米企業は戦争状態にあるが、それがどういうことかと彼らに聞いても答えは返ってこないだろう。企業同士が戦火を交えている訳ではなく、彼らの知的財産や機密情報を狙うハッカーによる攻撃を受けているのだ。
ハッカーによる攻撃がどれほど深く進攻しているかは、実際に被害に遭った企業にしかほとんど分からない。なぜなら、彼らはサイバー攻撃を仕掛けてきた国をことさら刺激しないよう沈黙を守っているからだ。中国はサイバー攻撃が最も多い国であると同時に、多くの場合、企業にとってはチャンスが最も多い国でもある。米企業は、中国での稼ぎを優先し、甘んじて屈辱を受け入れているのだ。
企業が口を閉ざしているとき、そうしたサイバー攻撃の実態をわれわれはどうして知ることができるか。それは、米国政府が気付いているからだ。ニューヨーク・タイムズ紙は19日、米国を狙ったサイバー攻撃と中国人民解放軍の結びつきを強調する記事を掲載した。またワシントン・ポスト紙の先週の報道によれば、米機密文書の「国家情報評価」は、中国が最も攻撃的に米企業・機関へのハッカー攻撃を仕掛けていると結論付けた。
これが、米国が負けつつあるサイバー戦争の最前線だ。国家間のサイバー戦争では、米国が健闘しているのは分かっている。高度なマルウェア「Stuxnet」を使い、イラン核施設の遠心分離機をダウンさせたサイバー攻撃はいい例だろう。
しかし、企業がらみの妨害工作やスパイ行為について言えば、米国は中国に比べ、かなり後れを取っている。われわれは自由市場資本主義だからだ。米国政府は、経済に有益な情報を民間セクターに代わって取得しようと介入するようなことはしない。ひるがえって、国家資本主義の中国は、そうしたサイバー攻撃にははるかに長けている。
オバマ大統領は確かに、一般教書演説では、国内の産業・インフラをサイバー攻撃から守る体制の強化を目指す大統領令を発表した。ただ、企業を狙ったサイバー攻撃への広範な対策は、企業が自ら答えを出さなくてはならない。こうした取り組みが聞こえてこないのはなぜか。「国家情報評価」が示唆したように、かなり多くの企業がハッカーの攻撃を受けているにもかかわらず、彼らは世界第2位の経済大国であり、最大の取引先である中国でビジネスを失うことを恐れているのだ。
中国政府の抑圧的な政策に唯一抵抗を見せたのはグーグルぐらいだ。グーグルが中国当局の検閲を回避するため、中国の検索サービスを香港に転送したのは有名だ。しかし、マイクロソフトは、グーグルの中国本土撤退をビジネスチャンスととらえた。同社の幹部はグーグルの決断を直接引き合いに出した上で「われわれは撤退しない」と明言した。
グーグルは確かに代償を払った。同社の中国検索市場でのシェアは約30%から5%にまで低下し、現地企業の百度に大きく水を開けられている。百度は言うまでもなく、中国政府と密接なつながりを持つ。
ニューヨーク・タイムズもグーグル同様、立場を明確にした。昨年10月に温家宝首相の一族に不正蓄財があったと報道して以降、同社はサイバー攻撃にさらされた。しかし口を閉ざす代わりに、ハッカーによる攻撃を受けた事実を記事にして応酬して見せた。ワシントン・ポストとウォールストリート・ジャーナルも同じように声を上げた。
グーグルやこうした新聞各紙のビジネスモデルは、情報の自由が柱となっている。しかし他のビジネスでは、マイナス面がプラス面に大きく勝ることが往々にしてある。コカ・コーラが2009年にハッキングされた後、沈黙を守ったのもそれで説明がつくだろう。コカ・コーラが中国のジュース企業に対する24億ドルでの買収を試みた後、ハッカーは同買収に関する内部文書を盗み出した。ブルームバーグによれば、この買収が実現していれば、外資による中国企業の買収としては当時史上最大規模になったはずだった。
コカ・コーラはそれからかなり後、2012年後半に事実が明るみに出てからサイバー攻撃があったことを認めた。後からでも事実を公表するのは、何も語らない他の多くの企業に比べればはるかにましだ。中国政府に食ってかかり、変化をもたらすことができる企業があるとすれば、それは業界トップしかないだろうが、コカ・コーラにしてみれば、自分たちが抜けた穴を競合相手に埋められることも心配だろう。
サイバー攻撃に対する最善の方策は、力の強い多国籍企業が競合相手と協力して問題への関心を高め、圧力をかけることだろう。もしコカ・コーラがライバルのペプシコと共同戦線を張っていれば、もっと大きな進展があっただろう。ボーイングとエアバスなど、各業界の盟主たちにも同じことが言える。企業が単独で危険を冒せないというのなら、業界団体に立ち上がってもらうのも手だ。
中国に首尾よく圧力をかけるためには、ハッキングを受けた全企業による協調した取り組みが必要だ。
パネッタ国防長官は昨年10月、米国の重要インフラに対するハッカー攻撃は将来「サイバー真珠湾攻撃」にもなりかねないと警告した。米企業はすでに、日々刻々とサイバー戦争を仕掛けられているのだ。今こそ、サイバー攻撃を受けた企業同士が協力し、知恵を出しあう時ではないだろうか。
(19日 ロイター)
*筆者は国際政治リスク分析を専門とするコンサルティング会社、ユーラシア・グループの社長。スタンフォード大学で博士号(政治学)取得後、フーバー研究所の研究員に最年少で就任。その後、コロンビア大学、東西研究所、ローレンス・リバモア国立研究所などを経て、現在に至る。全米でベストセラーとなった「The End of the Free Market」(邦訳は『自由市場の終焉 国家資本主義とどう闘うか』など著書多数。
*筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。