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コラム:物価下落でもデフレ宣言出せない政治と経済の事情=鈴木明彦氏

[東京 8日] - 4月の消費者物価(除く生鮮食品、コアCPI)は、前年同月比マイナス0.1%と小幅ではあるが、9カ月連続の低下となった。デフレ懸念が高まってくると動き出すというのが、「デフレファイター」を自認する内閣府のこれまでの姿だった。

 6月8日、4月の消費者物価(除く生鮮食品、コアCPI)は、前年同月比マイナス0.1%と小幅ではあるが、9カ月連続の低下となった。都内の量販店で2月撮影(2021年 ロイター/Issei Kato)

2000年初めに消費者物価が下落を始めると、翌2001年4月の月例経済報告で緩やかなデフレにあると記述し、デフレ宣言を出した。

また、09年に再び消費者物価が下落を始めると、同年11月の月例経済報告で、緩やかなデフレ状況にあると記述し、2度目のデフレ宣言を出した。

その後、13年12月以降は月例経済報告からデフレという表現は外れたが、デフレ脱却宣言は出ていない。つまり、今はデフレではないが、デフレは脱却していないというのが政府の見解だ。そうであれば、消費者物価の持続的な下落を受けて、再びデフレ宣言を出すことがあってもおかしくはないはずだが、なぜか内閣府に動く気配はない。

<今の物価下落は政策デフレ>

消費者物価が下がっているといっても、小幅であり2度のデフレ宣言が出た時とは違うというのはその通りだが、それだけが理由ではなさそうだ。

5月の月例経済報告の閣僚会議資料の中で、内閣府は4月の消費者物価の下落が、携帯電話の低料金プランの提供開始による影響であり「需給が緩和して物価が持続的に低下するデフレ現象とは異なる」と説明し、これを除外した物価の基調は横ばいであるとの判断を示した。

携帯電話の低料金プランの開始は、政府が促した政策的な色彩が強い。また、19年10月の幼児教育無償化や20年4月の高等教育無償化による教育関連の価格急低下、さらに「Go Toトラベル」による旅行宿泊価格の急低下など、最近は消費者物価の低下を伴う経済政策が多い。

それが、月例経済報告にあるような、消費者物価の低下が続いてもデフレではないという説明につながってくる。今デフレ宣言を出せば、その原因を作ったのは政府だという批判を招きかねない。

<出す意味がないデフレ宣言>

また、今のところ内閣府にとって、デフレ宣言を出す政策的意味はない。内閣府の中には、デフレを脱却することが日本経済にとって不可欠という信念で行動している純粋なエコノミストもいるが、円高が進んでも金融緩和に消極的な日銀に政治的に圧力をかけるための有効な手段として、デフレ宣言を考えている官僚も少なくない。

しかし、ドル/円レートは105─110円を中心に極めて安定した推移を続けている。さらに円高が急進していなくても、日銀は新型コロナウイルス感染に対応して強烈な金融緩和を続けている。

マネタリーベース(日銀が世の中に直接的に供給している資金)は前年比100兆円を超える増加が続き、年間80兆円という増加目標があった時よりも拡大している。また、マネーストック(金融部門から経済全体に供給されている通貨の総量、M2)は、前年比10%近く増加し、90年前後のバブル期以来の増加ペースとなっている。そんな時にデフレ宣言を出す政策的な意義はない。

<デフレどころではない今の日本経済>

そもそも、デフレ宣言は政治の世界で必ずしも評判のよいものではない。日銀に圧力をかける意味で重要と思っている政治家もいるが、政権にとってマイナスの評価となりかねない宣言をわざわざ出す必要などないと思っている政治家も少なくない。

今のように、為替も安定していて、日銀も思い切った金融緩和をしているときに、無理してデフレ宣言など出しても、政治の世界からの評判がよいとも思えない。ましてや、国を挙げて新型コロナとの戦いを進めている時に、デフレなどという余計な話を持ち込んでくれるな、というのが政治サイドから当然予想される反応だ。

このまま消費者物価の下落が続いても、内閣府はデフレ宣言を出せるような環境ではない。政策の影響など特別な要因を除いても物価下落幅が広がってくると、デフレ宣言を出さざるを得ない状況となってくるが、内閣府としてはできれば余計な波風は立てたくないというのが本音ではないか。

新型コロナとの戦いが続いている間は、新型コロナへの対応が、デフレ脱却に向けた一番の対策となる、という日銀のロジックに乗っかって、デフレとの戦いは休戦するのが、賢明な判断というわけだ。

<デフレとの戦いに広がるえん戦気分>

新型コロナの感染が収束してきた時に、消費者物価の下落が続いていれば、3度目のデフレ宣言が出てくる可能性はある。しかし、最初のデフレ宣言が出されてから20年以上が経過し、いったいデフレとの戦いをいつまで続ければいいのかという「えん戦気分」が広がってきているのは否めない。

まず、2%の物価安定の目標に対する疑問だ。この目標は、デフレ脱却に向けて政府と日銀の連携を明記した13年1月の「政府と日本銀行の共同声明(いわゆる“アコード”)の中で、日銀が目標として掲げた時から続いている。

その直後に就任した黒田東彦日銀総裁は、これを2年間で達成するとしていたが、8年が経過しても達成できない。おそらく2期10年間にわたる総裁任期中の達成も無理だろう。2%の物価目標は短期ではなく長期的な目標と考えるべきだとの意見もあったが、たとえ長期的目標であっても達成できないということだ。

今や、新型コロナ対応の強烈な金融緩和で、マネタリーベースもマネーストックも急速に拡大している。それでも物価が上がらないのであれば、金融政策で物価を上げることがそもそも難しいということを実証しているようなものだ。物価下落が続いているからデフレ宣言だという単純な発想は、もう通用しない。

<コロナ緩和で懸念されるマネー膨張の副作用>

新型コロナ感染の拡大という人類にとっての大きな危機に直面すると、デフレ脱却というスローガンが「それほど重要なことなのか」という意見も強まりそうだ。何のためにデフレと戦っているのかという疑問が膨らんでくると、デフレ脱却のスローガンはもはやかつてのような「錦の御旗」ではなくなる。

仮に、2%の物価安定目標を達成したとして、それで日本経済が活性化するとは思えない。むしろ、消費税率引き上げの経験から分かるように、今の日本で2%も物価が上がったら個人消費を中心に景気が失速するリスクを考えた方がよさそうだ。

2%の物価安定目標を達成できないまま異次元の金融緩和を続けることが、赤字財政の金利負担を軽減し、株価の底割れも防ぐという、政府にとって居心地のよい状況を提供してきた。しかし、新型コロナ対応で始まったマネーストックの急増が、デフレ対応に名を変えてさらに続くようだと、物価の上昇より前にバブルの発生を真面目に心配しないといけない状況になるかもしれない。

持続的に消費者物価が下がったからといって、デフレ宣言などうかつには出せないということだ。

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

*鈴木明彦氏は三菱UFJリサーチ&コンサルティングの研究主幹。1981年に早稲田大学政治経済学部を卒業し、日本長期信用銀行(現・新生銀行)入行。1987年ハーバード大学ケネディー行政大学院卒業。1999年に三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2009年に内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、2011年に三菱UFJリサーチ&コンサルティング、調査部長。2018年1月より現職。著書に「デフレ脱却・円高阻止よりも大切なこと」(中央経済社)など。

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