的にせよ冷や飯を食う労働者への影響を和らげることで、ここに新しい難しさがある。
というのもAIと競合するのは、工場労働者ではなく弁護士や専門的なサービスを提供する職員など、知識経済に従事する労働者だからだ。
地域的にも、小さなコミュニティより大都市に集中しているだろう。また、こうした労働者は相対的に裕福なため、政治的な影響力を持っている。
対応策は失業手当、医療費、現金給付などの金銭になりそうだ。政府が万人に無条件で一定の金額を配る「ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)」が再び議題に上るかもしれない。
しかし、もし政府の大盤振る舞いが必要だとしたら、タイミングは最悪だ。米国の政治家は自ら決めた債務上限を巡って紛糾しており、政府債務の対国内総生産(GDP)比率は10年後に120%近くに達すると予測されている。
スペイン、フランス、イタリアなど欧州諸国は、債務のGDP比が100%を超えている。金利はほぼすべての国で上昇し、借り入れコストは上がっている。
さらに、AIは利益を生み出すが、多くの国はこれに十分効果的に課税していない。
経済協力開発機構(OECD)の推計によると、給与水準の高い労働者が収入を1ドル失うと米国の連邦政府や州など地方政府は、税収が約30セント減る。
ところが、企業がコストを1ドル削減したときに増える納税額は21セントに過ぎない。配当も課税対象だが、実際に課税されるのは米企業の投資家のわずか4分の1程度だと、ブルッキングス研究所のスティーブン・ローゼンタール氏は2020年に試算している。
また、ジャナス・ヘンダーソンによると、2022年の自社株買いは世界で過去最高の1兆3000億ドルに達したが、税制上の優遇措置があるため、税収増の効果はさらに小さい。
AIによってあらわになりそうな税制面の明白な抜け穴は、他にもある。キャピタルゲイン(株式等売却益)は、いまだにほとんどの国で所得よりも税率が低い。
そのためAIに関連する活動で事業価値が膨れ上がった企業家が自社株を売却しても、比較的少ない納税で済む。もっとひどい抜け穴は、バイデン大統領が廃止しようとして失敗した米国の資産相続の際の「ステップアップベーシス」の課税制度だ。
この制度では経営者が事業を相続人に譲る際、事業の含み益に課税されない。ペンシルベニア大学ウォートン・スクールの2022年の分析によると、キャピタルゲイン税率を28%に引き上げ、相続時点で課税してその他の調整を行うことにより、10年間で1850億ドルの税収が得られるという。
最後に、企業がAIによる利益を低税率の国や地域に移転するのをどう阻止するか、という問題がある。
OECD加盟国は、多国籍の大企業がどこに拠点を置こうが最低15%の税率を課す協定を結んでいる。だが、15%という数字は、多くのホワイトカラー労働者が所得に対して支払う税金はもちろん、企業利益に対して課される税率の世界平均23%よりもはるかに低い。
マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏らが提唱している「ロボット税」は、ロボットの定義が難しいなど、複雑すぎるとしておおむね却下されてきた。
こう考えると、利益を集中させ、損失を社会全体に広げる技術が興隆する未来が浮かび上がる。
印刷機の発明から携帯電話に至るまで、人類が破壊的な力を持つ技術を生活に役立つ形で使いこなし、新たな活路を見い出してきたのは事実だ。
しかし、その過程は常にスムーズで公平なものではなかった。利益やキャピタルゲインへの課税方法の見直しは、AIに関する話題としては、最も退屈なものかもしれない。だが、経済的利益が社会的な「大虐殺」を起こすことのないよう、緊急に注意すべき課題だ。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
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