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コラム

コラム:エジプト政変が問う民主主義の必要条件

民主主義にとって、選挙は必要条件であって十分条件ではない。これは、混乱が続いているエジプトの情勢を見れば分かることだろう。

7月8日、民主的に選ばれたモルシ大統領が解任されたエジプトの政変は、選挙は民主主義の必要条件であって十分条件ではないことを我々に思い出させる。写真はカイロ市内で4日撮影(2013年 ロイター/Mohamed Abd El Ghany)

モルシ氏は昨年、同国初の自由選挙で大統領に選ばれた。約60年にわたって非合法組織として政権に抑圧されてきたイスラム主義組織「ムスリム同胞団」の候補者だった同氏の得票率は51.7%で、2012年のオバマ米大統領の得票率51.1%をわずかながら上回った。

そんなモルシ氏が先週解任されたことで、米国は困った立場に追い込まれた。気に入らない人物だからといって、民主的に選ばれた大統領の解任を米政府は支持できるだろうか。

モルシ氏は確かに選挙を経て大統領に選ばれたのかもしれないが、民主主義にはその他にも必要な条件がある。民主主義における政府は、少数派の権利を保障しなければならない。反政府勢力も合法的存在として受け入れる必要があり、自分たちは進んで法に従わなければならない。そして最も問われるのは、選挙で敗れた際に権力の座から退けるかどうかだ。

モルシ政権は最後の点を除き、全ての項目で失敗している。最後の点をクリアしているのも、単に1年しか政権が続かず、再選挙を実施する前に軍部によって解任されたからに過ぎない。

しかしその1年間で、モルシ氏はほぼ無制限とも言える権力を行使してきた。要職にイスラム過激派を登用し、イスラム色の濃い新憲法の制定を押し通した。反対派を逮捕し、宗教上の少数派への攻撃を容認した一方、経済の停滞には目を背けた。

米下院外交委員会のエド・ロイス委員長(共和党)とエリオット・エンゲル議員(民主党)は5日、エジプト情勢に関する共同声明を発表し、「真の民主主義に排他性はあってはならず、歩み寄りの姿勢を必要とする。また人権と少数派の権利を尊重し、法の支配を約束するものでなければならない。モルシ政権はこのいずれの原則も受け入れず、権力と独裁支配に固執することを選んだ」と非難した。

エジプトはこれまで世俗的な国家であった。しかし有権者の大多数は信仰心が強く、自由選挙の機会を与えられれば、やはりイスラム色の強い政府を選ぶことになるだろう。同じことはチュニジア、トルコ、イランといったイスラム国家でも起こっている。パレスチナのガザ地区では2006年、ムスリム同胞団と連携が深いイスラム原理主義組織のハマスが、選挙戦で勝利を収めている。

イスラム色の強い政府は、世俗派の一般市民に加えて軍部からの反感を買うのが通例で、これが今エジプトで起きていることである。また、トルコでもイスラム化を進めるエルドアン首相と国民との間で緊張が高まっている。

つまり、選挙が必ずしも好ましい結果をもたらすわけではないということだ。1932年に行われたドイツの議会選挙がその典型的な例として挙げられる。選挙によってナチスが第一党になり、結果としてヒトラーが首相に就任した。

モルシ氏はヒトラーとは違うが、ムスリム同胞団は執着心が強く、狂信的とも言える。同胞団が掲げる民主主義への長期的コミットメントは大いに疑わしい。

急進的なイスラム教徒にとって、選挙は権力を掌握するための手段だ。モルシ氏の解任は昨年の選挙結果を反故(ほご)にすることであり、彼らの怒りが噴出している。「民主主義を受け入れ、選挙の結果に従ってきたが、最後はこの仕打ちだ」。あるイスラム教徒の有権者は米ニューヨーク・タイムズ紙に語った。

またリビアのイスラム教信者は「これ以上、民主主義を吹聴して回れると思うか。皆から『エジプトを見てみろ』と言われるだろう。そうなれば何も言い返すことはできない」と述べた。

多くのイスラム教徒にとって、米国は偽善的に映る。われわれ米国人は民主主義を推し進めるが、何かしらの脅威が迫れば、民主的に選ばれた政府を見捨てる場合もある。

モルシ氏の解任をめぐっては、米国も共犯者だと見る人も多くいるだろう。オバマ政権は、モルシ氏が受け入れに消極的だった妥協案を飲ませようと働きかけてきたと言われている。

同時に世俗派のエジプト市民は、米国が非民主的なモルシ政権を非難していないことに不満を表している。彼らにとってみれば、米国がエジプトに求めていたのは民主主義ではなく、単なる安定だけだったということが明らかになったわけだ。確かに米国は、何年にもわたってムバラク元大統領の腐敗した政権を支援していたのではなかったか。

何よりモルシ氏の解任は、民主主義が抱える「形」と「本質」の葛藤を浮き彫りにした。ある人権活動家は「為政者が国民を裏切った時、投票という行為だけが民主主義の形なのだろうか」と指摘する。

われわれ米国人の間では、民主主義の「ポットホール理論」という考えがある。仮に急進的な政府が樹立されたとしても、政権を維持するためには、過激さを和らげて市民生活に奉仕しなくてはならないことを早晩学ぶという考え方だ。

だが多くのイスラム過激派にとって、投票用紙は銃弾の代わりであり、権力掌握のための手段に過ぎない。軍部や欧米諸国が異を唱えれば、彼らはいつでも民主主義を捨てる準備ができているのだ。

エジプトでは先週、恐ろしい光景が広がっていた。モルシ氏の支持派数千人がジハード(聖戦)を示す黒旗のもとに集まり、「これからはもう選挙は不必要だ」と声高に叫んでいた。だが民主主義とは、選挙の実施よりも多くのことを意味するものである。

エジプト国民はこのことを学ばねばならないが、かく言うわれわれ米国人もエジプトの混乱からこれを学んだところである。

(8日 ロイター)

*著者ビル・シュナイダーは第一線で活躍する政治アナリストで、ジョージ・メイソン大学で公共政策学の教授を務める。

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