[オーランド(米フロリダ州) 22日 ロイター] - 米連邦準備理事会(FRB)と市場の間で、興味深い掛け合いが進行している。FRB当局者は過去数十年で最も急激な金融引き締めサイクルがさらに続くかもしれないと警告しているにもかかわらず、米国株は相変わらず好調だからだ。この原因の1つをたどっていくと、ちょうど10年前に市場を激しく揺さぶった「テーパータントラム」に突き当たるだろう。
2013年5月22日、当時のバーナンキFRB議長は資産買い入れを近く縮小する可能性を初めて明らかにした。するとパニックと資産価格急落、不確実性の嵐が巻き起こり、世界中の金融市場が崩れ去った。
そしてFRBの信頼性は資産価格が受けたのと同じぐらいのダメージを負ってしまった。この再現への恐れがその後の政策運営方針の情報発信に影響を与え、最終的には利上げやいわゆる量的緩和(QE)の打ち切りと量的引き締め(QT)の開始についての軌道修正につながった。
FRBは2013年以降、金融緩和措置の巻き戻しに向けて以前よりもずっときめ細かく布石を打つようになった。そのため2022年にFRBが利上げと資産圧縮を同時に行う時期を迎えるに当たり、市場の準備態勢もはるかに改善された。
ただ一部からは、テーパータントラムの再燃を避けようとする余り、FRBはこの2本柱で構成される金融引き締めの開始まであまりに時間をかけ過ぎて、現在のインフレ高止まりの一因をもたらしたとの批判が出ている。
パシフィック・インベストメント・マネジメント・カンパニー(PIMCO)の元チーフエコノミストで、今はジョージタウン大学非常勤教授のポール・マカリー氏は、利上げとQTの地ならしが始まったのが20年9月だと指摘する。実際に最初の利上げがあったのは22年3月、QT開始はその3カ月後だ。
このような長期にわたる市場への働きかけで第二のテーパータントラムが起きる事態は確かに免れたかもしれないが、インフレが再来していたのにFRBが利上げを制約される形になったとも言える。
マカリー氏は、市場が利上げを「早とちり」してうろたえた10年前の出来事への処方箋それ自体が現在の引き締めサイクルで問題になっていると分析した。つまりフォワードガイダンスという拘束具が、大いに待望された利上げを遅らせたのだという。
<教訓に学ぶ>
バーナンキ氏は13年5月22日の議会証言で、「経済の改善が続く状況が見られ、それが持続するとわれわれが確信すれば、今後数回の会合で(資産の)購入ペースを緩める可能性がある」と説明した。
このとき市場は、FRBが単に資産買い入れを縮小するだけでなく、利上げにも乗り出すと解釈して大騒ぎしたのだ。
その後数週間でS&P総合500種は8%、世界全体の株価は10%、新興国の通貨と株価はそれぞれ5%と15%も下落。米10年国債利回りは2%から3%に急上昇(価格は急落)した。
特にドル建て債務を抱える新興国は、ドルの調達コストが跳ね上がったことで非常な痛手を被ったし、現在の米国の急激な引き締めでも厳しい立場に置かれている。
一方で今の米国市場はさほど混乱していない。S&P総合500種は、利上げが始まった昨年3月の水準を5%しか下回っていないし、今年に入って10%近く上昇した。ナスダック総合の年初来上昇率は20%を超え、米国債利回りは低下傾向にある。
元イングランド銀行(英中央銀行、BOE)政策委員のウィレム・ブイター氏は、FRBが政策変更のシグナルを入念に送っていたので、市場は利上げとQTを当然視する雰囲気になったと説明した。FRBも市場も、テーパータントラムから教訓を学んだというわけだ。
ブイター氏は「市場はQTと複数回の利上げが進んでいく環境を学習している。FRBも10年前の『オウンゴール』にも見えた事態につながる対話の手法を改善してきた」と話す。
当時のバーナンキ氏とFRB執行部には市場の混乱を巡って「免責」される部分もかなりある。13年5月と言えば、リーマン・ブラザーズ破綻からまだ5年弱、欧州中央銀行(ECB)総裁だったマリオ・ドラギ氏がユーロを救うために「できることは何でもやる」と発言してからはまだ1年弱しか経過していないという非常に足場がもろい時期だった。
また懸念されていたのはインフレではなくデフレだった。
他の中央銀行当局者が発見したように、ゼロ金利政策とQEの枠組みは導入よりも解除する方がずっと複雑な作業が必要でもある。
BOEの総裁だったマーク・カーニー氏は、英国の失業率が7%を下回れば利上げすると言いながら実際動かなかったことで、「不誠実なボーイフレンド」という有りがたくないあだ名を頂戴してしまった。
それでも元BOE政策委員で、近年では最も首尾一貫したタカ派の政策担当者の1人とされるアンドルー・センテンス氏は、テーパータントラムは中銀が緩和措置巻き戻しを試みる局面で犯した多くの対話上の失敗の1つに過ぎないと述べた。
センテンス氏は「政策変更を発信したいなら、それなりの計画を練る必要があり、中銀による整合的なコミュニケーション戦略の一環でなければならない。テーパータントラムは、本来あるべき計画性も一貫性も備わっていなかった情報発信だったことを物語っている」と指摘した。
(筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)